
山中慎介インタビュー 前編
2月24日、有明アリーナで行なわれたWBC世界バンタム級タイトルマッチ。王者・中谷潤人(M.T)は、同級6位のダビド・クエジャル(メキシコ)相手に圧倒的な強さを見せつけた。距離を支配し、多彩なパンチを正確にヒット。3ラウンドに、ダウン経験がない無敗のクエジャルから2度のダウンを奪ってKO勝利を収め、3度目の防衛に成功した。
【2度のダウンシーンを解説】
――中谷選手の衝撃的なKO勝利、解説席からご覧になっていかがでしたか?
「すごかったですね。中と外、上と下、ロングとショート、すべてのパンチを的確に当てていました。それも、すべて強烈なパンチなので相手も対応しきれなかったんだと思います」
――立ち上がりは、下がりながら距離を測っていたように見えました。
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「そうだと思います。慎重に距離を置きながらではありました。ただ、それでも左ストレートはタイミングよく入っていましたね」
――3ラウンドには2度のダウンを奪いました。最初のダウンは、右・左・右のフックから左のボディストレート、相手のガードが下がったところで、ワンツー。左ストレートがドンピシャで入ってクエジャルは膝をつきましたね。
「中谷だからできる完璧なコンビネーションでしょう。ロングとショートを織り交ぜ、間髪を入れずにスムーズに次のパンチが打てるのは相当に技術が高いです。完全にボディも効いていて、少し気持ちが折れたのかもしれません」
――2度目のダウンシーンはいかがでしたか?
「1度目のダウンは、左のボディストレート。2度目は、かなり遠い距離からしっかり踏み込んで、左のロングフックをクリーンヒットさせました。クエジャルはストレートを警戒して、グローブを顔の前で構えていた。そこで、外から大きく回したフックが入ってきたので、まったく見えていませんでしたね。あの距離から的確にヒットさせるのは、普通の選手にはできません。中谷ならではだと思います」
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【セオリーではなかった中谷の動き】
――山中さんは、マスススパーリングで中谷選手とリングで向かい合った経験がありますが、距離はいかがでしたか?(山中:身長170cm、リーチ174cm/中谷:身長173cm、リーチ173〜176cm。中谷のリーチについては、マネージャーである弟の龍人氏によると、計測するたびに数値にばらつきがあり、おおよそこの範囲内とのこと)
「サウスポー同士ですから、本来なら距離は近くなるはずなんですが、かなり遠い、長いという印象でした。そして、どの角度からパンチが飛んでくるかまったくわからない。どう警戒すればいいのかもわからなくなります」
――クエジャル選手も身長が高く(174cm)、体が強そうには見えましたが......。
「過去にダウン経験がない選手でしたし、実際にフィジカルも強いと思います。ただ、それを発揮する場面を作らせなかったですね。中谷が常に距離を制して主導権を握っていました」
――中谷選手は、スタンスを広くして深く構える印象があります。
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「そうですね。相手からすると、顔の位置がかなり遠く感じるんです。だからクエジャルも初回から前に出て、もっと右を出したかったでしょう。でも、右が出せる距離ではなかったし、出せるタイミングもなかった。一方で中谷は、左のストレートをしっかりヒットさせていました。クエジャルは、初回から戦いにくいと感じていたはずです」
――中谷選手はサウスポー、クエジャル選手はオーソドックスでしたが、位置取りで気になった点はありますか?
「サウスポー(中谷)対オーソドックス(クエジャル)の場合、セオリーでは中谷は自身の右足側へ回り(右回り)、一方のクエジャルは自身の左足側へ回ることになります(左回り)。だから、ポジションの取り合いになるわけです。でも今回、中谷は左回りを選びました。そうすることで、クエジャルは距離が遠くなり、得意な左フックが出しづらくなった。一方の中谷は、左ストレートを内側からしっかり打ち込んでいました」
――同じサウスポーの山中さんは現役時代、どのように位置取りを意識していましたか?
「相手の"外"ではなく、"中"を取るようにしていました。中に踏み込んで自分のタイミングで打つ。今回は、中谷の踏み込んでの左ストレートにクエジャルが反応できていない場面が多く見られました。2、3ラウンド目には中谷の右フックも当たりだしましたね」
【中谷のパンチの多彩さは「相手はたまったもんじゃない」】
――中谷選手は試合中、前の手(右手)を突き出して、グローブの内側を相手側に向けた構える時があります。どんな狙いがあるのでしょうか?
「あの構えをすると、相手は本当にやりづらいと思いますよ。前の手でブロックされて止められる感じがするのと、リーチもあるので中に入れなくなります。さらに、スタンスを広くて顔が遠いところにあるので、相手は『パンチが届かない』という感覚になるはずです」
――そうなると、距離を詰めるしかなくなりますね。
「今回のクエジャルがまさにそうでしたね。クエジャルほどの体格がいい選手ですら遠い距離で戦うことをあきらめるわけですから、いかに中谷選手がロングとミドルレンジを支配しているかがわかります。かといって、中谷はショートも強い、まさに"難攻不落"です」
――中谷選手は試合後、序盤で右の鼓膜が破れたと話していました。山中さんは現役時代、同じようなことを経験したことがありますか?
「あります。岩佐(亮佑)との試合の7ラウンドあたりでした。鼓膜が破れたのは初めての経験でしたが、音の聞こえ方に違和感があったくらいで、試合中は気にしている暇もなかったですね。試合への大きな影響はなかったと記憶しています。おそらく言わないだけで、鼓膜が破れた経験のある選手はけっこういると思います」
(※)2011年3月5日、山中が岩佐を10ラウンドTKOで下し、日本王座の初防衛に成功した。
――中谷選手のパンチの軌道は、ストレートでもフックでもアッパーでもない、独特な軌道に見えます。近距離でガードの隙間にねじ込むようなパンチなどは、ゲンナジー・ゴロフキン(元ミドル級王者)の打ち方とも重なります。
「本当にいろんな角度から打てますよね。それでいて、ピンポイントで正確に当てられるし、破壊力もある。長い腕をうまく畳んで、ゴロフキンのような打ち下ろしや、下から縦に入れるアッパー、スマッシュ(アッパーとフックの中間で斜めに突き上げるパンチ)も混ぜています。もちろん、通常のフックやアッパーも打てるし、それらをテンポよく組み合わせていますね」
――テンポのよさも強みのひとつですね。
「間違いないです。普通、強いパンチを打つ時は、『距離を設定して、タイミングを見て......』と、どうしてもワンテンポ空くものなんです。中谷にはそれがない。どの距離でも、迷いなくスムーズにパンチを繰り出せます。しかも、上、下、中、外と散らしながら強いパンチが飛んできますから、相手はたまったもんじゃないですよ(笑)」
(中編:中谷潤人は井上尚弥と戦う前に統一戦へ 山中慎介が他のバンタム級日本人王者のなかで「一番の強敵」に挙げたのは?>>)
【プロフィール】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)
1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。