防衛産業はなぜ“儲かる”ようになったのか? 重工3社に見る変化の本質

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2025年05月12日 09:01  ITmedia ビジネスオンライン

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なぜ防衛事業が「儲かる仕事」に?

 IHI、三菱重工業(以下、三菱重工)、川崎重工業(以下、川崎重工)といった、いわゆる「重工3社」の株価がこの1年で大きく上昇しています。


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 防衛事業単体でのセグメント別利益率を発表している会社はないものの、かつて防衛産業は、重要である割には利益がほとんど出ない事業とされていました。2000年代後半以降、民間企業の撤退・縮小が相次いだ防衛産業が、なぜいま市場で再び注目されているのでしょうか。


 この背景には、トランプ大統領が、米国への防衛依存をやめ、各国が自国の防衛費を増やすよう強く求めたことが影響しています。しかし、実際にはそれ以上に大きな影響を及ぼしているのが、近年進む防衛事業の再評価です。


 かつて、防衛省との契約トラブルにより民間企業が防衛産業を縮小・撤退した経緯や、株主や投資家との板挟みに苦しんだ過去を乗り越え、防衛産業が今後どうなろうとしているのか。そして、防衛産業に対する国のスタンスは、今後どうあるべきなのか。日本における防衛産業の盛衰を振り返りつつ、考察したいと思います。


●直近の防衛関連株の盛り上がりとその背景


 TOPIXに入っている個別企業の過去1年間のトータルリターンを見ると、生成AIの需要拡大を背景に、データセンター向けケーブル部材を手がけるフジクラが1位にランクインしています。


 その一方で、特に注目したいのは、2位にランクインしているIHIと、9位の三菱重工です。川崎重工を含むこれらの重工3社は、いずれもこの1年間で大幅な株価上昇を記録しています。


 この1年間はもちろん、5年単位で株価の推移を見ると、最も高い伸び率を示しているのが三菱重工です。同社の株価は5年前と比較すると約871%増。次いでIHIが714%増で、川崎重工も421%増(いずれも2025年4月15日時点)と、非常に高い伸びを記録しています。


 株価上昇の要因としては、トランプ大統領が主張してきた「米国の防衛にタダ乗りするな」というメッセージが、各国の防衛政策に大きな影響を与えたことが挙げられます。こうしたトランプ大統領の発言により、特にドイツは、これまでかたくなに拒んできた基本法(憲法に相当)の改正にまで踏み切り、防衛費を拡大させる動きを取っています。


 日本政府も、これまではGDP比1%だった防衛費を2027年度までに2%へと引き上げる方針を示しています。こうして防衛費が確実に増していることも、防衛産業の株価を押し上げる要因となっています。


●利益が出ない事業の代表格だった防衛産業


 ただ、実は2020年頃から、すでに日本の防衛産業を取り巻く環境には変化が起きていました。なかでも注目すべきは、日本における防衛装備品の利益率改善の動きです。


 これまで「利益が出ない事業」とされてきた防衛産業に対し、日本政府が契約上の運用を見直し、利益が確保できるよう制度変更を進めてきたことが、近年の防衛関連企業の評価を変え、株価を押し上げています。


 では、なぜ政府はこの数年で方針を転換し、防衛装備品の利益率を改善する意向を示したのでしょうか。


 実は、日本には防衛装備品を扱う企業が多数ありました。しかし、これまでは材料費や人件費、設計変更にともなうコスト上昇が発生しても、防衛省がそのコスト上昇を受け入れることはありませんでした。その結果、企業側がそうしたコストを全て負担せざるを得ない状態となっており、「もうからないが、国防という重要産業であり、企業姿勢という点でやめるわけにもいかない」分野となってしまっていたのです。


 実際、日本の某造船企業の方とお話した際、「民間向けの船舶製造は、市況の影響を受けつつも収益を得られていたが、防衛省向けの艦艇は利益がほとんど出なかった」と言っていました。明確な理由は聞けませんでしたが、おそらく前述のように、防衛省がコスト上昇分を負担せず、企業が吸収せざるを得なかった構図が背景にあると考えられます。


 ある出来事が、日本の防衛関連企業が縮小・撤退する事態を引き起こしました。


●日本の防衛産業を縮小させた、ある出来事


 それが、富士重工業(現SUBARU、以下、富士重工)による戦闘ヘリ「AH-64D(通称アパッチ・ロングボウ)」に関する訴訟です。


 富士重工はかつて防衛省の要請を受け、米国製アパッチ・ロングボウの設計図を購入し、2002年から2007年にかけて日本国内での生産を担当していました。当初は62機の調達計画が防衛省側から示されていましたが、富士重工に発注されたのはわずか13機にとどまりました。


