「客単価は2,000円」“ガンダムオタク”に愛されたバーの店主が、「値上げができず、閉店を決意した」理由

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2025年02月08日 16:10  日刊SPA!

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店主の小山武史さん
JR中野駅の北側、ディープなオタクスポット「中野ブロードウェイ」を出て東側の歓楽街に店をかまえているのが、ホビーバー「プロフェッサーTK」(@GUNOYA)だ。『プッすま』(テレビ朝日系)、『出没!アド街ック天国』(テレビ東京系)など、TV番組にも多数取り上げられたこともある、まさに中野エリアのオタク文化を象徴する人気店のひとつだ。しかし、この店は2025年2月、閉店する。
◆中野で愛された店がなぜ閉店?

店内に所せましと飾られ積み上げられたガンプラ&プラモデルの数々は約250個! 無料利用できるカラオケ設備もあり、アニソンなどを熱唱し放題。加えて、店内でプラモデルやガンプラを組み立ててもOK(※塗料の使用は除く)という独特なルールがある。実際、店内あちこちに立つガンプラなどの多くは常連客の作品だという。

料金は1時間1,000円のチャージ料に加え、30分延長で500円、ビールや焼酎などアルコール類は一律1杯800円。アニメ・オタク趣味で相通ずる者同士が存分に語り合える場として、決して高くはない料金である(すべて税込)。

店内や常連同士の雰囲気が愛されてか、Googleマップのレビュ−でも4.5以上となっており(※2025年2月3日付)、優良店と言っていいだろう。閉店に至るまで、どういう経緯があったのか? 店主にお店の状況や率直な心境などを尋ねてみた。

◆福島県の“有名ガンプラコレクター”として出発

「実は昨年10月くらいから片付けは初めてて、勘のいい同業さんからは『お店を辞めるつもりじゃないか』とは言われてましたね」

そう話すのは「プロフェッサーTK」店主の小山武史(こやまたけし)さん。この正月に閉店の告知をして以降、このお店との別れを惜しみ悲しむ常連客も多いが、店内では今も普段どおりのガンダム語り、アニメ語りが盛んに行われているという。

小山さんは東京都世田谷区出身で、福島県郡山市育ち。ご自身と子供2人は東京に在住し、奥さんは福島で暮らしている。「プロフェッサーTK」の開店以前からプラモマニアとして福島県内では有名であり、2009年の『機動戦士ガンダム』30周年記念特番など、TV局の取材を受けた経験も。

プラモデルやオモチャの収集は小学五年生ごろ、当時のTV番組でいわゆる「超合金」の玩具が高値を付けていたことをきっかけに始めたという。そのころから長年ため込み続けたコレクションは現在でも福島県の実家に保管されており、特にガンダムシリーズやマクロスシリーズに関連するグッズは、「プロフェッサーTK」店内の分よりさらに約20倍もコレクションされているというから、驚愕せざるをえない。

「プラモデルを作るのが意外と苦手なんですよ。作るのはお客さん頼みで(笑)。僕自身はこの、古いバンダイのプラモデルを集めるっていうのをライフワークにしてるつもりです」

店内にある膨大なガンプラやグッズの処遇は未定で、福島県の実家に持ち帰るのも困難なため、2月中に店舗営業と並行しつつ今後の扱いを決めていく。

◆客のお財布に優しい料金設定を続けた理由は…

小山さんは地元の福島県・郡山の企業で営業職を長年勤めたのち、46歳で諸事情により脱サラ。縁あって中野で「プロフェッサーTK」を開いたことが、初の東京進出となった。テナント家賃は開業当初から変わらずの約24万円。開業当初は中野エリア内でも比較的高いほうだったが、現在は中野を含む都内の再開発や家賃高騰が進むなか、平均的な水準になったという。

チャージやドリンクなどの料金設定も開店時とほぼ同じで、客単価は概ね2,000円前後。常連客がボトルを注文すれば大幅プラスになるが、それでも多くて4,000〜5,000円である。値段を変えなかった理由について、「値上げをする勇気がなかった。優柔不断だった」と謙遜しつつ、単なるバーではない「ホビーバー」経営だからこその気遣いも語った。

「お客さんは皆オタクだから、優先順位的にはまずオモチャやプラモを買いたいわけじゃないですか。今月出るこのプラモは何千円、この超合金は3万だか4万だかって。飲み食いよりはプラモ買わなきゃ、って人達だからね。その遊興費を切りつめてまで、この店に週1や週2で来てくれたりするのは大変じゃないかなって。それを思うと値上げは出来なかったですね」

昨今はガンプラ人気が拡大して高額プレミア商品が続々リリースされる一方、原材料費・輸送費の高騰が商品価格に上乗せされたりと、オタクにとってはお財布事情の厳しい状況が続いている。小山さんのやわらかい語り口からは、店主も客も「プラモデル」「ガンプラ」という同好の士であるがゆえの洞察と思いやりが窺えた。

