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英プリマス大学に所属する研究者らが2019年に発表した論文「Alcohol, empathy, and morality: acute effects of alcohol consumptionon affective empathy and moral decision-making」は、アルコール摂取が共感性と道徳的判断に与える急性効果について検討した研究報告である。
この研究の背景には、人々が道徳的なジレンマに直面した際の判断に関する重要な疑問がある。例えば、5人の命を救うために1人を犠牲にすることは正しい選択なのかといった問題だ。
従来の研究では、このような道徳的判断において功利主義的な選択(より多くの命を救うことを優先する選択)をする傾向について、2つの対立する説明がなされてきた。1つは理性的な思考が増加することで功利主義的な判断が増えるという説。もう1つは他者への危害を回避しようとする感覚が低下することで功利主義的判断が増えるという説だ。
研究チームは、これらの仮説を検証するため、48人の参加者を対象に実験を行った。参加者はプラセボ(偽薬)群、低用量アルコール群、高用量アルコール群の3つのグループに分けた。
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実験では、アルコール摂取の前後で、表情から感情を読み取る課題や、他者が痛がっている際の共感を測定する課題、道徳的判断を求める課題を実施した。また、文章による道徳的判断だけでなく、バーチャルリアリティーを用いた実践的な意思決定課題も含まれており、その際の生理的反応も測定した。
実験の結果、以下の発見があった。アルコールの摂取量が増えるほど、他者の表情から感情を適切に読み取り、それに対して適切な共感を示す能力が低下することが分かった。
しかし、他者が痛みを感じている場面を見たときの反応(他人の痛みに対する共感的な反応)は、アルコールを飲んでも変化しなかった。また、上記のような道徳的なジレンマにおける判断や行動には顕著な変化が見られなかった。この結果は、アルコール摂取と道徳的判断の低下の関係が説明できないことを示唆している。
つまり、アルコールを摂取することで表情認識のような一部の社会的認知能力は影響を受けやすいが、道徳的判断のようなより複雑な意思決定プロセスは頑健であり、アルコールを飲んで不道徳な行動を取る人はもともと不道徳である可能性を示唆している。
Source and Image Credits: Francis KB, Gummerum M, Ganis G, Howard IS, Terbeck S. Alcohol, empathy, and morality: acute effects of alcohol consumption on affective empathy and moral decision-making. Psychopharmacology(Berl). 2019 Dec;236(12):3477-3496. doi: 10.1007/s00213-019-05314-z. Epub 2019 Jul 9. PMID: 31289885; PMCID: PMC6892760.
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※ちょっと昔のInnovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。通常は新規性の高い科学論文を解説しているが、ここでは番外編として“ちょっと昔”に発表された個性的な科学論文を取り上げる。X: @shiropen2
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