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政府からの強い要請もあって実現した携帯電話料金の値下げにより、大手キャリア各社は、その収益を大きく減らした。ドコモのahamoを皮切りに、3社ともオンライン専用ブランドを導入。サブブランドの料金も値下げした上に、データ容量を増量している。低料金ブランドに慎重だったドコモも、2023年には自社に取り込んだOCN モバイル ONEの代わりに、irumoを投入した。
決済連動でポイント還元を手厚くした料金プランがヒットしたことなどを受け、そのARPU(1利用者あたり平均収入)はようやく反転し始めている。一方で、物価や人件費の上昇により、各社の幹部が“値上げ”の地ならしとも評することができそうな発言をする機会が増えてきた。4社トップのコメントから、料金値上げの可能性を探っていく。
●物価高で人件費や電気代が上昇、値上げに向けたコメントも飛び出す
「他のものは全てが値上がりしているのに、通信業界だけが常に値下げの議論ばかりしている」――こう嘆くのは、ソフトバンクの代表取締役社長執行役員兼CEOを務める宮川潤一氏だ。これは、ahamoのデータ容量増量への対抗措置にどの程度効果があったのかを問われた際に、回答として飛び出したコメント。データ容量増量の実質値下げを仕掛けてきたドコモへの恨み節という側面はあるが、官製料金値下げに苦しんできた宮川氏の本音が漏れたと捉えることもできる。
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宮川氏は、こう続ける。
「心配しているのは取引先。いわゆる中小企業が多いので、そこの従業員がちゃんとベースアップされているかどうか。そういうところは本当に心配。ない袖は振れないが、われわれなりのコスト上昇の値上げも許容できないとなってしまっているので、もうちょっと好循環になるよう、何とか正常化していきたいと思っている」
取引先の人件費だけでなく、基地局を動かす上で欠かせない電気代が上昇したことで、ネットワークを維持するためのコストは上昇傾向にあるという。
「携帯電話事業を運営する中でかかるコストは、まず電気代。これは年間のOPEX(事業運営費)に効いてくる。この電気代が、数年間右肩上がりで100億円単位で上昇している。いろいろな知恵を使いながらコストは吸収しているが、その限界もくる。(中略)揚げ句の果てに、5Gの投資をみんなで抑えたり、6Gを待ちながら『5Gはこんなもんだろう』と言い訳したりしているのが悲しくて仕方ない。健全な形で、ものの値上がりに合わせた値上げは、どこかでしなければならない」
実はKDDIの代表取締役社長CEOの高橋誠氏も、2月に開催された決算説明会でこれに近い主張をしていた。高橋氏は「日本の通信は各種政策によって、世界の先進国の中でも低廉な料金水準だと評価されている。米国の半分以下の通信料金になっている」と、政府の方針を一定程度評価しつつ、次のように語る。
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「AI活用が当たり前になる中、さらなるトラフィック増が想定される。災害対応やセキュリティ対策などに対応し、情報通信産業を支えていきたい。
一方で、設備を建設するパートナーへの委託コスト、あるいはその運用に伴うコストが上昇している状況で、適正な取引関係の継続と価格転嫁を求められている。付加価値サービスを含めた価値あるサービスを提供し、通信に伴う対価をいただき、それを糧に投資を進めるという経済の好循環。これがまさにこれから(事業を)進めていくうえで、非常に重要になる」
宮川氏と同様、取引相手のコスト上昇や、電気代などの運用コストを、通信料金などに一定程度転嫁し、そこで上がった利益を投資に回していきたいという主張と読み取れる。少なくとも、高橋氏と宮川氏の2人は、値下げ一辺倒でネットワークなどへの投資が進まない状況には、そろそろ終止符を打ちたいと考えていることがうかがえる。あえてそれを公の場で語ったのは、関係省庁や社会の反応を喚起するための“観測気球”と捉えることもできそうだ。
●難しい料金値上げ、新料金プラン投入時が狙い目か
とはいえ、「明日から一律で全料金プランを5%値上げします」といった乱暴なやり方は、ユーザー離れにもつながってしまうリスクもはらむ。クラウドサービスやコンテンツサービス、特に海外事業者が運営しているサービスでは、比較的カジュアルに値上げしたり、提供条件に制限を加えたりすることもあるが、通信料でこのような形を取るケースはまれだ。
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値上げを示唆した宮川氏も、「寡占市場とはいえ、4社がいるので、『こんな状況でなぜソフトバンクだけ(値上げに)踏み切るのか』という話になってしまうため、今、動くつもりはない」と語る。どちらかといえば、「中長期的に、もう一度健全な形に戻さないといけない」というのが、宮川氏の真意といえる。
