
かつて「熱烈な恋で結ばれて、結婚したら愛情を育んで、年をとったら親友になる。それが最高の夫婦」と言った知人がいるが、愛と恋と友情の関係は本当に難しい。
結婚前は恋をしていたはずなのに
「私自身は性的な欲求がそんなに強い方じゃなかったと思います。恋愛経験もあまり多い方じゃないし。彼と知り合ってからも、友達付き合いの延長という感じでした。半年くらいたって、ようやく彼が付き合ってほしいと言ってきて、付き合うようになったんですが、それでもなかなかセックスの関係にはならなかったんです」
そう言うのはサキコさん(36歳)だ。30歳のとき3歳年上の彼と付き合うようになり、1年後に結婚を申し込まれた。
「私は彼が好きだったし、これは恋だと思っていた。決して情熱的というわけではなかったけど互いに大人だし、いちゃいちゃしない大人の恋だと信じていました。
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結婚前のセックスは1回だけ。そのまま結婚式を挙げて、新婚旅行に出かけた。1週間の海外旅行中、彼は一度も求めてこなかった。彼女自身も結婚した安心感や、式の準備の多忙さから解放されて毎日、ぐっすり熟睡してしまったという。
結婚に必要なものは
「昼間はひたすら観光していましたし。彼と二人で知らない街を歩いたり、一緒に食事をしたりするのは楽しかった。彼は『サキコは、僕が人生でもっとも信頼している人間だと思う』って。その言葉はうれしかったですね」結婚に必要なのは信頼だと、サキコさんも感じていたからだ。サキコさんの両親は、彼女が中学生のときに離婚している。
母が父に「あなたのことはまったく信用できない」と叫び、サキコさんの腕をつかんで家を飛び出した日のことは忘れられなかった。母は仕事をしていたので、サキコさんが経済的に困窮することはなかったが、母にはその後も「信用できるパートナー」は現れなかった。
「私は結婚できるのだろうかといつも思っていました。だから結婚した相手に信頼していると言われたときは、これでよかったんだと思えた」
だが1年たっても、夫がセックスを求めてくることはなかった。
子どもがほしい
サキコさんは結婚したら子どもがほしいと思っていた。だが考えてみたら、そのあたりの青写真を彼ときちんと話し合ったこともなかった。
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その信頼ってどういう意味? 私はあなたの何なのと聞いたら、『最高の妻』と。セックスしたいわけじゃない、でも私に対する夫の気持ちは、私が望んでいるものと違うかもしれないとぼんやり思い始めたんです」
セックスしたいわけじゃないのに、セックスしないのが気になる。夫婦ならして当然、しないのはおかしいというのが“常識”だからだろう。さらに半年ほどたったとき、夫が「子ども、人工授精で授かろうか」と言い出した。サキコさんはびっくりして言葉が出なかった。
「夫はそこで初めて、自分は性に対して嫌悪感がある。セックスに興味がない。でもきみとの間の子どもは育ててみたいと白状したんです。
どうして結婚前に言ってくれなかったのと聞くと、『非常識な変な人だと思われたくなかった』って。きみはセックスが好きそうじゃなかったから信頼していたのにと言われて、それは違うだろうと思いました」
出ていく夫の背中を見て
夫に対してズケズケものを言うタイプではなかったが、それは単に従順であるということではなく、夫が好きで信頼していたからだ。最初から性的欲求がない、でも結婚したい、子どもはほしいと言われれば、まったく違う関係が築けたはずだった。「なんだかだまされていたような気持ちが抜けなくて。夫とは何度も話し合いを重ねました。こういう話し合いを結婚前にしておけばよかったんだよねと夫は泣きだして……。
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夫は、新しく買った家具などを「全部あげる」と言って家を出ていった。さみしそうな背中を見たとき、そこにすがりつきたくなったが、そうしたところで楽しい日々を送ることはできないとサキコさんは諦めた。
そして今、ようやくサキコさんに新たな男性との付き合いが始まった。相手もバツイチで子どもはいない。互いの前の結婚についても少しずつ話すようになった。今度は自分の気持ちを正直に伝え合うと決めている。彼女は笑顔でそう言った。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(フリーライター))