有力IT企業は“ガレージ”から始まった――「アメリカ西海岸」の“IT名所”を巡る

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2025年03月17日 11:21  ITmedia PC USER

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シリコンバレーの“心臓部”といえる、カリフォルニア州パロアルト市に存在する「HP Garage」。なお、この写真の正面は普通の住居で、HP Garageは左奥に小さく写っているものだ

 2002年から2009年まで、筆者は「シリコンバレー」として知られる米カリフォルニア州サンフランシスコ市(SF)近郊の「SFベイエリア」に在住していた。主な居住地はサンフランシスコ市内だが、会見やインタビューなどがあれば当該の企業がある現地まで赴き、取材して記事を書くという生活をしていた。


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 自動車は所持していなかったので、必要があればレンタカーを借り、公共交通で移動できる場所であればバスや列車、徒歩を駆使して移動するわけだが、SFのベイエリアはなかなかに広く、シリコンバレーの南端に当たるサンノゼ市まで車で1〜2時間、列車であれば片道2時間はかかる。技術系カンファレンスは早朝から始まることが多いため、日の出前の始発列車に乗り、取材が終わって家に帰り着くのは午後9時とかだったりする。


 そして、取材とは別に現地在住者ならではの仕事(?)もある。それは日本からやってくる訪問者を連れて、SFベイエリアの名所を案内することだ。IT関連の仕事でやってくる知り合いが多いため、「名所巡り」といっても映画やドラマなどで有名なアルカトラズ島のツアーに連れて行ったりとかではなく、シリコンバレー内に点在する「ITの名所巡り」だ。


 Appleを始めとする地元の有名IT企業から始まり、Oracleの象徴的な外観の本社であったり(現在本社はテキサス州に移転済み)、Intel博物館、コンピュータ歴史博物館――といった具合だ。企業によっては訪問や入り口の写真撮影が厳しく制限されており、同行者が写真撮影をしようとしてYahoo本社前で警備員に追いかけられた思い出もある。


 そんな中、「シリコンバレーといえばここ!」ということでさんぜんと輝く名所が「HP Garage」だ。この記事では、HP Garageを始めとするシリコンバレーの名所を幾つか紹介したい。


●シリコンバレーのIT企業の多くは「ガレージ」から始まった


 「Birthplace of Silicon Valley(シリコンバレー誕生の地)」と銘打たれているように、今日シリコンバレーと呼ばれるハイテク企業の集積地としてのSFベイエリアの“全て”が始まった場所が、住宅街の中に存在する小さなガレージ、現在のHP Garageだ。


 1939年、米スタンフォード大学の卒業生で同級生だったデビッド・パッカード(David Packard)氏とウィリアム・ヒューレット(William Hewlett)氏の2人は、このガレージで電気計測器メーカー「ヒューレット・パッカード(Hewlett-Packard)」を創業した。同社はその後世界トップクラスのコンピュータメーカーとしても知られるようになり、2015年にクライアント機器をメインとする「HP」と、エンタープライズ機器をメインとする「Hewlett Packard Enterprise(HPE)」の2社に分社され現在に至っている。


 「スタートアップ」あるいは「ベンチャー企業」という言葉が市民権を得て久しいが、HP/HPEの歴史は「小さく始めて、大きなビジネスに育てる」という、一種のアメリカンドリームを体現したものといえる。


●「パロアルト」「スタンフォード大学」「HP Garage」の位置関係


 前段で出てきた3つのキーワード「パロアルト」「スタンフォード大学」「HP Garage」を理解するためには、地図で位置関係を把握すると良い。


 米西海岸(太平洋側)のカリフォルニア州のうち、SFベイエリアは中部からやや北部に当たる。サンフランシスコ半島を筆頭に、有名な「ゴールデンゲートブリッジ」のあるゴールデンゲート海峡を太平洋側から渡ると、広大なサンフランシスコ湾が広がっている。東岸にはオークランド市、南岸にはサンノゼ市があり、これらを合わせて「SFベイエリア」と呼ぶ。


