V8を讃えよ!! 前代未聞の「ホンダ製船外機のプラモデル」を取材に行ったら、冬の浜名湖で死にかけた話

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2025年03月23日 20:08  ねとらぼ

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ねとらぼ

生きて帰ってまいりました。寒かったしすごかった。語彙力死んでます

 読者の皆様、いかがお過ごしでしょうか。僕は今、冬の浜名湖の上で凍え死にそうになりながら、時速70キロ以上で爆走するボートから落っこちそうになってます。上下にバッコンバッコン揺れる船体。容赦なく吹き付ける真冬の風。そして目の前では、めちゃくちゃでかい船外機2機が唸りをあげております。マジで船から落ちそう。死ぬかも。


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 ……うそです。浜名湖からは帰ってきて、家でこの原稿を書いています。が、寒風吹き荒ぶ浜名湖で「死ぬかも……」と思ったのはマジ。「大袈裟かよ」と思うかもしれませんが、吹きっさらしの船の上で時速70キロ、しかも冬の湖上というのは、海のない岐阜県出身の自分には結構ハード。おまけに、そのくらいの速度で波が立っている水面を激走すると、波の一段一段がほとんど固体みたいな硬さになって船体にぶつかるため、洗濯板の上を70キロでかっとばしている感じになります。本当に振り落とされて浜名湖に落ちて、ウナギの餌になるかと思った。おれは泳げないんだよ〜!


 そしてこの激烈な速度を生み出していたのが、ホンダの船外機としては最大最強を誇るモンスターマシン、BF350。V8エンジンを搭載し、350馬力を叩き出すという、ホンダ製船外機のフラッグシップモデルです。V8といえば『マッドマックス 怒りのデス・ロード』でウォーボーイズが拝んでたやつとしておなじみ。8つの気筒(燃料が送り込まれて爆発する、エンジン内の筒状の部位のこと)を4つずつV字型に配置したスタイルのエンジンで、「でっかくてハイパワー」なことが最大の特徴です。ちなみに、一般的な乗用車が積んでいるエンジンの馬力は50馬力から、大きくても300馬力くらいに収まるそうです。350馬力というのが、いかにドカ盛りな数字であることがお分かりいただけますでしょうか。そりゃ浜名湖も洗濯板みたいになるって。


 しかし、この記事はなんでいきなり船外機の話を始めたのか。というのも、これがそもそも「船外機のプラモ」の取材だからでして……。


●「乗れば船外機がプラモになった理由が分かる」と言われ、冬の浜名湖へ……!


 遡ること数カ月。ことの発端は、2024年10月に開催された第62回全日本模型ホビーショーでした。新しいプラモデルがたくさん発表されたこのイベントで一際目立っていたのが、マックスファクトリーの「minimum factory みのり with ホンダ船外機 BF350」。会場には実物のBF350がドーンと置かれ、場を圧倒していたのです。


 これまでにも耕運機や除雪機など、ホンダのパワープロダクツ部門の製品をプラモデル化してきたマックスファクトリー。耕運機のプラモについては、ねとらぼでも過去に取材しております。しかし、用途や絵面が分かりやすい耕運機や除雪車と比べると、船外機、しかも船体抜きで船外機のみのプラモデルという製品内容はいささか攻めているように思います。


 ちょうどそのホビーショーにいたのが、耕運機のキットの時に取材したパワープロダクツ事業統括部の中島茂弘さん、そしてマックスファクトリーの高久裕輝さん。その場で「なんでこんなプラモを作ったんですか?」「船外機だけのプラモってどういうこと?」と聞いたところ、「乗れば分かる」「現物を見た方が早い」「説明はその後でする」「ぜひ細江の船外機工場に来てください」とお二人から口々に言われ、そうまで言うなら行ってみるか……と、ねとらぼ編集部のOKをもらい、真冬の浜松を訪ねたわけです。


 ということで話は冒頭に戻るのですが、実際に乗るとBF350がいかにとんでもないパワーで船を走らせるエンジンなのか、骨身に染みてよく分かりました。とにかくパワフル。あんな加速で水上を移動する乗り物、初めて乗りました。速い、デカい、エンジンがV8ということで、これはまさにスーパーマシン。


 しかし、それだけでは「船外機」というメカのヤバさと面白さを理解したとはいえない様子。ということで、細江船外機工場の中も見せてもらいつつ、パワープロダクツ事業統括部 マリン事業部部長の福田蔵磨さんに、「船外機とはいったいどのようなメカなのか」を聞かせてもらいました。


●船外機は「シンプルでパワフルでタフ」なマシンなのだ


──マリン事業部というのは、基本的には船外機を作っている事業部ということなんですよね?