4月にKDDIの社長に就任することが決まった取締役執行役員常務の松田浩路氏も、「足元での競争環境にはしっかり対応していくのと、将来どういう姿に持っていきたいのかの2つの観点がある」としながら、「モーメンタム(勢い)を強める競争もある」とユーザー獲得のアクセルは緩めるつもりがないことを語っている。競合他社が動かない以上、お見合い状態が続く可能性もある。
ドコモの親会社にあたる日本電信電話(NTT)の代表取締役社長の島田明氏も、「モバイルは今、競争が激しい」としながら、「単純な値上げは難しい」との見方を示した。島田氏も、「お客さまの価値が上がる一方で、事業者が一定程度コストをカバーできる料金体系を考えていかなければならない」と語っており、この点ではKDDI、ソフトバンクに考えは近いが、現実的には「今の料金を単純に何パーセント上げましょうとはいかない」(同)という。
特にドコモは、「35%のシェアを切るなと言っていて、(ドコモの)前田(義晃)社長も同じ気持ちで営業を強化している」ため、ユーザーを手放してしまうような値上げには踏み切りづらい。現行の料金プランを値上げするのではなく、「少し工夫しながら、料金体系は常に見直していかなければいけない」というのが島田氏の考えだ。
例えば、ドコモが導入しているahamoポイ活やeximoポイ活は、こうした値上げの工夫の1つといえる。ポイント付与のコストはかかるが、通信料そのものはポイ活プランの方が高く、APRUを押し上げる効果は高い。KDDIが「auマネ活プラン」を「auマネ活プラン+」にリニューアルしたように、特典のつけ方を変えつつ、コストを転嫁した料金にしてく手法もある。
データ容量を増やした新料金プランを作った際に、その対価として料金を見直してもいいだろう。ソフトバンクが、LINEMOの「スマホプラン」を「LINEMOベストプランV」にリニューアルした事例は、これに当てはまる。ただ、LINEMOベストプランVはahamoのデータ容量増量に対抗するため、結局は10GBアップで料金は据え置きになってしまった。宮川氏の発言からは、こうした実質的な値下げ競争をけん制する意図も見え隠れする。
●値上げに否定的な楽天モバイル、ただし容量変更には含みも
一方で、楽天モバイルは、こうした見方に対して真っ向から反論する。2月14日に開催されたキャンペーンの発表会で、値下げについて問われた楽天モバイルの共同CEO、鈴木和洋氏は「一部では官製値下げと言われているが、(楽天モバイルがMNOとして新規参入してから)5年で通信業界に適正な競争が起きたと思っている」とコメント。値下げは、「経済合理性の結果だと思っている」と語り、「プラン料金の変更は検討していない」と明言した。
電気などのコストについては、消費電力を減らす工夫で削減しているという。鈴木氏は「AIを使って電気量をシミュレーションしたり、使っていない機器をスリープにすることで、うまく電気代を削減する。そういった形を取ることで、20%の電気代削減は可能だと思っている」と話す。値上げを示唆した他社に対しては、「決算発表を見ても、非常に大きな営業利益を上げているので、日本の通信市場全体としてはまだまだ下がる余地がある」という。
実際、楽天モバイルは契約者数の獲得が進み、2024年末にはMVNOとの合算で830万契約を突破。ARPUも順調に上昇しており、2024年度第4四半期には、エコシステムへの貢献分も含めて2856円に上昇している。楽天モバイルの料金プランは、データ使用量が一定のしきい値を超えた際に料金が上がる段階制を採用している。そのため、ヘビーユーザーの獲得を増やせば、値上げに頼らずとも、ARPUを上げられる可能性がある。
楽天グループの代表取締役会長兼社長の三木谷浩史氏も、「ヘビーユーザーの(若い)方々が、どんどん楽天モバイルを使用するようになっている」と語っており、2025年度の方針には、「データ通信をさらに使ってもらう」ことが挙げられている。低料金を維持しつつ、獲得したユーザーがさらにデータ通信を使うことで、値上げに頼らずとも通年での黒字化を果たせるというのが三木谷氏の見方といえる。
ただ、鈴木氏は料金のステップが上がるしきい値の変更については、「いろいろなシミュレーションを常にしている。将来、変更する可能性がないとはいえない」と含みを持たせた。3278円で無制限という売りは残しつつ、3GB超20GB以下を3GB超10GB以下などに変えていけば、事実上の値上げはできる。また、全体のデータ使用量が上がっていけば、3段階にしている必然性も薄くなる。他社のように、3GB以下とそれ以上という2段階に設定すれば、ARPUを上げられる可能性もありそうだ。
楽天モバイルが低料金で若年層の獲得を増やしているため、他社が値上げに踏み切りづらい側面もある。その意味では、同社がキャスティング・ボートを握っているとみることもできる。一方で、料金値下げで設備投資が抑制されてきたのも事実。結果として、5Gのエリア拡大に時間がかかるなど、ネガティブな要素も目立ってきた。宮川氏の「せっかく世界で一番だった通信が、今やただ安いだけの国になってしまった」という指摘は重い。
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