◆中野の飲食店は経営10年でも「老舗」扱い

一方、「プロフェッサーTK」を10年で畳むことについて、小山さんとしては力及ばずというより、むしろ中野エリアでは十分以上に長続きした方と考えている。

「よく『中野では10年営業できれば老舗以上』って言われるんですよ。そんな厳しい街で10年やってこれたのは、僕の人生としての自信になったかな、というのはあります。次またこういう店をやるかどうかは白紙ですけどね」

中野エリアは都内でも指折りの繁華街なだけに、店舗の移り変わりも非常に激しい。開店当初も近隣で一足先に営業していたバー関係者らが来店し、「もって3ヶ月」「半年」などと挑発……もとい激励してきたらしいが、それらの店舗はことごとく経営難で早々に撤退していったという。

にぎやかで騒がしく、楽しみいっぱいな中野という街の、その裏にある厳しさが垣間見える。

◆コンセプトが固まっていたから、10年間続けられた

激戦区で長期経営ができた理由について、ひとつは「ガンダム」「ガンプラ」「プラモ」というコンテンツ軸が一貫していたことではないかと、小山さんは語った。中野エリアにアニメ関連コンセプトの飲食店は数多いが、意外にも「ガンダム」「ガンプラ」をテーマにしたバーは「プロフェッサーTK」だけだという。

「ガンダムバー自体は全国に結構あるんですけど、ガンダムという作品自体が好きな人か、(アムロやシャアなどの)キャラクターに惹かれて入ってきた人か、『エクストリームバーサス』みたいなゲームが好きな人かで、狙いがかなり変わってきます。僕はプラモのコレクターだから、ガンダムの店というより『ガンプラの店』『プラモデルの店』とずっと言い続けてきて、ブレなかった。そうしたコンセプトが最初に固まったのが良かったんじゃないかな」

また、ガールズバー的な方向にシフトし過ぎて、コンセプトの主軸が迷走してしまう店も多いらしい。そうしたこともなく、店舗の雰囲気が安定していたことがプラスに働いたのだろう。

加えて、小山さんは自身について「僕って意外とオタクとして『薄い』んですよ」とも語っている。正直、筆者からはとてもそうは見えないのだが……しかし、ここにもオタク相手に接客業を続けてきたゆえの、小山さんの配慮が見て取れた。

「分からないことは分からないし、自分よりずっと造詣の深い人達を相手に、知ったかぶりをしないことは10年心掛けてきた。だから本当のプロの方も来てくれたんじゃないかと思ってます。僕は逆にど素人で良かったなと」

常連客のなかには小山さんより年上で、小山さんよりガンダムやプラモへの知識や造詣が深い、より「濃い」オタクも珍しくない。そうした人々に過度な私見や熱をぶつけ過ぎず、フラットな目線で接しているからこそ、この店は数多のガンダム・ガンプラオタクが自由にくつろげる受け皿として機能していたのだ。

◆閉店後のコレクションの行方は…

「プロフェッサーTK」閉店の理由については、契約上の都合でテナント利用の更新が困難になったことや、年齢面・家庭面の事情など、いろいろな背景があると小山さんは言っている。閉店の期限は既に決められており、それまでに店内を撤収可能な状態へキレイに片付けなければならない。

店内物品の処遇については前述のとおり未定とのことだが、どうすべきかの方針やイメージについて尋ねてみたところ、客が作ったガンプラ類はなるべく作った客へ返却するが、どうしても止むを得ないものはホビーショップに売却することも検討しているそうだ。

「中野であれば、ブロードウェイ内の「まんだらけ」さんに出張で来てもらえばいい。プレミアが付いているものは相応の価格で買い取ってくれるから、そこはやっぱ中野のメリットって感じですね」

以前も2020年以降のコロナ禍当時、店舗収入の激減を補填するために、貴重なコレクションの一部を売却せざるを得なかったという。

「今でも多いけど、以前はもっと山脈のようにガンプラが積んであったんです。当時は今以上にガンプラが品薄だったから、すごく高く買ってもらいましたよ」

そうしたなかで「『これだけは売りたくなかった!』という品はありますか?」という、コレクター相手には若干イジワルな質問をしたところ、本当に持っておきたい家宝クラスのものは手放すことなく、しかるべき場所に保管しているとのこと。

「そういう物はもう絶対に売りたくないから、ちゃんと家に抱き抱えてありますんで、棺桶に入れてもらおうと思ってます(笑)」

一方、客が作ったガンプラを返却するのは後のトラブルにならないようにするため。だが、小山さんが頼んでもなかなか持って帰ってくれないという。客としても、ガンプラをお店に預けた時点で「このガンプラはお店のもの、皆のもの」という気持ちが働くのだろうか。

