写真まさか私が? メンタルの不調を自覚した時、人は誰しも自分は違うと思うもの。メンタルがやられるなんて、負けたみたいで悔しいから。
◆「うつ」は案外身近にある
『うつ逃げ うつになったので全力で逃げてみた話』(KADOKAWA)の主人公、なおにゃんさんも繊細で真面目な性格でした。何事にも全力で取り組むため、会社の上司の期待にこたえようと必死だったのです。
昨今、年代を問わずうつに悩まされる人が増えています。人間関係の複雑さ、SNSの過剰普及など、複合的な要因が重なり、HSP(Highly Sensitive Personハイリー・センシティブ・パーソン)、いわゆる繊細さんも多いのです。
一昔前までは、「うつ」がマイナスのイメージとして扱われましたが、それは古い常識だととらえたほうがいいです。
“まさか私がうつ?”と少しでも疑念がわいたら、即、休む!即、逃げる!全力で自分を守るべきなのです。
◆新卒入社した会社で心身が蝕まれる
学生から社会人へ。新生活は希望に満ちていますが、緊張の連続でもあります。憧れていた出版社へ就職を決めたなおにゃんさんも、将来への展望にあふれていました。先輩もやさしく、うまくやっていけそうだと安堵したのです。
ただひとり、編集長だけがうまくコミュニケーションがとれませんでした。提出した企画書は書き直しを指示された上に「あんたのその話し方気に入らないんだけど」との言葉。
新人に対しての「教育」だと信じてみたものの、どうにも圧が強すぎて凹み、やりきれない日々。
仕事のみならず、社会人としても初めてだらけだっただめに、「この仕打ちはおかしいのでは?」と首を傾げつつも、ひたすら編集長にかしずいてしまったのです。
「教育」と「パワハラ」の間でなおにゃんさんはもがき、ついに体に支障をきたしてしまいました。
◆心療内科で「うつ」が判明
動悸(どうき)、体の震え。体の変化は、なおにゃんさんの頑張りが限界を超えた結果だったのでしょう。
心療内科の診断結果は「適応障害によるうつ」。“まさか自分が?”という抗(あらが)いたい思いが浮かび上がってきたかもしれません。でも、病名がつくことにより、救われた気がするのも事実です。
健康を損ねたのだから、もう逃げていい。こうしてなおにゃんさんの、1回目の休職生活がはじまりました。
◆休み方がわからない
「休職したんだし休まなきゃ」
免罪符をいただいたのに、休もうとしても休めない。実際、「休んでいい」と言われても、すぐに眠れるわけでも、のんびりできるわけでもありません。さらに有給休暇ではなく休職なので、「やりかけの仕事を任されて、今頃上司は怒っているかもしれない」など、不安と焦りに苛まれます。
真面目で頑張り屋さんだからこそ、陥りがちなトラップです。しっかり体を休めたい、でも会社に行かないと忘れられそうで焦る、そんな思考で自分を追い込んでしまうのです。
心のどこかに、うつを認めたくない気持ちもあったといいます。うつ、という病名の響きから、頑張れなかった自分、という印象を持ってしまうのではないでしょうか。
◆「逃げる」ことは「生きる」こと
「もっとできる、もっとやれる。このくらいでへこたれるなんてありえない」
なおにゃんさんのように、自分を信じるのももちろん大切です。でも、仕事や人間関係を完璧にこなせる人はいませんし、そもそも何が完璧なのか、人によって基準も異なります。誰が悪いとか悪くないとかではなく、価値観の違いですれ違うことが、世の中にはあるのです。
「生きる」ために「逃げて」いいのです。なおにゃんさんも、一度会社に戻りますが、やはり心より先に体が会社を拒否してしまいました。
復職した当日に、社員みんなの前で「これからは頑張ります」という挨拶をするよう促されましたが、どうしても言えなかったのです。
頑張り屋のなおにゃんさんが、頑張ることを放棄した瞬間でした。やっと「もうすでに頑張っている」と理解したのです。
再び「逃げよう」と決意して、2度目の休職に突入します。今度こそ、しっかり休もうと一念発起するものの、うつの苦しみは、ここから新たな局面を迎えるのです。
うつになって、逃げて逃げて、やがて新天地を見つけるまで。心身がアップダウンした人生の寄り道は、決して無駄ではなく、成長への旅でした。ぜひあなたも、なおにゃんさんが経験した、うつの先の景色を見つめてみてください。
<文/森美樹>
【森美樹】
小説家、タロット占い師。第12回「R-18文学賞」読者賞受賞。同作を含む『主婦病』(新潮社)、『私の裸』、『母親病』(新潮社)、『神様たち』(光文社)、『わたしのいけない世界』(祥伝社)を上梓。東京タワーにてタロット占い鑑定を行っている。X:@morimikixxx