国家試験1週間前に祖父が死去「泣きながら勉強していた」何事も中途半端だった人生…紬むぎが本気の努力で掴んだ看護師&キャバ嬢の夢

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2025年10月07日 20:04  モデルプレス

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紬むぎ「P&J」(C)モデルプレス
【モデルプレス=2025/10/07】札幌・すすきの「P&J」に勤務する、紬むぎ。高校生の頃、看護師という夢を叶えるために人生で初めて本気で努力した。しかし国家試験本番直前に祖父が死去。その後、悲しみに暮れながらも泣きながら勉強を続けて、ようやく掴んだ看護師の仕事。そんな看護師を辞めてキャバ嬢として働くようになった理由とは。自分を変えられる強さと努力に迫る。【インタビュー全2回の1回目】

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◆紬むぎ、看護師を辞めてキャバ嬢に

― まずキャバ嬢になった経緯を教えてください。

紬:高校生のときに看護師になろうと決めて、専門学校に進学しました。看護師になって2年くらい働いて、やりがいはあったのですがやっぱりすごく大変で、毎日すっぴんに眼鏡でしたね(笑)。そんなときにSNSで有名なキャバ嬢の方々を見て「すごくキラキラしているな。やってみたい」と思ったのがきっかけです。

― キャバ嬢に興味を持ち始めたのはいつからですか?

紬:看護学生のときに焼肉屋でアルバイトをしていたのですが、そこがキャバ嬢の方がよく来るお店でした。そのときから「可愛いな」と思っていて、社長に話を聞いたら夢のある世界だと知って、すごいなと驚きました。だから看護学生の頃から意識はしていたかもしれないです。

― 看護師を辞めるときはキャバ嬢になろうと決めていたんですね!

紬:そうなんです!まだ看護師を始めて2年くらいしか経っていなかったので、「もう少し看護師を極めてから辞めた方がいいのかな」と迷っていたのですが、「そんなことを言っていたらおばさんになっちゃう!」と思って(笑)。「1回やってみよう」という気持ちで、すぐにキャバ嬢になりました。

― 「P&J」の魅力を教えてください。

紬:女の子同士の仲がすごく良いんです。ギスギスしていなくて、変な蹴落とし合いもないのですごく働きやすいです。

◆紬むぎ、父は夜職反対

― 看護師時代の1番思い出に残っているエピソードを教えてください。

紬:私自身すごくドジなので、患者さんの命に関わるような病棟を担当する以上、薬の管理などにはすごく集中していました。その反動でプライベートでは毎日電車を乗り過ごしたり、家の鍵をコンビニのお弁当と一緒に間違えてゴミ箱に捨ててしまったり…(笑)。お母さんには冗談で「人を殺しちゃう前に辞められてよかった」とよく言われます(笑)。毎日一生懸命でしたね。

― 患者さんに言われて嬉しかった言葉はありますか?

紬:おばあちゃん子だったのでお年寄りが好きで、まだ1年目で技術もないのに、挨拶に行ったら「もう一度会えると思わなかったよ。嬉しい」と言ってくれて泣きそうになりました。

― 夜職を始めるときのご家族の反応はいかがでしたか?

紬:お母さんは「やってみな」と言ってくれたのですが、最初はお父さんには内緒にしていました。後々言ったときはすごく怒っていて、お母さんに対しても「今すぐ辞めさせろ」と言っていました。しばらくは会話もしてくれなかったのですが、看護師のときより休みが自由に取れるようになったので、一緒に旅行に行ったり、親孝行できることが増えたりしたら嬉しそうで、「悪くないな」と感じてくれたみたいです。

◆紬むぎ、真面目に勉強するようになったきっかけ

― 学生時代はどのように過ごしていましたか?

紬:特に何かを頑張るということがなくて、全部8割くらいで完璧にできることがなかったです。お母さんがすごく緩くて「日焼け止めを塗りなさい」と「川に入っちゃいけない」くらいしか言われたことがありませんでした(笑)。でも看護師になると決めてからはすごく勉強して真面目になったので、看護師とキャバ嬢が人生で1番頑張ったかもしれないです。

― 看護師を目指すようになってからはどのくらい勉強していましたか?

紬:1年生のときは本当にちゃらんぽらんで、担任の先生に「あなたのこと心配です」と言われるほどでした(笑)。でも2年生のときに学年で1番頭の良い子と実習が一緒になって、その子がすごく謙虚で努力もしていたので「私もやってみよう」と感化されたんです。そこからは朝1時間勉強してから学校に行き、放課後も友達とずっと勉強するようになりました。勉強したら点数も取れるようになって、模試の結果も良く、国家試験は自信満々で臨めました。心配性なので「前もって準備しよう」と思い、2年生のときから早めに勉強していたのがよかったんだと思います。途中からは勉強が楽しかったですし、本番では余裕で合格点も取れました。

― 勉強があまり苦ではなかったんですね!

紬:自分のペースでやっていたし、2年後の国家試験に受かればいいという目標があったので、苦痛ではありませんでした。それよりも実習が大変で、寝るのが好きな私にとっては寝られないのが1番きつかったです。記録をする必要があるので、帰ってからもやることが多くて、ひどいときは1時間睡眠でまた実習に行くこともありました。

◆紬むぎの夢を叶える秘訣

― 今のようにキャバ嬢としてご活躍されるまでには壁にぶつかったこともあったと思います。人生で1番辛かったことを教えてください。

紬:国家試験の1週間前におじいちゃんが亡くなってしまったことと、飼っていた犬が2歳で亡くなってしまったことです。私は結構ポジティブなので、あまり長く悲しみを引きずることはないのですが、この2つに関しては今思い出しても悲しいです。

おじいちゃんは癌だったのですが、お姉ちゃんと私には心配をかけたくないから言えなかったらしく、亡くなる3日前くらいに病院からの連絡で知りました。でも国家試験も迫っていたので、泣きながら勉強していたことをすごく覚えています。看護師になってからも患者さんと結構重なることがあって、思い出す度に悲しくなっていました。

その2年後くらいに実家で飼っていた犬も亡くなってしまいました。生まれてすぐ病気が分かったので、東京まで手術に連れて行っていたのですが、珍しい病気すぎて治らなくて…。すごく悲しかったです。でもこの2つの経験があったから、より家族のことを大事にしようと思えるようになりました。

― 夢を追いかける読者に向けて夢を叶える秘訣を教えてください。

紬:明確な目標を決めることです。「こうなりたい」という目標のために何をしたらいいかを考えて行動することが大切です。

◆まとめ

看護師という確かなキャリアを築きながらも、新たな世界へと飛び込む勇気を持っていたのが、まさに紬さんの強さだ。特に印象的だったのが、これまで何事にも中途半端だったという彼女が、看護師になるという目標のために人生で初めて本気で努力し、見事に夢を掴んだというエピソード。その真面目さと地道な努力が、今のキャバ嬢としての活躍にもつながっているに違いない。

悲しい別れを乗り越えながらも、目標に向かってひたむきに頑張る姿勢は、多くの読者の心に響くだろう。看護師としての経験は、お客様の心に寄り添うことのできる彼女の強みであり、その優しさと誠実さがファンを惹きつける最大の魅力である。(modelpress編集部)

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