ウイスキー蒸溜所「1万円ツアー」が盛況 サントリーが強気の値付けでも、満席が続く理由

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2024年09月10日 08:51  ITmedia ビジネスオンライン

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 サントリーのウイスキー蒸溜所見学ツアーが盛況である。来客数については、大阪・山崎蒸溜所(以下、山崎)の過去10年を振り返ると、キャパ上限ギリギリの状況でお客が詰めかけていて(コロナ禍を除く)、2024年は12万5000人ほどを見込んでいる。山梨・白州蒸溜所(以下、白州)は同13万〜15万人で推移していて、今年は16万7000人ほどで着地する予定。2025年はさらに増えて、17万人を見込んでいるという。


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 個人的に気になったのは、価格1万円の「プレステージツアー」に多くの人が参加していることである。山崎が2023年に始めたところ、数カ月先まで予約が埋まっている状態が続く。事前予約制になっているが、「オレもオレも」と人が殺到し、チケットを手にするには運よく当選しなければいけない(倍率は非公表)。


 白州もこの9月に、1万円のプレステージツアーを始めたわけだが、申し込みの状況はどうなっているのか。こちらも同じように「ワタシもワタシも」といった具合に、申込者が殺到。数カ月先まで予約が埋まっているのだ。


 工場見学の料金が1万円――。と聞くと、「ちょっ、それはさすがに高過ぎだろっ!」などと感じる人が多いと思うが、なぜサントリーの蒸溜所ツアーは申込者が絶えないのか。その背景に迫る前に、2つの蒸溜所がどんなところなのか、簡単に紹介しよう。


●長いトンネルに入る


 山崎が誕生したのは1923年。白州はその50年後の1973年に“産声”をあげた。いずれも古い話になるので、きちんとしたデータは残っていないものの、白州についてはオープン時から見学者を受け入れていた。しかし、認知がそれほど広がっていなかったこと、蒸溜所の規模がいまと比べて小さかったことなどが影響して、来客数はそれほど多くなかったようだ。


 それでも「1人でも多くの人にウイスキーのことを知ってもらいたい」「1人でも多くの人にウイスキーづくりのことを感じてもらいたい」といった思いがあって、さまざまな試みを行ってきた。毎年のように見学ツアーの内容を変えたり、イベントを開催したり、セミナーを実施したり。工夫を凝らすことで来場者がじわじわ増えていくが、暗くて長いトンネルに入ってしまう。原因は、ウイスキー市場である。


 ご存じの人も多いと思うが、ウイスキー市場は1960〜1970年代にかけてぐんぐん伸びていった。しかし、1983年をピークに25年ほどダウントレンドが続く。となると、蒸溜所に影響がでるのは必然である。


 仕込みの量が減って、蒸溜の頻度が減少して、製品にしても在庫が余って……。繰り返しになるが、苦しい状況が2〜3年という話ではない。四半世紀も続いたが、そうした中でも「蒸溜所を見学したい」人のために、扉は開けたままでいたのだ。


 その後、2000年代に入って、ハイボール人気が高まることで、市場はじわじわ回復することに。売り上げの数字を見ると、ピーク時の半分といったところだが、蒸溜所では原酒の飲み比べツアーなどを実施することによって、来客数が少しずつ回復していったのだ。


●好調の要因は3つ


 山崎の来場者は高止まりが続いていて、白州はまだまだ伸びしろがある。ウイスキー蒸溜所の広報を担当している正田恵さんは、好調の要因を「3つ」挙げる。


 1つめは、ウイスキー市場が伸びているから。「人気のウイスキーがどのようにつくられているのか」「蒸溜所でちょっと飲んでみたい」といった声があって、ツアーに参加している人が増えているようだ。


 2つめは、100億円規模の改修を実施したから。山崎と白州で2023年から大規模改修を行っていて、「どのように変わったのかな」「リニューアルした施設を見たい」といった理由で、足を運ぶ人が増えているようだ。


