テーブルをふく工藤さん北海道函館市の「ホテル水色の詩(みずいろのうた)」を経営する有限会社工藤観光の代表取締役社長の工藤丈さん(47歳)に、ラブホテルの忘れ物についてお話を伺った。
工藤さんはラブホテルの生き残り競争が激しい地区で少子化やコロナウィルス感染拡大の影響を受けながらも14年、経営を続けている。
忘れ物は、利用者であるお客さんが部屋を出た後に、社員とパートが4人で1つのチームをつくり、その部屋を掃除している時に見つかることがほとんどだ。
ホテル水色の詩では忘れ物は、バックオフィスの金庫に3か月間は必ず保管する。値段が高いのは数日以内に引き取りに来るケースが多い。引き取りに来ない物は3か月が過ぎた時点で破棄している。
連絡先がわかったとしても、ホテル側から連絡は一切しない。プライバシーを守るためだ。社員やパートが自分の所有物にしたり、家に持ち帰ることは禁じている。
◆男2人、女1人の3人の意外な忘れ物
去年、工藤さんがとても驚いた忘れ物が車だ。ほとんどのお客さんが車でホテルに来て、敷地内の駐車場に止めて、室内での利用後に車で帰る。
その日は数時間以上、1台の車が停められたままだった。工藤さんは不審に思い、警察に伝えた。警察は車番から持ち主の連絡先を教え、「本人と話し合ってほしい」と言った。
その時点では、事件性がないと判断されたようだ。工藤さんが本人に電話をすると、男性が「ホテルを利用したのは間違いがない」と答えた。
「ご本人によると、男2人、女1人の3人で室内に入り、その後は車の持ち主である男性がタクシーに乗り、1人で帰ったようです。
部屋に残った男性と女性のうち、いずれかが車に乗り、持ち主である男性の家まで運んできてくれると思い込んでいたみたい。ところが、車が一向に来ないから困っていたと男性は私に話していました。
車の忘れ物はあまりにも意外であり、はじめての経験です。ちなみに、3人で入る場合は男2人、女1人のケースが多いですね」
◆高齢者ならではの忘れ物が
下着は最も多い忘れ物の1つのようだ。目立つのが男性はトランクス、女性はショーツ。大半は布団か、シーツのところに丸まっているという。
「下着を脱いで裸になり、プレイ後、新しい下着を着た時に脱いだものをそのまま置き忘れてしまったのかなと思います。驚いたのはものすごく大きな水色のブラジャーで、サイズはたぶん、G、H、Iクラス。それ以前に、それ以降も見たことがない大きさでした。後日、男性がフロントに取りに来ましたのでお渡ししました」
意外なところでは、入れ歯を忘れる人もいる。70代と思える男性が退出直後に取りに来た。
お客さんの約1割は60代以上の高齢者で、男性が大半を占める。100円ショップで販売されている手頃な老眼鏡を忘れるケースも増えている。つえをつく男性も目立つが、つえは決して忘れないようだ。
◆100万円を超えるロレックスの時計を忘れた人も
工藤さんが「びびった」と振り返るのが、100万円は軽く超えるロレックスの時計。触るのも怖いくらいで、タオルに包み、金庫に入れた。数日後に、40代前後の男性が「時計を忘れました」とフロントに現れた。とてもまじめそうに見えたそうだ。
高級な忘れ物で多いのはスマホだが、室内で音楽やコンテンツを再生するための備え付けのスマホを自分のスマホと間違って持ち帰ってしまう人もいる。
「数時間以内に、勘違いしましたと来られます。その方には、室内に忘れていたご自身のスマホをお渡しします」
女性が書いたラブレターも印象に残っているそうだ。お客さんである女性が、一緒に部屋に入った男性に渡すために書いたものらしい。
ホテルのスタッフは忘れ物の封筒や鞄を開けることはしないが、このラブレターは紙がそのままの状態で置いてあった。それで、工藤さんだけが数行に目を通した。引き取りに来る人はいなかった。
◆洗面所に“魚の忘れ物”がありうろこが散乱
指輪、イアリング、ネックレス、ピアスといった装飾品も忘れ物の定番だ。指輪はほとんどが男性のもので、本人がすぐに取りに来る。ネックレスは取りに来るケースが大半だが、ピアスは来ない人が圧倒的に多い。
「忘れ物をしたと気がついても事情があり、ホテルには行けないと電話をしてくる方もいます。その場合は、お教えいただく住所に郵送するケースがあります。
送り主は私の個人名義か、会社名(有限会社工藤観光)。お客さんの希望で選んでもらっています。会社名が多いかな。遠いのは、九州まで郵送したことがあります」
洗面所に魚の忘れ物もあった。うろこが大量に落ちていた。
「包丁でさばいたのかな。魚を外で買ってきたのでしょうかね。1枚3000円くらいの肉を4〜5枚、冷蔵庫に置き忘れた方もいました。
今晩食べようとしていたのかもしれないから、余計なお世話かもしれませんが、心配になります。数時間後に取りに来たので、安心しました」
とても困る忘れ物は、お風呂の排水溝にたまるほどの量の髪の毛。男性のものらしい。ラブホテルで髪を切る人がいるようだ。
髪を染める道具や液が浴室に飛び散り、洗面所や壁についている場合がある。「髪の毛や液は捨てたのかもしれませんが、後処理が大変なので勘弁してほしいですね」
◆コスプレ衣装を持ち帰ってしまう人も
ホテルではコスプレもできるが、衣装を部屋に忘れてしまう人もいる。スクール水着や着物、制服、アイドルの衣装やアニメキャラを意識した衣装など、20〜30種類を用意しており、1着700円で貸し出す。
いずれも工藤さんがラブホテル経営者専用のウェブサイトを通じて、1着平均5000円で購入した。
使用のたびに洗濯と除菌をして10回程使用すると破棄し、新たなものを購入する。常に売れ筋を調べ尽くし、人気のあるものをそろえている。
「ほとんどのお客さんは服を返してくださるのですが、時々、室内にそのままにしていたり、浴室に放置されたりしています。
持ち帰る方もいます。意図的に持ち帰ったのか、こちらへの返却を忘れてしまったのかはわかりません。本当は困るのですが、そこまで気にいってくださったのなら、ありがたいのかなと思うようにしています。
某球団のアニマルダンスの衣装を新たに購入し、お貸ししようと思っています。スクール水着のように人気が出ると、いいのですけどね」
工藤さんは忘れ物をめぐり、トラブルが起きるのは避けたいと語る。そのために掃除と金庫での保管、管理は念入りにしているのだという。
ホテル側の手間や負担を増やさないように、退出時の荷物チェックを忘れないようにしたいものだ。
<取材・文/吉田典史>
【吉田典史】
ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006年より、フリー。主に企業などの人事や労務、労働問題を中心に取材、執筆。著書に『悶える職場』(光文社)、『封印された震災死』(世界文化社)、『震災死』『あの日、負け組社員になった…』(ダイヤモンド社)など多数