学校で行なわれてきた部活動を、地域のクラブに移そうとする地域展開(「地域移行」から名称変更)。活動場所や指導者の確保といった課題をどう解決していくのか。全国に先駆けて改革を進めている福岡県での取り組みを紹介する。
>>前編「全国各地の地域展開はどうなっているか?」
【福岡大学の取り組み】
部活動の地域展開で今、全国から注目を集めている事例が、福岡大学による取り組みだ。人口減少が進むなかでも、福岡県福岡市は2000年以降人口が増え続けている都市であり、2040年までは増加傾向が続くと見られている。
学校の生徒数も減らないため、現段階では部活動を継続し、中学校の先生が指導を継続する予定ではあるが、当然、先生たちのなかには負担を感じ、「指導してくれる人がいるなら辞めたい」「土日は休みたい」と考える人も少なくない。
そうした先生たちの負担を軽減すべく立ち上がったのは、福岡大学サッカー部の監督として、永井謙佑(名古屋グランパス)ら多くのJリーガーを輩出してきた乾真寛教授(現サッカー部副部長兼GM)だった。福岡大学があるのは城南区のちょうど真ん中。区内にある6つの中学校からほとんど同じ距離にあり、地下鉄の駅も学校の目の前にある。
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「どこかの中学校に生徒が集まって合同で活動するのではなく、エリアの特徴を生かして、週末になれば大学に集まればいい」
2023年に乾教授が城南区の校長会で提案したことを機に、区のトライアルとして活動が始まった。
福岡大学には、総合体育館には空調設備を備えた8競技もの専用練習場だけでなく、陸上400mの公認トラックや人工芝のサッカー場やラグビー場もある。何よりスポーツ科学部があるため、各種競技を専門的に教えることができる学生が揃っている。
そうした大学が持つスポーツ資源を地域の課題解消に活用する、スポーツ庁の委託事業に応募したところ採択され、学生が指導者となって、中学校の部活の地域展開を支援する取り組みを始めた。
対象となったのはサッカー、剣道、女子バレー、陸上の4競技。平日はそれぞれの学校で活動を行なうが、週末になると福岡大学に集まって、大学生の下で活動を行なう。普段は土のグラウンドで活動している中学生たちが、人工芝グラウンドや公認トラックで活動できる上、陸上部には日本一になった選手も多い。そうした"ホンモノ"に触れ合う指導は中学生に好評だという。
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【指導者派遣と人材の確保】
こうした"参集型"とともに進めたのが、"派遣型"の指導だ。
部活をやっている大学生だからといって誰でも中学生を指導できるわけではないため、一定の研修を受けた学生を人材バンクに登録。中学校からのリクエストがあれば、福岡大学内にある事務局でマッチングを行ない、平日も指導ができる仕組みを整えた。参集型と派遣型の両方を同時に行なうのは全国でも珍しい取り組みで、スポーツ庁や文部科学省、各地の自治体が視察に訪れるという。
"派遣型"の地域展開を進める上で、全国各地で課題になるのが指導できる人材の確保だ。
例えば、愛知県名古屋市は2020年から小学校の部活動を民間業者に委託しているが、スポーツ未経験者の人が指導する事態が発生し、活動を見直した。福岡市と北九州市を除く福岡県全域の場合は、中学校の運動部の数は4,063に対し、外部指導員は1,861人。登録していても活動していない人が大多数で、中学生を継続して指導できる人材を確保しなければいけない。
そのために福岡大学が中心となって立ち上げたのが、先述の人材バンクを含む「福岡県アスリート人材活用コンソーシアム」だ。大学生だけでなく、社会人のアスリート人材も掘り起こすのが狙いで、活動には企業も参加。例えば、「ANAあきんど」は社員アスリートとして雇用する、ビーチバレーの選手が中学校のバレー部を指導した。ランニングソックスを製造する「株式会社Itoix(イトイエックス)」は自社が持つ陸上チームの選手が指導を行なう。
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スポーツ科学部を持つ強みを生かし、福岡大学など教員養成課程を持つ大学の教授監修の下、部活動を指導できるための研修カリキュラムも作成した。教育領域、指導法領域、スポーツ領域、マネジメント領域の4項目100ユニットあるが、受講する心理的なハードルを下げるため、動画は1本4、5分程度。正解しないと次の項目に進めない仕組みを作り、指導のイロハを教える。
令和7年度からは認定書も発行する予定で、「福岡県アスリート人材活用コンソーシアム」内の人材バンクに登録されると、中学校側はどこの中学校で何回指導したのか、指導履歴もわかるようになる。現在、研修を終えた学生は福岡県アスリート人材活用コンソーシアムに加盟する福岡大学と九州共立大学の学生だけで94人おり、他に社会人もいる。
福岡市城南区から始まった取り組みは県全域にまで広がっている。2024年度は2大学のある近隣自治体に留まったが、8市町(10クラブ)のべ34人の指導者を派遣。指導者派遣を要望する自治体も多く、今後は他大学や企業を巻き込んで拠点を増やしながら、活動を広める考えだ。
【現場の実情に合ったフォーマット作りへ】
並行してアプリの制作も進めている。近年、部活動を行なう上で問題になっているのが雷への対応だ。万が一、問題が起きると部活が始まる前に天気予報を見ていたか、見ていなかったによって責任が変わる。アプリでは雨雲レーダーや落雷予報が見られる上、指導者が確認したかどうか可視化できる仕組みを整えている。
もうひとつ、地域展開する際の課題に、選手がケガをした際の対応がある。学校の部活の場合は保健の先生に対応してもらえるが、地域展開を進めると同じようにはいかない。スムーズに対応できるように現在は保険会社と連携できるシステムを開発しているという。
こうした指導者にとって痒いところに手が届く仕組みは、2年間部活動の地域展開を行ない、問題点を抽出してきたからだ。自治体がイチから作るのは難しいが、こうした現場の実情に合ったフォーマットが完成すれば、全国各地の地域展開が一気に進むかもしれない。福岡大学の取り組みすべてをマネするのは難しくても、各地域の実情に合わせて一部を参考にするだけでも地域展開は進んでいくだろう。
乾教授はこう口にする。「部活動の地域展開をネガティブに捉えると何も動けなくなるけど、今いる中学生のためだけでなく、次の世代の子どもたちのためにも移行しないといけない。そのために、できるだけ長持ちするようにシステムを作らないといけない」。
福岡大学が主体となって行なう取り組みには、今後文化部も含まれていく。
また、参加するのは学生だけではない。例えば、子どもをキッズサッカーに送り届けたお母さんが食育の講座を受ける。弟がサッカーをしている間に、お姉ちゃんは吹奏楽をしている。おじいちゃんは校内をジョギングして、汗を流している。そうした地域のスポーツと文化が共存する場と仕組み作りが求められている。