 SFの部分は省略されることが多く、米国から来た人物が「ベイエリアから来た」と言えば、たいていはSFベイエリアのことを指している。


 今回の話題の中心となるパロアルト市は、サンフランシスコ湾の最奥部よりやや手前側に位置している。その北西にはMeta本社のあるメンロパーク市が、南東にはGoogleと、その持株会社であるAlphabet本社のあるマウンテンビュー市がある。


 パロアルトの中心街は、市内を南北に貫く「El Camino Real」という通りと、「University Avenue」という通りの交差する付近だ。大きなショッピングモールやレストランなどの建ち並ぶ繁華街があり、人口密度が低くて人の比較的まばらなSFベイエリアとしては珍しく、多くの人でにぎわっている。


 El Camino Realは、かつてカリフォルニアにスペインが進出してきたころ、各地に建てた、キリスト教の伝導所をつなぐ道として整備された経緯がある。そのため、この通りは北はサンフランシスコ半島よりさらに北側のソノマ郡から、南はサンディエゴ市までつながった道として存在している。「国道101号(Route 101)」を始めとするフリーウェイが整備されるまでは、高速道路に代わる基幹道路としても活用されていた。


 パロアルトの歴史を解き明かすと、スタンフォード大学に付属する街として形成された1894年にさかのぼる。


 当時、鉄道事業などで大成功した実業家であり、政治家だったリーランド・スタンフォード氏と、彼の妻であるジェーン・スタンドフォード氏は、病気で早世した息子のリーランド・スタンフォード・ジュニア氏の“記念碑”として大学を創設することを思いついた。2人はビジネスパートナーと一緒に土地を買い集め、スタンドフォード大学を整備した。そして、スタンドフォード大学の整備に合わせて生まれた街がパロアルト市だ。


 当時、サンフランシスコからサンノゼ方面までの鉄道が開通しており、その南端はパロアルトに隣接する「メイフィールド」と呼ばれる街だった。後にパロアルトは市域を拡大する形でメイフィールドを吸収し、現在のパロアルト市が形作られた。


 その名の通り、University Avenueはスタンフォード大学の正門へと続く道で、そこに沿って繁華街が形成されている。El Camino Realとの交差点付近には「Caltrain(カルトレイン)」という地域鉄道のパロアルト(Palo Alto)駅がある。


 一方で、旧メイフィールドの中核となる「California Avenue」沿いには、昔からの繁華街と、Caltrainのカリフォルニアアベニュー(California Avenue)駅がある。都合、パロアルト市は2つの繁華街と2つの鉄道駅を持つ街となっている。


 パロアルト周辺の史跡を回る場合、国際免許証を持っているならレンタカーを借りて自分で運転するのが一番楽ではある。ただし、Caltrainやバスといった公共交通を駆使してサンフランシスコから移動することも可能で、現在なら「Uber」や「Lyft」といったライドシェアサービスあるので、レンタカー抜きでも周遊はできる。場所によっては「レンタサイクル」のようなサービスもあるので、うまく活用するといろいろな場所を回りやすくなる。


 ともあれ、Caltrainでパロアルトへとやってきた場合、拠点となるのはパロアルト駅だ。列車の運行スケジュールをよく確認した上で、旅を楽しんでほしい。


 下図はパロアルト市における名所の位置関係だが、パロアルト駅からHP Garageまでは約1.5km(徒歩20分程度)、スタンフォード大学のキャンパスがある中心部までは約2.2km(徒歩30分弱)となる。スタンフォード大学の場合、University Avenueを往復するバスが1時間に2本程度あるので、「歩くのが辛い」と思ったらバスに乗るのもいいだろう。


 University Avenue沿いには人気のレストランもあり、散策やカフェでの休憩で半日程度を過ごすのがお勧めだ。


●「HP Garage」に行ってみる


 「シリコンバレー誕生の地」と銘打たれるHP Garageではあるが、名前の通りパッと見はただの古びたガレージだ。それこそ、米国の住宅街ならどこにでもありそうな感じである。


 このHP Garageは史跡として比較的古くから認知されていたものの、建物そのものは私有地で、一般公開はされていない。そのため、通常は道路から敷地の奥にあるガレージを眺めることしかできない。筆者が知り合いをシリコンバレーツアーに連れて行ったときも、「このあたりにガレージがあるよ」と一言伝えて、クルマで通過してしまうスポットだった。