 主に船外機を作って販売している事業部です。ビジネスとして扱っているのは「船外機とそれに付随する周辺機器」ですね。船外機操作のためのデジタルスクリーンや、リモートでのコントローラーやエンジンとコントローラーを接続するケーブルなども扱っています。


──ということは、福田さんは船外機のプロということに。


 そうなりますね。照れますが(笑)。


──そんなプロの目から見て、船外機というメカの最大の特徴はどういった点にあると思いますか?


 とにかく「エンジンそのものである」という点ですね。言ってしまえば船を走らせるという機能しかない機械なんですが、しかしその使われ方はとんでもなく過酷です。そんな用途に耐えられるエンジンを積んでいて、しかしトランスミッションも何も積んでいない、本当にほとんど「エンジンだけ」がカバーの中に入っているという、あまり似たもののないメカだと思います。


──マジで中にはエンジンしか入ってないんですか。


 完全にエンジンだけということはないですが、構造的に言えば、船外機っていうのは「エンジンから回転軸が出てて、それがギアを介してスクリューを回転させてるだけ」ですね。世界初の船外機が発売された時から、基本的にこの構造は変わっていません。


──機構的にはほとんどミニ四駆と同じくらい単純なものなんですね……。では、過酷な使われ方というのは、どういうことなんでしょうか?


 具体的にいうと、船外機は「5000回転でず〜っと回転し続ける」ことを要求されるんです。自動車だったら、高回転になったところでギアを変更して、回転数が下がります。で、さらに速度が上がって高回転になったところで高い速度用のギアに変更して、回転数がまた下がる……というプロセスを繰り返しながら走行しますよね。でも、さっき言ったように船外機にはトランスミッションがないんです。本当にエンジンが常に高回転で回り続けているだけ。車で言えば「ローギアのままアクセルをベタ踏みしている」という状態で、ずっと回り続けることが求められます。


──そうか……変速がないとそうなりますよね……。他に船外機ならではのハードさってありますか?


 自動車のエンジンの使われ方と大きく異なるのが、エンジンを縦に置いているところです。普通、エンジンって横に置いて使うものなので、縦にしたら動かないんですよ。それに、エンジンの軸を下向きにして立てると、エンジンの重さが軸受にかかるので、この軸受もタフじゃないと保ちません。大型船外機だとエンジンの重量だけで300kgくらいの重さになる上、そこに回転運動から来る振動や荷重がかかるので、とにかく「縦に置いたエンジンをすごい回転で回しても壊れない」という状態に持っていくこと自体が、それなりに大変です。


──聞くだに大変そうですね……。


 だから結局、求められるものがシンプルになってくるんです。壊れないことと、燃費がいいこと、あとはパワーがちゃんと出ること。以上終わり、みたいな。シンプルで分かりやすくて単純、それが船外機というメカなんです。


──確かに、自動車と違って海の真ん中で壊れたら大変ですもんね。船外機は「タフでハイパワーで頑丈なエンジン」を積んでいることがとにかく大事なわけか……。


●V8はマジでホンダ初! なんで船外機に積んだんですか?


──では、BF350自体の特徴は、どんなところなんでしょうか?


 まず大きいのは、やはりV型8気筒エンジン、いわゆるV8エンジンを搭載している点でしょうね。このエンジン、実はホンダ唯一のV8エンジンなんですよ。


──え! 車に積んでないんですか!?


 正確にはF1で搭載したことはあるんですが、市販車ではV8を搭載したものは作ってないです。車とか、ATV(全地形対応車)に乗せたいという声はあるんですが、今のところは船外機専用になってます。船外機のエンジンって、基本的には自動車用のものを流用することが多いんですよ。そんなマリン事業部が、他の事業部が欲しがるようなエンジンを船外機用に開発したというのは全く前例がなかったことです。「マリンがV8なんか作れるわけねえだろ」という意見に挑んだ、みたいなところはありますね。


──マジで船外機専用エンジンなんですね……。それはそもそも「V8を作るぞ」というところが目標だったんでしょうか?


