仕事のやり方が間違っていることが多く、気付くと注意するのだが、いくら注意して正しいやり方を教えても、同じようなミスを繰り返す従業員の処遇に頭を悩ませる経営者も少なくない。
欧米流なら使えない従業員は即座に解雇できるが、日本ではそういうわけにはいかないので、何とか戦力になるように根気強く仕事を教え込んでいくしかない。
そのような従業員の扱いに頭を悩ます経営者は、つぎのように思いを語る。
「いくら注意しても同じようなミスを繰り返す従業員がいるんです。いくら注意してもケロッとしてて、反省する様子がないんです」
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『反省する様子が見られない』
「ええ、あれはどう見ても反省してないですね。仕事のやり方が間違ってるので、注意して、正しいやり方を教えると、『そうなんですか、それは知りませんでした』って言うんです。指導役の人物に聞くと、いい加減にしてほしいって感じなんです」
『いい加減にしてほしい? もう少し具体的に言うと、どんな感じなんでしょうか?』
●何度も教えているのに……
「指導役の人物は、『何度も教えてますよ。間違えるたびに注意するんですけど、そんなこと教わってないって言うんです。もういい加減にしてくれって言いたくなりますよ』とあきれたように言うんです」
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『何度も教えてもらっているのに、同じようなミスを繰り返す。そして、教わってないって言うんですか?』
「そうなんです。指導役は信頼できる人物だし、彼の言うことが正しいとは思うんですけど、念のため私からも正しいやり方を教えたんです。それでもまた間違えたから注意すると、『そんなこと教わってません。はじめて聞きました』って言うんです。指導役の言う通りでした。それで、これはやっぱりおかしいんじゃないかって思い始めたんです」
『明らかに教えてるのに、教わってないと言う』
「そうなんです。これじゃ、いくら教えてもちゃんとできるようにならないじゃないですか。どうしたらいいんでしょうか。こういう従業員、他の職場ではどんなふうに教育しているんでしょうか。っていうか、教育できるんですか?」
『まあ、とてもお困りなのは分かりますけど、ちょっと落ち着いて考えてみましょう。まず結論から申し上げますと、教育は可能ですし、教育的な働きかけを根気強く継続していく必要があると思います』
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「じつは、もう一人いるんです。こっちは反省するだけマシではあるんですけど……注意すると、『すみません、またやらかしちゃいました。気をつけます』って申し訳なさそうに反省の姿勢を示すんですけど、また同じようなミスをする。それで注意すると、申し訳なさそうに謝り、反省の姿勢を見せる。でも、また同じようなミスをする。この繰り返しです。反省し、こちらの注意をしっかり受け止めてる様子なのに、一向に直らないんです」
『反省はするけれども、直らない。同じミスを繰り返す。前に教わってることは覚えてるんですね?』
「ええ、覚えてるんです。っていうか、注意をすると思い出す、って感じみたいです。だから、先ほどの従業員と違って、そんなこと知らないとか教わってないとか言わないんですけど、やっぱり同じようなミスを繰り返すんです」
『なるほど。伺っていると、そのお二人はちょっと違うタイプの問題を抱えてるように思えます』
「違うタイプの問題ですか?」
『1人目の方のケースでは、いくら教えても『教わってない』『はじめて聞いた』というわけですよね。そこには認知能力の問題、なかでも記憶力の問題が深く絡んでいると思われます』
「記憶力の問題……確かに記憶力に問題があるというのは分かる気がします」
『2人目の方のケースでは、注意されると、前に教わったことを思い出すし、前に注意されたことを覚えてるから、記憶がないわけではない。でも、同じようなミスを繰り返す。そこにはメタ認知の問題が深く絡んでいるように思われます』
「メタ認知の問題ですか……ちょっとイメージが湧かないんですが……」
そこで、同じようなミスを繰り返す2人のケースをもとに、記憶力の問題とメタ認知の問題について説明し、対処法のアドバイスをすることにした。
●記憶の“刻み方”を工夫する必要がある
同じようなミスを繰り返すというのがここでの深刻な問題だが、前者のケースでは、教わってるはずのことであるにもかかわらず、教わっていないとかはじめて聞いたとかいう。
それが何度も繰り返される。後者の場合は、指摘されると思い出すのでまだよいが、前者の場合は教わった内容をうっかり忘れるだけでなく、教わったということすら忘れてしまうところに、記憶の問題の根深さを感じざるを得ない。