◆一流業界人と一介のオタクが一緒になって遊べる店だった

10年間の経営で印象的だったこと、良かったことを聞いてみたところ、小山さんは何よりも「出会い」を挙げている。

「プロフェッサーTK」が多くのガンダムオタクやガンプラ・プラモデルファンに愛されたことは、店内にある膨大なコレクションが物語っている。加えて、店舗には有名な声優やアニメーター、アニメコンテンツ関係者なども数多く来店した。

「福島にいては接点がなかっただろう業界の方々とたくさん会えたのは、10年やってきて本当に良かったなぁと思いますね。サイン色紙も100を越えるくらいあって、福島に帰ったらそれを一枚一枚見て老後を楽しみたいとは思いますけど(笑)」

特徴的なのは、その道では著名なアニメ関係者や業界人であっても、肩肘張ったり威張ったりせず「ただのアニメ好き」として来店したことだという。

「業界の方は最初、絶対に名乗りませんね。例えば大手玩具メーカーの社員が来ても『俺はあの◯◯◯◯の人間だぞ!』なんて偉ぶったりしない。でも雰囲気で何となく分かるのと、領収書を切るタイミングで分かったりしますね」

超一流のプロフェッショナルでも、特に肩書きのない一介のアニメ好きでも、ごく普通にガンプラを持ち込んだり、のんびりできる店。高校や大学でアニメ関連の部活やサークルに属していた人間にとっては懐かしくなる空間である。そうした店が中野で10年間も続いた意義と、間もなく去っていってしまうことの意味は、アニメ文化や中野地域を好む人々なら思い巡らせてみても良いかも知れない。

◆今後の中野文化、ガンプラ文化はどうなるのか?

「プロフェッサーTK」閉店も含め、中野地域の風景は今も移り変わり続けている。長らく中野のランドマークだった中野サンプラザは2023年に閉館し、駅南口や駅ビル周辺では再開発が進行。アキバ・池袋に次ぐアニメの聖地としてもてはやされた中野ブロードウェイでも、高級腕時計ショップが新たに台頭しつつある状況だ。

「『中野はサブカルの聖地』ということ自体、最近は以前ほど言われなくなった印象です。南口もビジネス街化が進んでますけど、あっちのほうは新宿の文化圏だと思っている。中野のオタク色は今後も薄くなっていって、うちの店が無くなるともっと薄まっちゃうなって気持ちもありますね。ちょっとおこがましいけど(笑)」

小山さんは中野エリアの変遷については若干厳しめな見解の一方、アニメ文化・ガンプラ文化自体には明るい見方をしている。現在の若年層はネットで多くの情報を巧みに摂取していること、ガンプラの構造自体が進化し続けていること、アニメ好きの趣味を一般に公言しても恥ずかしくなくなったことなどが理由だ。

「YouTubeの動画で見たり、Wikipediaで調べたりして、僕らの育ったころより知識を摂る量がずっと多い。20代前半で『なんでこんなにガンダムに詳しいの!?』って驚かされるお客さんも度々いましたね」

「転売ヤーなんかの問題もあるけど、それを差し引いても、これからのガンダム業界はまだ大丈夫だなって。すごい上から目線で言っちゃってるけど、まだまだ伸びしろのあるコンテンツですよ」

◆心残りはガンダム最新作『ジークアクス』

閉店を前にした「プロフェッサーTK」内でも、ガンダム熱は一向に収まる気配がない。最近の店内では、1月17日(金)に先行劇場版が公開されたガンダムシリーズ最新作『機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス)Beginning』の話題でもちきりだという。

「凄く盛り上がってますけど、こんなに面白いガンダム(ジークアクス)がTVで本放送されるころには、もうこの店が無いんだなっていう話になると、みんなお通夜みたいな雰囲気になってしまう」

「ここが開店してから10年間、ガンダムは『鉄血のオルフェンズ』(2015〜2017年)も『水星の魔女』(2022〜2023年)も、ずーっとみんなで本放送を見てきて、毎週毎週、そのガンダムの話で盛り上がってきたんです。ついにここで、新しいガンダムの話ができなくなるなぁ……っていうのは、やっぱり寂しいですね」

それでも、「プロフェッサーTK」という看板でできることは概ねすべてやり切ったという小山さんの様子からは、前向きさと安心感がうかがえた。50代半ばでの転職、一旦キャリアリセットして本名「小山武史」での再出発ということにも、未練や名残惜しさは感じられない。

小山さん≒プロフェッサーTKの今後の活躍に期待!

<取材・文/デヤブロウ>

【デヤブロウ】
東京都在住。2024年にフリーランスとして独立し、ライター業およびイラスト業で活動中。ライターとしては「Yahoo!ニュース」「macaroni」「All Aboutニュース」などの媒体で、東京都内の飲食店・美術館・博物館・イベント・ほか見所の紹介記事を執筆。プライベートでも都内歩きが趣味で、とりわけ週2〜3回の銭湯&サウナ通いが心のオアシス。好きなエリアは浅草〜上野近辺、池袋周辺、中野〜高円寺辺りなど。X(旧Twitter):@Dejavu_Raw

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