
お正月の箱根駅伝は今や国民的行事だが、陸上界のカレンダーに新たなイベントが記されるようになるかもしれない。3月16日、大阪万博を記念する『ACN EXPO EKIDEN(エキスポ駅伝)』が大阪府で開催され、史上初めて実業団と大学生の対決が実現。これが定例化しそうな勢いなのだ。
「駅伝は日本でとても人気がありますが、大学生の三大駅伝は箱根・伊勢・出雲、元日に開催されるニューイヤー駅伝は北関東、全国高校駅伝は京都、全国都道府県駅伝は広島で、大阪は蚊帳の外。それゆえ大阪での駅伝開催は関係者の悲願で、万博記念という形でようやく実現しました。レース後には、箱根出場経験がある俳優の和田正人がXに『来年以降も是非やってほしい』と投稿すると、大阪府の吉村洋文知事が『ちょっと頑張ってみます』と反応。俄然、定例化が現実味を帯びてきました」(週刊誌スポーツ担当記者)
中継では過去の万博の風景をCGで再現したり、小型カメラを持ったカメラマンが選手に並走したりと、新たな試みにも挑戦。結果は大方の予想通り実業団が優勝し、貫禄の差を見せつけたが、國學院大學が総合3位に入る健闘を見せ、学生も爪痕を残した。
「学生vs実業団の対決といえば、かつてはラグビー日本選手権が一大イベントでしたが、徐々に力の差が広がり、学生と実業団の対決は廃止に。アメフトも同様の理由で対決はなくなりました。しかしサッカーの天皇杯は今でもプロが学生に胸を貸しており、J1のチームが大学生やアマチュア主体のチームにジャイアントキリングを食らうこともしばしば。ただ、市立船橋高校が横浜F・マリノスとPK戦までもつれ込んだこともありました。
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実業団の選手は“勝って当たり前”なので、本音はやりたくないでしょうが、駅伝は今回のレースを見ると実力は拮抗しており、切磋琢磨することで競技レベル向上や裾野の拡大が期待できます。大阪では1月と2月にマラソンがあり、駅伝もやると3回も交通規制が必要になること、開催のタイミングがトラックシーズンへの移行の時期だということ、アップダウンが異常にキツい場所があったことなど、課題は山積みですが、陸上界としては継続を拒む理由はないでしょう」(同前)
鼻息が荒くなる中継テレビ局
初めての大会だけに、どれだけ注目されるかもポイントだったが、当日は小雨模様だったにもかかわらず沿道には多くの観衆が集まった。こうなると俄然鼻息が荒くなるのは、中継を担当するテレビ局だ。
元テレビ朝日プロデューサーの鎮目博道氏が、局としての“おいしさ”を解説する。
「学生が関わる駅伝は、箱根駅伝に代表されるように“先の読めない人間ドラマがある”という期待値が高く、幅広いファンがいます。また、放送時間が週末の昼間という“ゆるい時間帯”なので、一度チャンネルを合わせた人がそのまま見続けてくれる可能性が高い。安定した視聴率が期待できます。スポーツ団体との強い縁ができると、今後他のイベントで中継権をとるときに優位になるメリットもあります。
スポンサーとしても駅伝は魅力的なイベントです。企業イメージとして街・企業・学生を応援する姿勢をわかりやすく示せますし、学生が出場するなら採用活動にもメリットがある。駅伝は街をあげて宣伝活動が繰り広げられるので、何カ月も前から街中に名前が知れ渡ります。さらに、サッカーや野球は競技場に行かないと臨場感を得られませんが、駅伝は街全体で行われるので、特定の場所に足を運ばなくても、特別感を生み出す効果がある。開催には大変な苦労が伴いますが、確実にスポンサーは付くでしょう」(鎮目氏)
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爽やかなイメージが強い駅伝だが、テレビ局間の争いは熾烈を極めている。実際、駅伝の場合箱根は日本テレビ、ニューイヤーはTBS、出雲はフジ、伊勢はテレビ朝日と見事に棲み分けが出来ている。さらに近年、各局は女子に活路を見出し、クイーンズ駅伝やプリンセス駅伝、富士山女子駅伝など、どんどん手を広げているのだ。そんななか、すでに飽和状態かと思われた男子で新たな駅伝が誕生すれば、テレビ局にとって大きなビジネスチャンスである。前出の鎮目氏が言う。
「駅伝の中継は地の利を綿密に調べておく、中継車以外に基地局を設けておくなど独自の放送技術が必要になるので、一局が独占することになります。今回中継を担当した朝日放送(テレビ朝日系)は、是が非でも大会を継続させたいでしょう」(同前)
吉村知事が大会開催に前向きなのは冒頭で述べた通り。府知事にも大会を続けたい大きな理由がある。というのも、万博会場は会期終了後、カジノを含む統合型リゾートが建設される予定だからだ。大阪府は昨年の衆院選で維新の会が全勝し、地元では圧倒的な支持を集めているが、万博の前売券の販売は不調で、大赤字になる可能性は高い。そのうえカジノでもコケれば一気に批判の矢が向くのは確実だ。その目をそらす――まではいわずとも、大阪の魅力と万博会場の有効利用をアピールするために、駅伝はうってつけなのだ。
発信力がある青山学院大学の原晋監督も、「この1回で終わるのではなく……」と語ったエキスポ駅伝だが、来年以降も走り続けられるか。
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(取材・文=石井洋男)