「あぁ、こんな雰囲気の人だったんだ。」
子どもの3ヵ月検診の頃に知り合ったお母さん仲間にずいぶん久しぶりに再会した時、たまにそんなことを思った。より「ちゃんとした感じ」ができ上がって、一定の空気をまとっている。
子どもがある程度大きくなり余裕ができた頃、母はそんなふうに、ようやく「元の姿」に戻る。
■3ヵ月検診時の母はかなり「ぎりぎり」
第一子出産後間もない3ヵ月検診の頃というのは、人生の中で最も余裕の無い状態に陥っている時期なんじゃないかと思うほど、皆、ぎりぎりな状態だったりする。
多くの人が、もう、化粧とか、ファッションとか、そういう気分でもなく、限りなく最低限な状態のところに、ささやかな「外出モードスイッチ」を入れて保健センターへ向かう。
「素」の状態に一番近い頃に、母同士、初めて出会うのだ。その人がばりばり仕事をしていた「元の姿」はお互いまったく知らない。
といってもみんな、十分まともな身なりで、見るからにヨレヨレなんていうわけではない。初めて会うから「変わったなぁ」とも思わない。でも、後になって「元の姿」を知ると、あぁ、皆、何か一段階違うラインにいたんだな、と思う。
そんな産後の「ぎりぎり」状態を作り出す、ほぼすべての母親に共通の要因が2つある。
■ぎりぎり要素(1)睡眠不足
これはもう新生児育児の代名詞とも言える最初の難関だ。母は出産で肉体的なダメージを負ったまま、即刻慢性的な睡眠不足ループに陥る。
母乳育児は「飲みたがるだけ飲ませればいいのよ」なので、授乳回数が多い。飲ませて完全に眠るのを待つだけで最低1時間。運が悪ければそのまま2時間くらい抱っこし続ける。やっと布団に降ろせるレベルになって、ヘトヘトでかろうじて自分も横になっても、1時間後には泣いて起こされまた授乳、なんて普通だ。
これが夜昼かまわずエンドレス。新生児は夜だからといって長く寝たりしない。産後実家の世話にならなければ貴重な1時間に家事だってする。とにかく、まとまった睡眠がとれない。
3時間でいい、続けて睡眠をとりたい!……本気で思っていた。
慢性的な極度の睡眠不足は、人の神経をじわじわと追い込み、判断力を低下させる。
■ぎりぎり要素(2)経済的不安
女性は出産に体を使う以上、一定期間仕事を中断せざるをえない。育児だって夫婦どちらかは時間を割かなければならず、その時間の分だけ仕事ができなくなる。
つまり、収入が、その分だけ途絶える。
そのタイミングで、ベビーグッズやら出産費用やらまとまった出費が発生し、おむつ代やら日常的な支出もちょっと増え、子どもの養・教育費が頭をかすめ、貯蓄を意識し始める。
入るお金が減る現実と、出るお金が増える事情が同時にやってくるのだ。
もともと夫の収入だけで暮らしていたり、産休、育休中にある程度の額が支給される職場で働いていたり、そんな経済的に恵まれた人でも、本人にしてみれば、「これからもっと必要で足りなくなる」とか、「減ったからきつい」と思ったりはするのだろう。
明日の米がないとか、来月の家賃が払えないとか、そこまで差し迫った危機は無くても、「節約しないとまずい」「仕事を再開するまで収入が足りない」という思いにかられる。そこに貯蓄への高い志も加わり、「お金」への意識が、じんわりべったりとお腹の底の方につねに張り付く。
この経済的な不安感というのは、これまたけっこう簡単に人を追い込む。
■それでも何かは残る
ただでさえ、初の育児で高い緊張状態にあるところへ、(1)睡眠不足(2)お金不足、の2大高ストレス要因に同時にさらされ、肉体的にも精神的にもかなりの「ぎりぎり」状態に陥る。この時期、あらゆることは後回しで、最低限になる。
どころが、そんな時期でも、ゆるぎないテイストのファッションをキープできる人もたまにいる。なぜその余裕があるんだ?すごい!と不思議に思っていたけれど、あるとき、「好きな人は変わらないよね。そういう服もじゃぶじゃぶ洗っちゃうんだって」と聞いて納得した。
そうか、「好き」だからなのか。確かにぎりぎり状態でどんどん切り捨てて行っても、育児以外何もない本当のゼロにはならなくて、不思議とやっぱり残るものがある。自分が一番好きなものは、優先順位が下がっても、捨てられない。苦にならない。
その人は、たまたまそれがファッションだっただけ。本好きなら授乳しながら本を読み続けるだろうし、音楽が好きな人は子守唄代わりに自分の好きなCDをかける。
寝る間を惜しんで絵を描いたり、消音でピアノを弾く人もいるだろう。どんなにきつくても料理だけは手を抜けなかったり、なぜかひたすら洋裁し続ける人もいるかもしれない。
それらはどれも人が違えば迷わず切り捨てている何かだ。
ぎりぎり状態に追い込まれる時期だからこそ見える最後の何かを、皆知らず知らずのうちにきっと経験している。
私は何だったか……。そういえば、授乳&抱っこ中に、片手でデザイン仕事をするために、いくつかのキーを足で押せないものかとキーボードを床に置く実験をしてみたりしていたような記憶が……。
好きなものは、それでも残る。
あなたには何が残っただろうか?
狩野さやかウェブデザイナー、イラストレーター。企業や個人のサイト制作を幅広く手がける。子育てがきっかけで、子どもの発達や技能の獲得について強い興味を持ち、活動の場を広げつつある。2006年生まれの息子と夫の3人家族で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者。