この場合は、認知能力の問題が考えられるので、そこをカバーする工夫が必要となる。本人が思い出せない、つまり記憶がないのだから、「何度も教えたはずだ」といくら諭しても意味がない。ここで必要なのは、責めることではなく、記憶力の弱さを何とかして補うことである。
記憶がすぐに消えてしまう人の場合、記憶の刻み方を工夫したり、記憶の保持を工夫したりする必要がある。
記憶の刻み方の問題としては、集中力の欠如がある。人と話した後で振り返ると、相手の話した内容をほとんど思い出せないということがあるはずだ。相手の言うことを上の空で聞いていると、ほとんど頭に残っていない。耳で聞いているだけではなかなか記憶に刻まれない。意識を集中して聞いていないと記憶に刻まれない。
記憶が悪い人の場合、しっかり意識を集中して聞いていない可能性がある。その聞き方を改善する必要がある。そのためにも、こうした知識を教えるとともに、仕事に関するアドバイスを受けるときは、とくに意識を集中して聞くように諭すべきだろう。
記憶が悪い人の場合、記憶の保持に問題がある可能性もある。そこを改善するには、常にメモをするように習慣づけることが大切だ。そのときは覚えていても、翌日、あるいは数日後には忘れてしまうというのは、誰にもあることだ。ましてや記憶の悪い人の場合、そんなことが日常茶飯事となる。
そうしたことを防ぐためにも、受けた用件は常にメモしておき時々読み返すように指示しておくべきである。紙にメモするのでも、パソコンやスマホに入力するのでも、どちらでも構わないが、机に貼ったりして簡単に参照できるという点では、紙にメモするのが便利だろう。
●「分かったつもり症候群」からの脱却
後者のケースでは、メタ認知の欠如が考えられる。何度も注意されたり、あらためて教わったりしたということは思い出せるのに、同じようなミスを繰り返してしまう。自分がミスをしたということを深く受け止め、申し訳ない気持ちになっても、また同じようなミスを繰り返す。それはミスの原因にしっかり目を向けないからだ。なぜミスをしたかという視点から自分のやり方を振り返り、チェックするということができていない。つまり、メタ認知的モニタリングができていないのである。
ダニングとクルーガーは、成績が悪いのにそうした自分の問題に気付けない人たちの理解力を鍛えれば、自己認知が進み、自分の能力の問題に気付けるのではないかと考えた。
そして、介入実験を行った結果、読書によって認知能力を鍛えることで、自分の能力を過大評価する傾向が弱まることが証明された。読書により読解力が高まることは多くの研究により実証されているが、それによって自己認知能力が高まり、メタ認知までうまく機能するようになり、「分かったつもり症候群」から脱することができるというわけである。
これは読書により認知能力を高めることによって自分の現状にも気付かせようというものだが、もっと直接的にメタ認知のトレーニングをするという方法もある。
デルクロスとハリントンは、メタ認知的モニタリングの能力向上のためのトレーニングを行っている。そこでは、「問題を注意深く読んだか?」「問題を解くための手がかりは見つかったか?」など、問題そのものやその解法についてじっくり考えるように導く質問を行い、また何点くらい取れたかを尋ねている。その結果、トレーニングを受けたグループは、受けなかったグループと比べて、明らかに成績が良くなっていた。
つまり、このようなメタ認知的モニタリングを促すトレーニングによって、問題をめぐってじっくり考える姿勢が促され、同時に自分の理解度に関してもじっくり振り返る姿勢が促されたと解釈することができる。
この実験では、実験者がメタ認知的モニタリングを促す質問をしているが、それを自問自答に置き換えることができる。自問自答する心の習慣をつけるように促すのだ。「この作業はどのようにするのが効率的か?」「自分はちゃんと教わったやり方でやっているだろうか?」と自問自答する。ミスをしたときも、「何がいけなかったんだろう?」「今後どういうことに気を付ける必要があるだろうか?」などと自問自答する習慣が身につけば、同じようなミスを繰り返すこともなくなっていくはずである。
※この記事は、榎本博明氏の著書『「指示通り」ができない人たち』(日経BP 日本経済新聞出版、2024年)に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。なお、文中の内容・肩書などは全て出版当時のものです。
筆者プロフィール:榎本 博明(えのもと ひろあき)
MP人間科学研究所代表、心理学博士
1955年東京生まれ。東京大学教育心理学科卒。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。川村短期大学講師、カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学助教授等を経て、現職。
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