「若者のディズニー離れは“料金が高い”から」説は、本当か

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2024年09月18日 08:11  ITmedia ビジネスオンライン

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「若者のディズニー離れ」原因は?

 若者が「ディズニー離れ」をしているらしい。


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 根拠とされているのは、年代別来園率だ。大人(18〜39歳)の比率がコロナ禍前は50%台を推移していたのが、2023年3月には44.9%、2024年3月には41.0%まで下がっている。


 しかも、小人(4〜11歳)に関してもコロナ禍前は15.0%だったものが、2023年3月は13.6%、2024年3月も13.4%になっている。ちなみに、中人(12〜17歳)は修学旅行などで訪れるからかほとんど変化はない。


 では、なぜここにきて18〜39歳と4〜11歳の割合が減ってしまったのか。専門家によれば、ディズニーリゾート(以下、ディズニー)が「富裕層向けテーマパーク路線」を進めたことによって、低所得の若者や貧困家庭の子どもたちが気軽に行けなくなってしまったことが大きいという。つまり、庶民を切り捨てたオリエンタルランドのせいで「若者のディズニー離れ」が起きているというのだ。


 ただ、個人的にはそういう単純な話だけではないと思っている。


 確かに、今やディズニーの1デーパスポートは1万円を軽く超える。人気アトラクションやパレードで長蛇の列に並ばず楽しめる「ディズニー・プレミアムアクセス」(1回1500〜2500円)なども利用すれば、あっという間にさらに1万円だ。しかも、園内での食事やグッズもかなり高額なので、ディズニーに行くことを泣く泣く諦めた貧しい若者や経済的に苦しい家庭があるのは事実だろう。


 ただ、そういう個別のケースをはるかに上回る減少要因がある。それは少子高齢化だ。


●人口が減少している世代と丸かぶり


 地方で生活をしている人から「最近、駅前や商店街で若者や子どもを見なくなってきた」という話をよく聞く。人の集まる場所でさえ中高年が目立つようになり、少子高齢化の影響を肌で感じているというのだ。それと同じ現象が、ついにディズニーにも及んできている可能性がある。


 というのも、実は来園率が下がっている18〜39歳と4〜11歳は、この国の中でも急速に人口減少が進行している世代と丸かぶりなのだ。


 例えば、総務省統計局が発表している「人口推計」の総人口を見ると、2020年10月の20〜39歳は2691万6000人。これが2023年10月になると2614万2000人まで減少する。つまり、コロナ禍前よりも77万4000人も減っている。これは新潟市の人口がごっそり消えたこととほぼ同じだ。


 0〜9歳も2020年10月は965万5000人だったものが、2023年10月は892万5000人という感じでやはり73万人も減っている。これは熊本市の人口と同じだ。


 さて、ここまで言えば筆者が何を言わんとしているのかお分かりだろう。ディズニー来園者の中で18〜39歳と4〜11歳の比率が下がってきているのは、チケットが高いとかなんだという話以前に、この年代がわずか3年で70万人以上減っているからだ。


 もちろん、日本の人口減少は全世代に及んでいる。しかし、その中でも特にこの世代がディズニー来園者率に影響を及ぼすのは、「もともと40歳以上に比べて圧倒的に数が少ない」ということがある。


 総務省統計局の「わが国の人口ピラミッド(2023年10月1日現在)」を見ると、人口が多いのは74〜76歳の第一次ベビーブームと、49〜52歳の第二次ベビーブームである。


 この2つをピークに、若くなればなるほど日本人は減っている。20〜30歳のあたりで少し減少はゆるやかになるが、18歳あたりからまたガクンと減って、もはやベビーブーマー世代の半分ほどの水準まで落ち込んでいる。この減少傾向は年を追うごとに深刻になっている。


●「若者のディズニー離れ」と言われる大きな要因


 さて、そこで想像していただきたい。このように急速に若者や子どもが減少している国で、18〜39歳のディズニー来園比率はどうなっていくだろうか。


 3年前に50%だったものが、2024年も同じく50%をキープできるだろうか。この3年間、世代の人口が77万人減っていてもその影響は全く受けないのだろうか。


 冷静に考えれば、そんな話があるわけがない。


 18〜39歳や4〜11歳はもともと数が少ないところで減少が進むわけなので、年を追うごとに来園比率は下がっていくはずだ。


 その代わり、人口のボリュームがある40歳以上の比率が上がっていくだろう。かつて「50%」を支えていた30代のディズニーリピーターが年齢を重ねて「40歳以上」というカテゴリーにどんどん加わっていくからだ。


 10代や20代にも熱心なディズニーリピーターがいるだろうが、この世代は30代や40代以降と比べたら圧倒的に人口が少ない。相対的に、どうしてもこの世代の来園比率がかつてよりも下がってしまうのだ。


 これが「若者のディズニー離れ」と言われている現象の大きな要因ではないか、と個人的には思っている。


●「体験格差」の問題も


 このような話をすると、「私は以前は3カ月に1回はディズニーに通っていたが、チケットが1万円を超えてから泣く泣く諦めているぞ!」とか「ディズニーが高すぎて、親に連れて行ってもらえずイジメにあった気の毒な子どもを知っている」なんてお叱りがたくさん飛んできそうだ。


 もちろん、広い世の中だ。そういう方もたくさんいらっしゃる。その影響も否定するわけではない。ただ、だからといって「誰もが楽しめるようにチケット代を下げろ」は違う気がしている。