 このことは現在でも変わらないものの、HPまたはHPEの従業員を通して申請すると内部を見学できることがある。最近では、グローバルイベントに招待した海外の報道関係者にプログラムの一環としてHP Garageの「ガイドツアー」もよく行われている。筆者もガイドツアーに参加する機会があったので、その内部を紹介しよう。


 HP Garageは、パロアルト市の「367 Addison Avenue」にある。先述の通り、周辺は普通の住宅街で、史跡があるとは思えない(史跡ゆえに住所が公開されている面もある)。住宅の1階部分は、結婚したばかりのパッカード氏が1938年から妻のルーシー・パッカード氏と共に暮らしたスペースだ。そしてガレージ横の物置小屋には、当時まだ独身だったヒューレット氏が寝泊まりしていたという。


 このガレージでは、企業としてのHewlett-Packardの活動も行われた。同社初の製品となるオーディオ発振器「HP 200A」が開発されたのもここで、最初期の顧客としてはWalt Disney(ディズニー)がいた。HP 200Aはディズニーにおける映画の音響テストに用いられ、後に大ヒットとなる映画「ファンタジア」の成功の一端を担うことになる。


 翌1939年にヒューレット氏も結婚したが、ガレージは引き続きHewlett-Packardのオフィスとして使われた。ただし、同社自体は業務拡大で手狭となったため、1940年に現在HP本社が所在するPage Mill Road沿いの土地へと移転している。


 367 Addison Avenueの建物についてはその後、1985年にパロアルト市の史跡として指定され、1987年にはカリフォルニア州の史跡としても登録され、さらに2007年には米国全体の歴史登録財としても登録された。


 ただ、「住宅街にある普通の住宅とガレージが史跡」という状態はちょっと不自然でもある。そこでHewlett-Packardは2000年、この住宅とガレージを土地ごと買い取った。その後、2005年にヒューレット夫妻が住んでいた頃を極力再現する「リノベーション」を実施して、現在に至る。


 シリコンバレーを語る上で、ちょっとした豆知識として頭の片隅に置いておくと酒の肴になるかもしれない。


●シアトルに行ったら「Microsoft」のキャンパスに行ってみよう


 多くのPCユーザーにはおなじみのMicrosoftだが、その本社は米ワシントン州のレドモンド市にある。「レドモンドって聞いたことないけど、どこ?」という人もいると思うので、まず場所を説明する。


 ワシントン州は、米国西海岸の北端にある州だ。少し言い換えると、米国本土において最も北西にある。首都も「ワシントン(ワシントンD.C.)」を名乗るが、こちらはどちらかというと東海岸(大西洋)に近い内陸部にあるので、混同しないように気を付けたい。


 ワシントン州の州都はオリンピア市だが、日本人にとってなじみ深いのは港湾都市「シアトル」の方だろう。シアトル市はアジア方面から米国への玄関口でもある「シアトル・タコマ空港」を抱えるなど、交通の要衝として機能しており、日本人も多い。


 Microsoftの本社があるレドモンド市は、ワシントン湖を挟んでシアトル市の“対岸”(東側)に位置する。シアトル市内からMicrosoftの本社に向かう場合、以前はローカルバスを乗り継ぐ必要があり、レンタカーがないと移動に難儀することもあった。


 しかし近年、シアトル市内を中心にライトレール(電車)が整備され、空港とシアトルの中心市街地間の移動が楽になった。


 このライトレールはSound Transitが「Link」というブランドの元で運営しており、シアトル市内を南北に結ぶ「1 Line」と、ワシントン湖を挟んだ対岸にあるベルビュー市とレドモンド市を結ぶ「2 Line」、タコマ市内を走る「T Line」の3路線を営業している。2 LineにはMicrosoft本社キャンパスの至近にレッドモンドテクノロジー(Redmond Technology)駅があり、Microsoft従業員の通勤にも使われている。


