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日本時間の8日未明、心配された初の日米首脳会談は無難に終わった。当初、「石破総理とトランプ大統領とはケミストリー(相性)が合わないのではないか」と強く危惧されたが、共同記者会見を見る限り、大きな失敗はなかったようだ。「入試直前の猛勉強」(官邸関係者)にも似た、外務省幹部による連日のレクチャーも功を奏した。帰国翌日のテレビに出演した石破茂首相は、明らかに安堵の表情を浮かべていた。
しかし、批判もある。昨年11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)での立ち振る舞いもひんしゅくを買ったが、今回もワシントン近郊に特別機か到着した際、ポケットに手を入れてタラップを降りた。マスコミの前でトランプ大統領と握手を交わすときも、左腕を肘置きに乗せたままだった。外務省幹部たちも、さすがにそこまでは“指南”できなかったのだろう。
わが国のニュースなどでは大きく扱われているが、会談時間は実に短かった。往復で25時間もかけながら実際に会ったのは2時間程度、逐次通訳が入っているため、実質的な会談は正味1時間だ。さらにいえば、トランプ大統領による相互関税や「ガザ所有」発言、移民政策、人権抑圧などが国際的にも大問題になっている中、急いで表敬訪問し、ジャイアンにおもねるスネ夫のごとくすり寄る石破首相に眉をひそめる者もいる。
とはいえ、与党はもちろんのこと、野党の多くも好意的なコメントを発している。わが国を取り巻く安全保障環境を踏まえると、日米首脳会談を一刻も早く行う必要性があると考えられてきたからだろう。アジア諸国も重要であるが、わが国は依然として「アメリカ・ファースト」なのだ。その真偽はともかくも、一部ではまだ「アメリカににらまれたら日本の内閣など一気に吹っ飛ぶ」(自民元議員)と信じられている。
仮に日米首脳会談が「成功」だったとするならば、“陰の主役”が安倍晋三元首相と昭恵夫人であったことは間違いない。外務省によるレクチャーや通訳の果たした役割は小さくないが、昭恵夫人の口添えでトランプ大統領の石破首相に対する印象がすこぶるよくなったことは紛れもない事実だろうし、首脳会談の潤滑油にもなった。もしも昭恵夫人が根性悪ならば、どれだけでも石破首相に意地悪ができたはずだ。
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安倍元首相と石破首相は誰もが知る“犬猿の仲”であったし、それこそケミストリーが合わなかった。「安倍さんが生きてれば石破政権は絶対誕生しなかった」(自民中堅)と断言する者もいる。石破氏は首相になってからも安倍元首相を過剰に意識したり、敵視したりしてきた。誰かが「安倍さんは」「安倍さんのときは」と口走ると、石破首相の顔が瞬く間に曇るという話もまことしやかに伝わる。かつて野田佳彦元首相が安倍元首相の追悼演説の中で「勝ちっぱなしはないでしょう」と悔しさを見せたが、石破首相も決して勝つことができない故人にとらわれ、苦しみつづけてきたのかもしれない。
だが、今回の首脳会談で石破首相はあえて安倍元首相を前面に押し出した。「日米の緊密な関係はトランプ大統領と故安倍氏が礎を築いた」とさえ言い切った。それは石破首相が従来のように肩肘を張ることをやめ、安倍元首相夫妻の厚意に甘え、また利用してでもトランプ大統領との個人的な関係を強めたいと考えたからではないか。石破首相はトランプ大統領への土産に金色のかぶと飾りを持参したとされるが、今回の訪米を機に、石破首相自身、ついに安倍元首相に対してかぶとを脱ぐ決意をしたのではないか。
いたずらに亡くなった安倍元首相と張り合うことをやめ、むしろ“安倍カード”を対米外交で最大限に利活用するようになれば、したたかさも含め、石破氏は政治家として、また首相として、一回りも二回りも成長することになる。もっとも、それが単に場当たり的かつわらにもすがる思いでのパフォーマンスなのか、それとも真に実を伴うものなのかは、この数週間のうちに分かるだろう。石破首相が訪米報告と御礼のために昭恵夫人のもとを訪れ、仏壇に線香を手向ければ、「新しい石破」は本物だ。
【筆者略歴】
本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。
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