
2002年に登場し、家庭用ロボット掃除機の代名詞となった「ルンバ」。そのルンバを開発したアメリカのアイロボット社が、今、事業継続の危機に直面しています。その背景には、驚異的なスピードで進化する中国製ロボットの存在がありました。
こうしたなか、開発力で勢いづく中国勢と、それに負けていられないアメリカがいま巨額の投資をしているのが「ヒト型ロボット」です。2050年には世界で6億台以上の「ヒト型ロボット」が普及するという予測も……。いま、ロボット業界で何が起こっているのか? リサーチャーのcomugiさんが解説します。
東京ビジネスハブ
TBSラジオが制作する経済情報Podcast。注目すべきビジネストピックをナビゲーターの野村高文と、週替わりのプレゼンターが語り合います。今回は2025年6月1日の配信「ロボット掃除機「ルンバ」が経営危機。進撃の「中国製」は日本に何をもたらすのか?(comugi)」を抜粋してお届けします。
野村:2002年にルンバを発売し世界的に普及させたアメリカのアイロボット社が事業継続の危機を迎え、中国製の台頭が大きく影響しているとのことですが、実際、今アイロボット社は調子が悪いのでしょうか?
comugi:当初、このニュースを聞いてピンと来ませんでした。なぜなら、日本のロボット掃除機シェアの7割はルンバだからです。そのため、国内では不調という感じは全くしませんでした。
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野村:そうですよね。ごく普通に家庭に普及したというイメージがあります。
comugi:ところが、世界のロボット掃除機市場に目を向けると、様相は一変します。市場のほとんどが中国製になっており、トップ5のうち4社が中国メーカーという状況です。このニュースを知って詳しく調べてみたところ、とんでもないことになっていることが分かりました。
中国製品「安かろう悪かろう」は過去の話野村:具体的には、何が起きているのでしょうか?
comugi:例えば、中国のエコバックスという会社は、ルンバに対抗するロボット掃除機を発売しています。水拭き機能や自動ゴミ収集機能といった高機能なものをルンバに先駆けて次々と投入し、しかも価格が安いのです。
野村:安いというイメージはありましたが、安い上に機能も良いということですね。
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comugi:その通りです。「安かろう悪かろう」というメイドインチャイナのイメージは、もはや古いものになっています。他にも、ドリーミーテクノロジーという会社が発表した製品は、本体の脚が伸びて6cmの段差を乗り越えるという革新的な機能を搭載しています。
ロボット掃除機において、日本の家屋は「段差が多い」という課題がありますが、そこを解消する機能を、猛スピードで開発するところが中国メーカーの恐ろしい点です。
野村:ロボット掃除機だけでなく、他の分野でも同じような状況なのでしょうか。
comugi:はい。高級家電の代名詞であるダイソンも、去年、人員を3割削減するというニュースがありました。ダイソンの世界の従業員は1万5000人ほどいるので、かなりの割合です。サイクロン式掃除機や羽のない扇風機など革新的なものを作ってきたイメージがありますが、今や中国製品に押されている状況です。
野村:ロボット掃除機だけでなく、ダイソンのような通常の掃除機も中国製が伸びているのですね。
comugi:さらに衝撃的なのは自動車業界です。ドイツの高級車ポルシェのEV(電気自動車)の「タイカン」にそっくりな、Xiaomi(シャオミ)の「SU7」という車が登場しましたが、単なる模倣ではなかったのです。駐車支援機能やAI搭載など、機能面ではポルシェを上回る部分を実装しながら、価格は半額程度で販売されており、業界に衝撃が走っています。
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野村:Xiaomiはスマートフォンメーカーですが、新規事業としてEVにもその技術力を活かしているということですね。日本の基幹産業である自動車産業の先行きもどうなるのかと考えてしまいます。
ファミレスで働くネコ型配膳ロボットの「時給」は…comugi:私がさらに危機感を抱いているのは、toC(消費者向け)よりもtoB(法人向け)の分野です。こちらのほうがより深刻ではないかと感じています。
