井上彩さん フジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』に、公務員を辞めて声優を目指した女性がいた。宮城県出身の井上彩さん(当時31歳)だ。2024年6月に放送された「声優になりたくて2」では、ひたむきに努力していたものの、番組後半のオーディションは残念な結果で終わった。井上さんはその後、どんな道を選択したのか。
◆親が敷いたレールから夢の舞台へ
――本気で声優を目指したきっかけを教えてください。
井上彩:子どもの頃からずっと親が敷いたレールを走って、高校卒業後は、東京に上京して公務員として働いていました。東日本大震災で兄を亡くした後は、兄の代わりにという思いで、地元に戻ってきて公務員として地元のために、家族のために働いていました。
でも、いろいろな人との出会いがあって、「自分はやりたいことをやれてないんじゃないか」と思ったんです。「小さな頃から好きだったアニメの声優になりたい」と思ったタイミングで、たまたま養成所の仙台校が開校されると知って、入所オーディションを受けて通うことになりました。24歳の頃です。それから2年間通って、声優の勉強をしていました。
――『ザ・ノンフィクション』への出演はどんな経緯で?
井上彩:仙台で頑張っていたんですけど、東京で可能性を広げたいと思ってもう一度上京した5年目のとき、知人を通して番組出演の話を知りました。上京後は、3つの養成所を転々としていたんです。だから、『ザ・ノンフィクション』の出演の話を聞いたときは、「チャンスかもしれない。出てみたい」と申し出ました。出演が決まった後は、年末年始を挟んでの撮影だったので、実家に戻って家族と話し合う場面も含めて、ありのままの自分を撮っていただきました。
◆厳しい意見と、初めてのファンレター
――番組ではオーディションにも挑戦します。
井上彩:結果が届いたのは2024年3月で、正直、落選が分かった段階で、一つの区切りとしてやめようと思ったんです。でも、番組が6月に放送されてから、たくさんの方に観ていただいたことがわかって。SNSにもたくさんの感想をもらいました。
なかにはマイナスなイメージを持たれた方からの厳しいご意見もありましたが、街中で声をかけてもらったり、応援の声や初めてのファンレターもいただいたりして。ファンレターはうれしくて今でも飾っているんですけど、「応援してくれる方がいる間は、声優を目指したい」と強い思いが芽生えて、「もう一回頑張ってみよう」と思い直しました。
――その後はどうされたんですか?
井上彩:番組が放送されて2ヵ月後、今の事務所から私のSNSに「所属する人を探している」というDMが届いて、代表の方と面談をしました。「ダメだった子たちにもう一回チャンスを与えたい」というお話を聞いて、まるで自分に言ってもらえているように感じて、お世話になることを決めました。
私、今の事務所に入るまで7年、仙台の養成所を含めて4つの養成所に通っていましたが、ずっとダメだったんです。だから、事務所に所属できるかもしれないと思ったら本当にうれしかったです。
◆養成所時代と比べて明確な変化も
――事務所に所属してからはどうですか?
井上彩:最初の1年は、オーディションに音声のテープを出して応募しても選んでもらえないことが多かったです。ただ、2年目に入ってからはちょっとずつ選んでもらえるようになって、つい最近も「選てもらえた」と自信になったことがありました。今までやってきたことが実ってきたのかなと思えて。今よりもこの先、もっと仕事ができるようになりたいとモチベーションが上がっているのを感じています。
――事務所から初めて依頼された仕事は?
井上彩:映像の仕事なんですけど、まちのPR動画に出演しました。めちゃくちゃうれしくて、でも、同時に大きな責任と不安も感じました。
養成所時代は、いつも自分を見てほしい、事務所に所属したいという気持ちでいっぱいだったけど、今度は、見てもらえる人にどう見てもらえるか、に考え方が変わったんです。
――声の仕事もされていると思いますが、やはりアニメの声優はやりたいですか?
井上彩:アニメの仕事は変わらずやりたいし、一番の目標です。ただ、昔は声優といえばアニメのイメージが強かったんですけど、自分がいざなろうと決めていろいろなものに触れているうちに、「声の仕事といっても、こんなに幅が広いんだったら、いろいろな仕事をしたい」という気持ちも大きくなっています。
だから、いつどんな仕事を依頼されても大丈夫なように、洋画を観たり、ナレーションを聞いたり、準備をしています。本を読むのも好きで、翻訳された外国の作品を読むと、「映画化されたら絶対に演じたい」と思えるようになって、自分の視野が広がっているのを感じています。
◆夢を追う姿に対して、家族の反応は…
――例えば、どんな作品の声を演じたいですか?
井上彩:映画『ハリー・ポッター』のスピンオフ作品『ファンタスティック・ビースト』です。いままで3部作まで映画になっていますが、もし続編の映画化が決まったら、そのときは日本語吹き替えでぜひ出演したい!と思っています。1つの大きな目標です。
――『ザ・ノンフィクション』では、30歳を過ぎて声優の夢を追う井上さんを心配する実家のご両親も出演されました。親御さんは、自分たちのそばにいてほしいという思いもあるように思いますが、応援してくれていますか?
井上彩:両親は応援してくれているか分かりませんが、多分、いろいろ言いたいことはあるけど、今は目をつむって見守ってくれているという感じでしょうか。お姉ちゃんはめちゃくちゃ文句を言いますが(笑)、同じように見守ってくれていると思います。
実家には、おばあちゃんもいて、父と母も60歳を過ぎて高齢になってきているので、なるべく帰省するようにしています。やっぱり私も両親のことが心配で、両親も私のことを心配してくれていると思うので。
<取材・文/たかなしまき>
【たかなしまき】
愛媛県出身。フリーライター。社会をよりよくするために活動する方々も陰ながら応援。新しい発見をすること、わくわくすること、伝えることが好き。こしあん大好物です。