 V8ありきというよりは、まず350馬力相当の大型船外機のニーズが高まっていて、そこに当てはまるうちの商品をちゃんと用意したいよね、というところから開発をスタートさせています。とにかく、今のトレンドとして「船が大きくなっている」というのがあるんです。


──それは理由があるんでしょうか?


 コロナ以降のアウトドアブームの流れですね。船の上だったら知らない人と接触せずに遊べるから、富裕層を中心に大型のボートで遊びに行く人が増えて、その結果世界的に船も船外機も足りなくなっちゃったんです。そういう状況を受けてお客さんの欲しいものを用意しないといけないんだけど、現状マリンで作っているV6エンジンをボアアップしても、350馬力は出せないんです。需要に応えるためにはV8しかない、という結論が出て、そこから「ではどうするか」を考えた感じです。


──さぞかし大変だったと思います……。


 社内では相当揉めましたね(笑)。できるわけないだろうと。今までマリンでは、大馬力の船外機ではありもののエンジンをカスタマイズして使ってきたんで、大型エンジンを1から作った経験ってないんです。ただ、四輪用エンジンを船外機に転用すると、レイアウト上合理的でない部分も飲まなきゃいけないことがあって、高性能な大型船外機を実現しようと思うとやっぱり専用で作った方が理論上は効率がいい。……にしてもいきなりV8ですからね。ありものの6気筒に2気筒足してV8にする案もあったんですが、開発しているうちにほぼ全部新規になりました(笑)。


──開発で大変だったのは、どのあたりなんでしょうか?


 エンジンの幅を潰すことですね。車だったらボンネットを低く抑えたいから、エンジンの上下方向を潰せばいいんです。でも、船外機ってエンジンを縦に積んでるんです。さらに、船外機って船一隻に一機だけ取り付けられればいいというわけではなくて、大きい船だと二機がけ三機がけが当たり前です。何個も横に並べたいとなると、船外機の横幅はなるべく狭い方がいい。なので、「エンジンを縦にした時の横幅」を潰す必要があるんです。


──そうか〜! 一機だけくっついてればいいわけじゃないんですね。


 ということで、今回のエンジンではバンク角度(エンジンのシリンダー列の角度)を60°にしています。これは難しかったと、うちの設計者は言っていました。V8エンジンだと、普通はバンク角が90°で、それならば「どういう形のクランクシャフトを作って、どの気筒をどういう順番で爆発させればいいか」というセオリーがあるんです。でも、60°になるとそういった蓄積がないので、設計も製造も手間が増える。特にエンジンの心臓部であるクランクシャフトは、厳選した素材に精度の高い加工を施す必要があるので、1本作るのに6カ月かかります。


──半年かかるんですか!?


 そうなんですよ……。ただ、手間をかけただけあって、このクランクシャフトは4000〜6000回転くらいの一番よく使われる回転数の範囲で、一番振動が少なくなるようになってます。そういった要素の積み重ねによって、BF350の作動音はこのクラスのエンジンとしては他よりずっと静かなものになっています。


──確かに、さっき船に乗った時も、目の前でエンジンが動いているのにある程度普通に会話ができる程度の音の大きさでした。


 作るのは大変でしたが、最終的には「パワフルだけど静か」という船外機になったと思います。加速性能がいいので、レジャー用としてもスロットルをグッと上げた時の加速感が楽しめます。あと、仕事で使う場合にもパワーって大事なんですよ。例えばノリ漁では大量のノリを海から船内に引き上げる必要があるんですが、そういう時にもパワフルなエンジンを積んでいれば一度の水揚げが増えて、燃費もいいから経費も抑えられる。強いエンジンを積んだ船というのは、それだけできることが増えるんです。


●大馬力の高級船外機は「水上のスーパーカー」である


──ということで、今回は発売予定のキットを持ってきてみたんですが……。


 いや〜、よくできてますね! エンジンカバーの開き方が、ちゃんと実物通りなんですね。中身のエンジンには目が行くと思いますけど、この辺のスイベルケースとか、船外機マニアじゃないと気にしないようなところも、すごく精巧にできてます。正直、ここまでは期待してませんでした。


──実物を作っている人から見ても、出来がいいんですね。


 実際船外機をやってる立場からしても、すごいプラモだと思います。見てると、本物のエンジンの形やディテールを思い出しますね。立場的にV8の開発に直接携わったわけではないんですが、若かりし頃にはこれの弟分のV6をサービスキャンペーンの現場とかでよくいじってたんで、その頃の記憶を思い出します。


