
2024年7月、惜しまれながら宝塚歌劇団を退団した月城かなと。2009年に宝塚歌劇団の95期生として入団。その後、雪組に配属され、新人公演では3度主演を務める。2017年に月組に組替えとなり、2021年には月組トップスターに就任した。
【写真をみる】元宝塚トップスター・月城かなと、日曜劇場で女優開花
表現の場をステージから映像へと変え、現在、日曜劇場『キャスター』(TBS系)に出演している。初の連続ドラマ出演という挑戦に、彼女はどのように向き合っているのか。
圧倒された…出水麻衣アナの言葉報道番組『ニュースゲート』のサブキャスター・小池奈美役として連続ドラマに出演することが決まったという知らせを受けた瞬間、うれしさと同時に大きな不安も襲ってきたという。「とてもありがたい機会だと思う一方で、自分がこの場所に立っていて本当に大丈夫なのか…、そんな気持ちが強くありました」と素直な思いを吐露する。
月城が演じる小池は、阿部寛演じるキャスター・進藤壮一の隣に座り、常に進藤の言動に振り回されながらも冷静に対応するアナウンサーだ。役柄を聞いた瞬間から、「とにかくやれることは全てやって、できる限りの準備をして臨みたい」という思いが湧いたという。
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まず月城が取り組んだのは、TBSの出水麻衣アナウンサーによるアナウンス指導。発声の基礎から、原稿を読む際の間の取り方、強調すべき語句の選び方まで、報道現場のプロならではの技術を学んだ。「皆さん、現場ではつねに赤ペンを持っているんです。段落を分けたいところに線を引いたり、強調したいところにも線を引いていたので、その引き方を習いました」と映像には映らないようなところまで、徹底的に仕上げていく。
出水アナウンサーのアドバイスを受けて挑んだニュース原稿を読むシーンでは、「同じ原稿でも、読み方によってこんなに印象が変わるのか」と衝撃を受けたという。そこでどの声音をどう出せば“キャスターらしい声”に聞こえるのかを繰り返し研究したという。
さらに月城は、実際の報道番組『news23』の収録現場にも足を運んだ。番組進行の緊張感、秒単位で動くスケジュール、キャスターたちの視線の置き方まで、細部を食い入るように観察。その中で特に印象的だったのは、出水アナウンサーの言葉だった。
「メインキャスターが何でもこなすからこそ、サブキャスターは空気を読み、バランスを取る。これは私たちにしかできない役割だと思っている」。
その言葉には、キャスターという仕事に対する誇りと使命感が詰まっていた。月城は「柔らかい表情の裏にある強さや責任感に圧倒された」と振り返る。
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撮影現場では、芝居のテンションと“報道中の冷静さ”とのギャップに戸惑いながらも、少しずつ手応えを掴んでいった。進藤たちが熱く議論を交わす横で、テレビ局のアナウンサーである小池として冷静に原稿に目を落とす。その場の熱量に飲まれず、“いま自分はニュース番組の中にいる”という空気感を作る。そんな静かな存在感が求められるのだ。「最初は、その熱の中に入りたくなってしまうんです。でも小池はそうではない。距離を取ることがむしろ役のリアルさにつながるんだと気づきました」。
ニュースの背景でどう見えるか、どこまで感情を出していいのか。舞台では感じたことを表現していた月城にとって、映像の世界は“引く芝居”が求められる場所でもあった。「カメラに撮られながら、その様子をさらに別のカメラが撮っている」。本作の特徴でもある二重構造の演出に対応するため、表情の微細な変化にも神経を研ぎ澄ませた。
舞台と映像、演技におけるアプローチの違いにも改めて気づかされた。舞台では「お客様と同じ時間軸で感情を共有する」ことが重要だったというが、報道や映像の世界では、「いかに速く、的確に伝えるか」が肝となる。
芝居のテンポもまったく異なり、「これまではその役に入る前に1か月ほど練習をしてから本番に臨める環境だったので、付いていくのに必死でした」と苦笑する。しかし同時に、「このスピード感こそが、『キャスター』という作品の報道の臨場感やリアリティにつながっている」と感じた瞬間もあった。
舞台とは異なる、“信じて任せる”演技のあり方何度も同じセリフを、微妙に角度を変えながら繰り返し撮影するという映像独特のスタイルに、最初は強い戸惑いを覚えたという月城。「一度通して演じて、そこで生まれた感情を観客と共有するのが舞台。だけど映像は、“その一瞬”のために感情を何度も立ち上げていかなければいけない。それがすごく不思議で、難しかったです」。
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だが、編集された完成映像を初めて見たとき、ある種の驚きと喜びが同時に押し寄せた。「自分が信じて表現したごく短い一瞬が、丁寧に切り取られて、きちんと伝わる形になっていた。『あ、この表情を選んでくれたんだ』と分かったとき、ようやく“映像の芝居”の面白さが腑に落ちた気がしました」と心境を教えてくれた。
舞台では照明から空気感まで全てがリアルタイムに作用し、役者自身が最後まで責任を持って物語を運ぶ。それに対し、映像の現場では、役者の演技が「素材」として編集の手に渡り、映像として再構成される。「最終的にどう見えるのか、自分には分かりません。スタッフの方々への信頼が必要不可欠で、だからこそ自分は“真実の一瞬”を出すことに集中すればいいんだと思えるようになりました」。月城の中で、演じることの意味が少しずつ変わっていった。舞台のように“全てを見せる”のではなく、“ほんの一瞬に託す”こと。その潔さと繊細さが、新鮮だったのではないだろうか。
「これまでは、自分がどう見えているかを常に意識して舞台に立っていました。でもカメラは、私が想像しない表情や角度をすくい取ってくれる。だからこそ、自分を作り込まず、どれだけナチュラルに、役としてその場に存在できるかが大切になる。まだまだ勉強中ですが、今はその違いを面白いと思えている自分がいます」と語る。
役作りにおいても、より“自然体”でいることを意識するようになった。演じるというより、そこに“生きる”感覚。ほんの少しの首の動き、視線の揺れにも意味が生まれる映像の繊細さは、月城にとって新しい刺激となった。
リアルな現場が教えてくれた、プロフェッショナリズム「報道番組の世界って、もっと事務的なものかと思っていました」と語る月城。しかし実際に触れてみて感じたのは、そこに集う人々の情熱とプロフェッショナリズム。「それぞれが“伝えること”に信念を持っていて、その思いが交差する現場に、小池として身を置けるのは本当に貴重な体験です」と役を通して学んだそうだ。
今ではニュース番組を見る目も変わったという。「正確に、そして感情を込めすぎず、なおかつ伝わるように分かりやすく話す。それを限られた時間の中でやり切ることは、本当にすごいことだと思います。あらためて報道に携わる方々を尊敬しています」と明かした。
舞台の上では、全てを背負って物語を届ける。映像の中では、一瞬のまなざしが物語を動かす。その両方を知った月城は今まさにキャスターという役を通して“伝えること”の奥深さと向き合っている。役として“存在する”ことの意味を探しながら、彼女の新章が今、始まった。