 1 Lineと2 Lineは現在接続されていないが、2025年内をめどに2 Lineの延伸によって1 Lineと直結する予定で、延伸後はLinkだけで空港からMicrosoft本社に行けるようになる。T Lineも1 Lineの終点であるタコマドーム駅まで延長される予定で、新線として「3 Line」「4 Line」も加わることで、シアトル周辺の公共交通ネットワークは飛躍的に改善される見通しだ。


 まずLinkを利用する前提知識として、少しだけシアトル、タコマ、そしてレドモンドの3都市の位置関係を理解する必要がある。下図を確認すると、左端に「Downtown Seattle」とある。これがシアトル市の中心部だ。


 シアトル・タコマ空港はシータック市(シアトル市とタコマ市の中間)にある空港で、ワシントン湖よりさらに南側にある。空港からは、マーサー島(1島がまるごとマーサー市)を介してベルビュー市まで道路がつながっている。


 最初にシアトル市内に行きたいのであれば、空港からLinkの1 Line、あるいはバスで北上することになる。シアトル市を迂回(うかい)して直接Microsoft本社方面に向かう場合は、現状ではマーサー島経由で2 Lineの始発駅であるサウスベルビュー(South Bellevue)駅まで移動することになる。


 地図右上にあるRedmond Technology駅は、先述の通りMicrosoft本社の最寄り駅……なのだが、厳密には高速道路で分断されている2つの敷地の中間点、つまり本社敷地の“ど真ん中”に所在する。地図で濃い青色で示した線が、サウスベルビュー駅とレッドモンドテクノロジー駅を結ぶ現状の2 Lineの姿だ。


 2025年内に行われる予定の2 Lineの延伸では、レッドモンドテクノロジー駅の北側に「ダウンタウンレッドモンド(Downtown Redmond)駅」が新設される。また、赤い線で示した通り、サウスベルビュー駅の南方からマーサー島の「マーサーアイランド(Mercer Island)駅」を経由して1 Lineの「インターナショナルディストリクト/チャイナタウン(International District / Chinatown)駅」に合流し、1 Lineの線路を使ってシアトル市の中心地に向かう計画となっている。


 延伸が予定通り行われた場合、シアトル市の中心街からMicrosoft本社(≒レッドモンドテクノロジー駅)に行く場合はLine 2として運行されるLinkに乗ればよくなる。また空港からMicrosoft本社に向かう場合も、1 Lineに乗ってインターナショナルディストリクト/チャイナタウン駅まで向かい、2 Lineに乗り換えるだけで済むようになる。


 ライトレールゆえに移動にはそれなりに時間はかかると思われるが(現状の運転速度から考えると1時間程度)、現状の運賃は片道3ドル(約460円)なので、シアトル観光に無理なく組み込めるだろう。


●ライトレールで「Microsoft」に向かってみる


 Linkに乗車する場合、乗車券類は以下の3つが用意されている。


・駅の券売機で買える「片道券」「往復券」「1日乗車券」


・シアトル地区の共通交通系ICカード「ORCA(オルカ)」(要チャージ)


・スマートフォンの「Transit GO Ticketアプリ」(要チケットの事前購入)


 Link自体は「信用乗車」に近いスタイルで運行されているため、券売機やアプリ上でチケットを購入した場合は、検札時に券面(またはアプリ画面)を見せればいい。ORCAを使う場合は、駅の入口にある端末にカードを“タッチ”すればいい。


 今回は、2 Lineのベルビューダウンタウン(Bellevue Downtown)駅からレッドモンドテクノロジー駅までの5駅間で乗車した。所要時間は12分だ、サウスベルビュー駅から乗った場合も、レッドモンドテクノロジー駅まで22分程度で行ける。


 先述の通り、レッドモンドテクノロジー駅はMicrosoft本社の敷地内にあるが、乗り降り自体は自由だ。ただし降車後、事前登録がない場合はビジターセンターのある「Building 92」にしか行けない。その他の建物は、セキュリティチェックがあるため立ち入れない。


 ビジターセンターは平日の午前9時から午後7時まで営業しており、チェックインをすると「体験ゾーン」の他、米国では現在2カ所にしかないリアルの「Microsoft Store」を利用できる。訪問に当たり予約は不要だが、メールか電話で事前予約をすると、ガイドツアーも利用可能だ。詳細はMicrosoftのFAQを参照してほしい。



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