──実機のカラーバリエーションも、今後バリエーションとして発売されるかも……ということなんですが。


 色違いやカラーリング違いも、富裕層のお客様からは需要があるんですよ。


──やっぱり、大馬力の船外機を買う人というと、自分で大型のボートを持っているようなお金持ちが多いんですか。


 そうですね。特にアメリカだと、やっぱりお金持ちからのレジャー用の需要というのは大きいです。そういうお客様って、「かっこいいから大きいエンジンを乗せたい」という気持ちがある人が多いんですよ。車もそうですが、アメリカには大きくて強いエンジンへの需要が常にある。彼らって、意外に燃費も気にするんです。


──けっこう庶民的なところを見るんですね。


 いや、出費を気にしてるわけではないんです。燃料が1ガロンいくら、みたいなところは彼らにとってはどうでもよくて、「船の燃料タンクを満タンにしてどれだけ走れるか」というところを気にするんです。つまり、燃費が良ければ1回の給油で遠くまで行けて、長い時間遊べて、面倒な給油のタイミングが少ない。そっちの方がうれしいっていう考えです。


──自分が考えてた「燃費の良さ」への評価とはベクトルが違いました……。


 なんせそういう人たちなので、基本「船もエンジンも見せびらかしたい」という気持ちがすごくあるんですよ。「自分の船と合わせたいから、船外機にも独自のペイントをする」っていう人もいて、いくらかかったか聞いてみたら1機あたり100万円とか。


──自分の金銭感覚でなんか言える世界じゃないですね、これは。


 船外機の値段って、だいたい1馬力1万円なんですよ。だからBF350っておよそ350万円するんです。でも、それを平気で2機3機と搭載しちゃう。3機で1000万円超えますけど、そもそもBF350が3機も必要な船って億単位の値段ですからね。もう、船外機代なんて端数みたいなもんです。とはいえ船外機って外から見えるんで、それがパワフルで派手でかっこいいと「どうだ!」ってなるんですよね。カテゴリーとしてはランボルギーニとかフェラーリというか、スーパーカーみたいなマシンということになると思います。


──なるほど……スーパーカーと言われると、大型船外機がどういう立ち位置のメカなのかスッと理解できました。


 なので、BF350もルックスにはこだわってます。これまでとはデザインの方向性を一新して、「Noble Motion Form」というラグジュアリーなスタイリングコンセプトを採用しました。ただ、船外機の後ろ側に「350」って書いてあるのは、やっぱり「馬力が書いてあると、後ろから見た時にかっこいいから」っていうことかもしれないですね(笑)。


──この船外機を持っていること自体でドヤれるようなデザイン、ということですね。さすがフラッグシップマシン。ちなみに先ほど世界的に大型船外機需要が高まっているとおっしゃっていましたが、この方向性のデザインで今後も大型機を出していくプランなんでしょうか。


 今後も続々と、この方向性で製品を作っていくつもりです。まずはやっぱり、デカい船に積むものから作っていきたいですね。やっぱり、ホンダのエンジン技術が生かせるのは大型船外機なんです。新しいデザインを踏襲しつつ、そこを集中的に攻めたいと思っています。


──船外機が、とにかく強力でタフなエンジンを積み込んだパワー系マシンでありつつ、贅沢でラグジュアリーな機械でもあることがよく分かりました。ありがとうございました!


 船外機のプロのお話、読んでいただけましたでしょうか。純粋にエンジンのパワーがモノをいうワイルドなメカでありながら、同時にラクジュアリーさや洗練も求められるという点は、まさにスーパーカーと同じ。超パワーを秘めた綺麗なマシンが手元にあったら、そりゃ見せびらかすよね……。


 大和に零戦、タイガー戦車にスポーツカーにガンダムと、古今東西プラモデルのモチーフとして人気があったのは、何かしらスーパーパワーを秘めたマシンでした。そういう観点から見れば、確かにスーパーでスペシャルなマシンである「V8エンジンを積んだ大馬力な船外機のプラモ」が登場したのも納得です。少なくとも、自分はもうすでにちょっと船外機のプラモが欲しくなってきた……。では、そんな船外機がプラモデル化されるまでには、いったいどのようなプロセスがあったのか。記事の後編では、その辺りについてお話を聞いてみようと思います。


(取材・構成:しげる)



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