野村:toBの分野でも、中国製品の進撃が起きているのですか。
comugi:例えば、皆さんもよくご存じの、ファミリーレストランの配膳ロボットです。猫のような表情をした「BellaBot(ベラボット)」というロボットですが、あれは中国・深圳で生まれたPudu Robotics(プードゥ・ロボティクス)という会社の製品です。
野村:あれも中国製だったのですね。
comugi:そうです。2022年にすかいらーくグループが2100店舗に3000台を導入すると発表し、今ではゼンショーグループのココスなど他のチェーンでも見かけるようになりました。あのロボットはリースで利用でき、月額5万円から10万円以下と言われています。これを時給換算すると、約140円から280円になります。
野村:時給140円から280円!人間のアルバイトの10分の1程度のコストで労働力を確保できるわけですね。
comugi:そうなんです。これは大きな変化点です。Pudu Roboticsは飲食業界だけでなく、ホテルのルームサービスなど様々な分野へ用途を拡大しています。最近ではアーム付きのロボットも発表し、5本指で物を掴んだり、エレベーターのボタンを押したりと、できることが少しずつ増えています。
野村:今は「この程度か」と思っていても、AIの進化を見ていると、1〜2年後には全く違う形になっていそうです。
comugi:本当にその通りです。調理ロボットも登場しており、料理人より正確に調理から洗浄までこなすロボットが厨房に導入されているレストランも既に出てきています。
米中が巨額投資 ヒト型ロボットが普及する未来とは?comugi:これまでは中国メーカーの話が中心でしたが、もちろんアメリカも黙ってはいません。米中が今、最も熱い分野として巨額の投資を行っているのが、本格的な「ヒト型ロボット」です。
野村:ヒト型ロボットですか。
comugi:昨年、世界のヒト型ロボット分野への投資額は14億ドル(約2160億円)に達し、その大半をアメリカと中国が占めています。アメリカの大手金融機関シティグループは、2050年にはヒト型ロボットの世界市場が6億4800万台に達する可能性があるという予測を出しました。
野村:6億4800万台!2050年の世界人口を考えると、およそ10人に1人がロボットという世界ですね。
comugi:この状況は、iPhoneの普及になぞらえることができるのではということで、いわば「iPhoneモーメント」を迎えるのではないかといわれています。
物理的な仕事も代替される時代の幕開け野村:「iPhoneモーメント」とは、どういうことでしょうか?
comugi:これまでの配膳ロボットなどは、特定の用途に特化した「専用機」でした。それに対し、汎用性の高いヒト型ロボットは、人間の様々な動きをソフトウェアとしてインストールできます。まさにアプリケーションです。私たちがiPhoneに熱狂したのは、1台でゲームやSNSなど様々なアプリが使える可能性に驚いたからですよね。
野村:なるほど。用途が限定されたロボットから、アプリで機能を追加できる汎用的なヒト型ロボットへの移行が起きるということですね。
comugi:その通りです。そして、そのソフトウェアが工場の労働力として導入されるとなると、少し恐ろしさを感じませんか。
野村:AIが仕事を代替するという話はありましたが、それは電子空間の話で、物理的な世界の仕事は残るだろうというのが一般的な考え方でした。しかし、今回の話を聞いていると、物理的な空間の仕事も本当になくなっていくかもしれないと感じます。
comugi:そう思いますよね。もちろん、ロボットが公道を走る際の規制など、社会実装には段階があるでしょう。しかし、ホワイトカラーの仕事がAIに代替されると言われるのと同じように、ヒト型ロボットが普及した瞬間、物理空間の労働力も同じ状況を迎えるのではないでしょうか。変化はもはや時間の問題だと強く感じます。
<聞き手・野村高文>
Podcastプロデューサー・編集者。PHP研究所、ボストン・コンサルティング・グループ、NewsPicksを経て独立し、現在はPodcast Studio Chronicle代表。毎週月曜日の朝6時に配信しているTBS Podcast「東京ビジネスハブ」のパーソナリティを務める。