
クックパッド初代編集長の小竹貴子が、家庭の食卓の今を見つめ、食の未来を探る企画。今回は、「発酵」をキーワードに、日本の食文化を紐解いていきます。
寿司は、日本を代表する料理だ——そう聞いて、多くの人が当然のようにうなずくと思います。けれど、その“当然”をいったん脇に置いて、寿司の成り立ちをあらためて見つめてみると、少し違った風景が見えてきます。
寿司のルーツ、実は海外かも?
今、世界中で“SUSHI”といえば、握り寿司を思い浮かべる人が多いでしょう。シャリにネタを載せて握った、いわゆる江戸前寿司です。海外でもヘルシーな高級食として親しまれ、特にアメリカではセレブリティの間でも人気の料理となっています。
けれど、寿司とは本来「握るもの」だったのでしょうか? あるいは「日本独自の食文化」だったのでしょうか? そうした常識に揺さぶりをかけるのが、寿司を“発酵”という視点から見直すアプローチです。
川魚と米から始まった、“発酵する保存食”
寿司の原型は、紀元前の東南アジア、特にタイ北部やラオス、ミャンマー、中国雲南省などの稲作地帯で生まれた「魚の保存食(なれずし)」です。これらの地域では、川魚を塩と米飯とともに漬け込み、乳酸発酵させて長期保存する技術が発達しました。これが「なれずし」の原型です。
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各国の発酵魚・肉料理:
・バズンチン(ミャンマー) エビを米とともに発酵させる、希少な“エビのなれずし”。地域や家庭によって製法が異なり、焼いたり炒めたりして食べる。
・ソムパー(ラオス) コイ科の淡水魚に塩ともち米をまぶして発酵。焼いたり揚げたりするほか、ミンチ状にしてバナナの葉で包み熟成させる。
・ソムムー(ラオス) 豚肉ともち米を乳酸発酵させる保存食で、酸味と旨味のバランスが特徴的。すしとは異なるが、“発酵×米”の文化的共通性が見える。
左から「バズンチン」「ソムパー」「ソムムー」
東南アジアで発明された「なれずし」は、稲作文化とともに中国を経由して日本に伝わったとされています。日本最古のすしの記録は奈良時代の『養老令』(8世紀)に見られ、当時は魚の保存食としての「なれずし」が主流でした。滋賀県の「鮒ずし」がこの系譜を色濃く残しています。
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日本各地に残る、「握らない寿司」のおいしさ
現代の日本にも、「握らない寿司」は各地に残っています。滋賀のフナずし、富山のますずし、岐阜のアユずし、北陸のかぶらずし、三重の手こねずし、愛知の箱ずしなど——その多くが発酵や保存技術と結びつき、地域ごとの風土や食材、発酵調味料に合わせて独自の進化を遂げてきました。
日本に伝わった「なれずし」は、時代とともに発酵期間の短縮や酢の利用などの工夫を経て、「生なれずし」「押し寿司」「握り寿司」へと進化しました。こうした発展の過程で、寿司は保存食から「ご飯とともに食べる料理」へと変化し、現代の寿司文化が形成されていきました。
ふな寿司
てこね寿司
かぶら寿司
箱ずし(愛知県半田)
握り寿司だけじゃない、寿司の未来図
今、寿司は世界中に広がり、世界が思い描く“ジャパニーズ・フード”として親しまれています。健康食として、あるいはラグジュアリーな外食として。けれど、その発展の原点には、発酵という人類共通の知恵があり、地域の食材や暮らしと結びついた「保存と旨味の技術」があったことを、忘れてはならないように思います。
寿司は、文化です。そしてそれは、常に変化し続けるものでもあります。だからこそ、「寿司は日本食」という断定よりも、「寿司は発酵とともに変化し続けてきた、私たちの食の記憶」と捉える方が、しっくりくる気がしています。
寿司を握る手の向こうに、漬け込んできた時間や風土を見る。そんな目で、次の一貫を味わってみたくなる——寿司とは、そんな旅の入り口かもしれません。
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発酵とともに広がる、寿司ユニバース
中部地方は、温暖な気候と豊かな海山の幸に恵まれ、発酵文化が深く根づいた土地。味噌や酢、日本酒といった発酵食品の一大生産地であり、「ミツカン」など関連企業の本社も集まっています。
そんな背景を活かし、愛知・岐阜・三重を舞台にした観光イベント「発酵ツーリズム東海2025」が、5月17日から7月13日まで開催中。地元の観光協会やJR東海が連携し、100以上の体験型プログラムが各地で展開されています。
なかでも話題を呼んだのが、各地の“握らない寿司”とアジアの発酵ずしが集結した「世界SUSHIサミット」。寿司の多様性と起源を味わえる、まさに“寿司ユニバース”を旅するような企画です。
このプロジェクトのキュレーターは、発酵デザイナー・小倉ヒラクさん。全国の発酵文化を探求してきた彼が、地域のつくり手たちとともに生み出した体験の数々。まだ会期は続いています。次の週末、発酵と寿司の“風景”に出会いに出かけてみるのもいいかもしれません。
寿司は、発酵の技術だけでなく、風土や暮らしの記憶、そして人の手を通して受け継がれてきた文化です。だからこそ、その姿はひとつではなく、地域によって形も味も異なります。握り寿司という完成された様式の背後に、無数の“発酵の風景”があることに気づかせてくれるこの旅は、寿司を食べることそのものへのまなざしを、少し変えてくれるかもしれません。
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