 「貧しい若者や子どもがディズニーに行けない」というのは、オリエンタルランドが対処する問題ではなくて本来、政治が解決しなければいけないからだ。


 若者の給料が安い問題の根幹は、最低賃金の引き上げを全国一律にせず、しかも30円とか50円とかチビチビとしか上げてこなかったことにある。


 例えば今、低賃金に嫌気がさした日本の若者たちがワーキングホリデーでオーストラリアに行った場合、最低賃金は全国一律で24.10豪ドル、日本円で時給2300円(9月17日現在)だ。これは春闘の成果でも中小企業経営者が自発的に待遇を改善したわけでもなく、「公正労働委員会」という政府機関が物価上昇に合わせて引き上げてきたからだ。


 日本の場合、自民党の有力支持団体が日本商工会議所などの中小企業経営者団体という「オトナの事情」もあり、政財官が一丸となって「最低賃金を引き上げたら会社がたくさん倒産して不況になる」という世界的にも珍しい恐怖訴求を進めてきた。これをあらためない限り、日本の若者の給料は安いままだ。


 貧しい家庭の子どもがディズニーに行けないなどの「体験格差」の問題も基本的には、国や自治体が解決すべき話だ。


●日本を貧しくさせてきた「元凶」


 例えば、東京・葛飾区は、区立の中学校に通う生徒の修学旅行費用を2025年度から「無償化」する方針を決めた。このような「課外教室」の体で、貧困家庭の子どもにもディズニーを体験させる方法はいくらでもある。


 しかし、「若者のディズニー離れ」という文脈ではこういう話は出てこない。「30年前は5000円で丸一日遊べたのに寂しい」「お金持ちだけが楽しめればいいのか」という感じで、ディズニーのもうけ主義を批判する。「夢の国」なんだから全国民が気軽に行けるようにしろと旧ソ連みたいなことを言う人もいる。


 一見すると、大衆の留飲(りゅういん)を下げるようなストーリーだが、実はこれはよろしくない。厳しいことを言わせていただくと、そういう考え方が日本を貧しくさせてきた「元凶」である。


 仮に低所得の若者や貧しい家庭の子どもが気軽に行けるように、ディズニーの入園料を大幅に下げて5000円くらいにしたと想像していただきたい。園内のグッズや食事もファストフード並みの価格で提供したとしよう。当たり前だが売り上げは大きく落ちるだろう。


 しかし、ディズニーを愛している人々は値段は下げてもアトラクションやパレードのクオリティーが下がることは許せないはずだ。園内のサービスやキャストの「おもてなし」の高さも求めてくる。ここはキープしなくてはいけない。


 もちろん、安全面も手抜きはできない。毎日、たくさんの人が乗るものなので整備や点検の人員を減らすことも難しいだろう。


●チケット安売りの見返り


 テーマパークを運営するためのコストはもちろん、リピーターのためにも常に新しい魅力を開発しなくてはいけないので設備投資も必要だ。


 では、「安いチケット」でそのカネをどう捻出するのか。人口が右肩上がりで増えていた時代は、日本名物の「薄利多売」で乗り切れた。園内を通勤ラッシュのように混雑させる代わりに、安く高品質なエンタメを提供できた。


 しかし、今は無理だ。先ほどの人口ピラミットを見ても分かるように、ここから若者と子どもが加速度的に減っていく。となると、チケット安売りであの巨大パークを運営する方法は一つしかない。「ブラック労働」だ。


 時給は最低賃金ギリギリに抑えて、これまで3人でやっていた仕事を1人でやらせる。「お客さまのため」とかなんとかうまく丸め込んで、できるだけタイムカードを打たない「サービス残業」を増やす。


 「誰もが楽しめる安くて安全で高品質なディズニー」を実現するには人身御供(ひとみごくう:人間を神への生贄とすること)ではないが、必ず犠牲になる人々がいる。


 これが日本人を貧しくさせた「元凶」だ。


 低賃金労働者が「われわれのような貧しい者でも買えるようにしろ」と企業に「安さ」を過剰に求めることによって、新たな低賃金労働者が生み出される。この貧しい者同士の足の引っ張り合いを30年以上続けてきた結果が今の「安いニッポン」なのだ。


 分かりやすく言えば、日本人は「もっと安く! もっとお得に!」と叫びながら「みんな等しく貧しくなる」という道を選んだのだ。


●給与UPより「値下げ」を求める人々


 商品やサービスの価格を「値上げ」すると、われわれは何かとつけて「高級化だ」「庶民切り捨てだ」と文句を言って、とにかく値下げさせようとする。


 しかし、よその国の人々は違う。「なぜこんなに世の中が値上げしているのに、われわれの給料が上がらないのだ」と文句を言うのが普通だ。


 もし本当に若者が高いチケットで「離れた」というのなら、ディズニーに文句を言うのではなく、そもそもなぜ日本の若者は、世界的にも異常な低賃金なのかと文句を言うべきだ。もちろん、自分の給料を上げていくための努力も惜しまない。交渉もするし、転職もする。


 「高い」ものがほしいのなら、自分の生活水準に引きずり下ろすのではなく、自分たちの価値を高めていく。そういう発想が当たり前にならない限り、いつまでも日本経済が上向くことはないのではないか。


(窪田順生)



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  • 「われわれ」とか一緒にしないでほしい、そんな発想はない。普及待ちやチャンスに期待はするけれど、人気が出て手の届かないステージに上がってくのだって見届けたい。
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