 3つめは、案内スタッフのスキルが向上したから。筆者も案内スタッフと話をする機会があったが、とにかく詳しいのである。ウイスキーに関する知識が豊富で、ちょっとマニアックな質問に対しても、きちんと説明してくれた。


 ウイスキーのつくり手でもないのに、なぜ詳しいのか。背景に「コロナ禍」が関係しているそうだ。「新型コロナの感染が広がって、蒸溜所も受け入れが難しい状況が続きました。案内スタッフは案内したくてもできない日が続いたので、であればその時間を使って、スキルの向上に取り組みました。ウイスキーに関するさまざまなことを習得したことによって、多くの来場者の満足度が高まったのかもしれません」(正田さん)とのこと。


●「1万円の見学ツアー」が人気


 冒頭でちらっと紹介したが、個人的に気になっているのは「1万円の見学ツアー」である。抽選に当たれば、このツアーでしか立ち寄れない製造エリアやつくり手が作業している様子を見学できる。またテイスティングなども楽しめるので、ウイスキーファンにとってはたまらない企画なのだろう。


 しかし、価格は1万円である。工場見学は「無料」の看板を掲げているところが多いのに、なぜ1万円のツアーを実施しているのか。


 2つの蒸溜所が実施していたツアーで、価格が最も高いのは5000円だったので、料金は2倍である。ツアーの内容は全く違うので、単純に比較することはできないが、社内からはこんな声があったという。「ちょっと高すぎるのではないか」「ツアーの参加者が減るのではないか」と。こうした不安も吹き飛ばして、満席が続いている。


 参加者からは「さすが山崎。どれをとっても非常に満足できた」「つくり手と直接お話ができたことで、つくり手の方の思いが伝わり、より山崎が好きになった」といったコメントがあった。


 そして、白州でも9月から「1万円のツアー」(週2回の開催、1回130分で定員10人)を実施する。ツアー前半で歴史を感じられるポットスチル(蒸溜窯)を案内しながら、映像を流す。また、麦芽づくりの伝統製法「フロアモルティング」を案内。大麦を床の上で発芽させて麦芽をつくる技術で、サントリーは1960〜70年代ごろまで実施していた。その後、機械化が進んだことで途絶えていたが、「より高品質な“原酒のつくり込み”に挑戦するため」復活を決めた。


 後半では、テイスティングルームで「白州森香るハイボール」や「サントリーシングルモルトウイスキー白州12年」などをふるまう。こうした内容は、ウイスキーファンにとってはたまらないようである。白州でも受け付けを始めたところ、すぐに完売。数カ月先まで満席となるほどの盛況ぶりである。


 それにしても、サントリーはなぜ「1万円のツアー」を始めたのか。きっかけは、海外での視察である。担当者はスコットランドなどに足を運び、現地のウイスキー蒸溜所はどのような見学ツアーを実施しているのかなどを見て回った。


 「いろいろな学びがありまして、とある蒸溜所では貯蔵庫でテイスティングを実施していました。これは弊社でも取り入れられるのではないかと考え、白州のプレステージツアーでは貯蔵庫でテイスティングの体験ができるようにしました」(正田さん)


●次のツアーは?


 ちなみに、先ほどから「見学ツアーに1万円は高いのでは?」といった話をしているが、海外では事情が違うようだ。1万円前後のツアーはたくさんあって、5万円を超えるものもある。


 以前、サントリーでは1000円のツアーを実施していたことがあって、当時、海外の人から「安すぎる」といった指摘も。海外の蒸溜所を見て回って、取り入れられるものは取り入れて、見学ツアーの内容を見直していった。「満席」の状況が続いていることを踏まえると、その決断に間違いはなかったようである。


 さて、次はどんな企画で、ウイスキーファンを楽しませるのか。1万円のツアーが人気であれば、「5万円の見学ツアーを企画してみては?」と聞いたところ、「いまのところその予定はない」とのことだ。


(土肥義則)



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