
オーバーワークが重なって体調を崩し、経営していた書道教室の閉鎖を決意した女性書道家。「私が教室をやります」と教室の存続に名乗りをあげたのは、4年間にわたり教室に通い続けた生徒の女性だった。
【写真】こんなに変わる!?初心者のレッスン前と90分のレッスン後の字
生徒が増えすぎてオーバーワークの末に体調を崩して…
大阪市のオフィス街、おしゃれなビルの一室に大人のペン字教室「pen.」がある。窓際に木製デスクと4脚の椅子、ほかに丸テーブルと椅子。落ち着いたカフェかコワーキングスペースのような佇まいだ。
「レストランをコンセプトに細部までこだわって、可愛い教室が完成しました」と語るのは、顧問を務める三都華子(みと かこ)さん。4歳から書道を始めた書道歴28年の書道家だ。三都さんの書はテレビアニメに使われたり、2022年6月にはフランス・パリにあるギャラリー「ESPACE CINKO」からオファーを受けて作品を展示されたりと、国内外から高い評価を得ている。
27歳のときに書道とペン字の教室を開くと、関西一円から「三都さんの字を習いたい」という生徒が集まった。
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手書きの文字は、ときとしてその人の印象に影響しかねない。そのため大人になってから「きれいな字を書きたい」と、書道教室やペン字教室に通う人は少なくないという。
だが、生徒が増えすぎた。月延べ400人を、三都さんと2人の講師が指導する。しかも産休と体調不良で、講師が相次いで教室を去った。
「朝から晩まで稽古の指導をして、夜中にパフォーマンスの準備や作業をしていました」
睡眠時間は、多く取れても5時間ほど。食事も1日1食で、しかも仕事に追われているためゆっくり食べる時間がない。
2019年に教室を開いてから5年間のうち、4年間がそんな生活だった。メンタルが崩壊しかけていた2024年の夏、医師の勧めもあり教室を1カ月間休むことにした。
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その頃から、教室の閉業を考え始めていたという三都さん。再開しても「いつ辞めようか」と考えながら続けるより、いったん閉めてしまったほうが体を休めることができる。考えた末に、三都さんは教室の閉業を決意した。
「私が教室をやる!」生徒が運営会社を設立
三都さんの生徒で、仕事が忙しくてしばらく通えていなかった永井玲子さんは、7月の予約を入れようと三都さんにLINEで連絡を取った。ところが、三都さんからの返信に仰天する。
「8月31日をもって教室を閉業することとなりました」
個人事業で仕事をしている永井さんは、三都さんの教室に4年間通い続けて、あらゆる場面で「字がきれいですね」と褒められることが多くなっていたという。三都さんより11歳上だが、親友のような関係を築いていた。
教室を続けられないか、経営者の知人らに相談しているうち、ある理髪店の経営者と出会う。理容師資格を持たないが、理容師を雇って理髪店を経営しているという。その人に向かって永井さんは、三都さんの教室がいかに素晴らしいか、1時間にわたって熱弁をふるった。
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「永井さんが教室をやりたいのでしょう。最初にしなければならないのは、本気度を三都先生に伝えること」
そうアドバイスを受けて、永井さんは「自分が教室を運営したい。教室の雰囲気づくりなどアドバイスをもらえませんか」と三都さんに持ち掛けた。
三都さんは「教室を閉業するのが寂しくて言ってくれているんだ」と、初めは本気で聞いていなかった。しかし、そんな話し合いを重ねていたとき、教室を借りていたビルに空きが出た。「今しかない」と、永井さんはその部屋を借りるといい出した。
「そのときやっと、本気だと感じました」と三都さん。
こうして永井さんが代表取締役になって株式会社「pen.」を設立し、今年2月1日に大人向けのペン字教室「pen.」をオープン。三都さんは顧問となった。師匠が閉業しようとしていた書道教室を、かつての生徒がペン字教室としてリニューアルオープンさせるという珍しい事例ではないだろうか。
「字がきれいになる変化を実感できます。その良さを多くの人に知ってほしい」
一時離れていた2人の講師も復帰し、永井さんも講師デビューした。
「きれいな字で奥さんへラブレターを書きたいという男性も通っておられますよ」
三都さんも今ではよく食べよく眠れるようになって、健康を取り戻した。「これが人間の生活だ」と実感しているという。また以前から芸能事務所にも所属してイベントなどで書道のパフォーマンスを披露していたが、この春からはテレビ番組にも出演するそうだ。
(まいどなニュース特約・平藤 清刀)