 1機当たり50億円と言われており、60機なら3000億円を超える大規模な契約規模にもかかわらず、防衛省は富士重工と正式な契約を結ばないまま、いわば“口約束”だけでプロジェクトが進められていたのです。


 富士重工は、生産ラインの立ち上げにともなう巨額の初期投資に加え、材料費や人件費、設計変更によるコスト増にも対応せざるを得ませんでした。しかし、防衛省からの追加補償はなく、事実上泣き寝入りを余儀なくされたのです。


 こうした動きを問題視した富士重工は、2008年に防衛省を提訴。通常であれば、こうした訴訟は和解によって早期に収束しますが、防衛省側は最後までかたくなに対応を変えず、民間企業の経営リスクに対する理解もほとんど示されませんでした。


 結果として最高裁まで争われた訴訟は、富士重工の勝訴に終わりました。そして国は、351億円の全額支払いが命じられたのです。


●政府の信頼失墜が引き起こした企業の撤退


 この防衛省の富士重工に対する不誠実な対応は、防衛関連事業を行う民間企業の間で深刻な失望をもって受け止められました。


 「国とのビジネスは採算が合わないうえに、約束すら守ってもらえない」という疑念が広がり、この訴訟をきっかけに防衛省との関係を見直す企業が増え、事業を縮小・撤退する企業が相次ぎました。


 例えば、軽装甲機動車を手掛けていたコマツ、機関銃を製造していた住友重機械工業、パイロットの緊急脱出装置に用いる火薬を生産していたダイセルなどが、防衛事業からの撤退を表明。他にも多くの企業が防衛産業から手を引く形となりました。


 これらの企業はいずれも、極めて高い技術力と製造力を持っています。しかし、利益が出にくい構造や契約リスクの高さから、防衛ビジネスを継続することが経営上のリスクとなると判断したと考えられます。


 加えて、近年の資本市場では「利益を出すこと」が強く求められており、収益性の低い事業を長期的に続けることは、株主や投資家への説明責任の観点からも難しくなってきたことも影響しています。市場環境が大きく変化する中で、防衛省との契約がビジネスとしてきちんと成立しなければ、企業は撤退せざるを得ません。


 このような中、防衛に対する社会全体の意識も徐々に変化し始め、政府としても、防衛産業を「国家の安全保障を支える基幹産業」として持続可能な形で維持する必要性を認識するようになりました。企業の撤退が相次ぎ、国内の装備供給体制そのものが揺らぎかねないという危機感が、政府の姿勢を変えるきっかけとなったのです。そして、その対応策として、国は防衛装備品に対する利益率の見直しに本腰を入れるようになりました。


 こうした動きもあり、三菱重工やIHIの防衛関連産業に言及した資料では、防衛事業を成長の柱のひとつと位置付ける姿勢が明確に表れています。国が制度を整えたことで、ようやく企業も前向きに取り組める環境が整い始めたといえます。


●市場が期待感を寄せていることは事実


 IHI、三菱重工、川崎重工といった重工3社の株価は、前述のような防衛費の拡大に加えて、日本政府が過去の不誠実な対応を反省し、防衛産業の衰退を防ぐため、本腰を入れて「防衛産業を後押しする」と明言し、利益率の改善に踏み切ったことが大きく影響しています。


 こうした変化に、市場が期待感を寄せていることは事実ですが、一方で“裏切り”にも敏感に反応する可能性は大いにあります。


 かつて富士重工への約束を守らず、訴訟を起こされたケースのように、防衛産業を後押しするような方針の変更や方針を変更したり、取り下げたり、企業に過度なリスクを押しつけたりするようなことがあれば、たちまち信頼は失われ、これまで伸びてきた防衛関連の重工3社の株価にも大きな影響を与えるでしょう。


 市場そのものが「防衛省とはビジネスをするべきではない」と見なし、日本の防衛産業が衰退することはもちろん、万が一国が民間企業に対して不誠実な態度を取れば、日本の株式市場にいる多くの外国人投資家も、投資資金の引き上げを行いかねません。


●防衛産業の継続的な発展に欠かせない姿勢


 そうした意味でも、防衛産業の継続的な発展には、政府による長期的かつ一貫した国家運営の姿勢が欠かせないと考えています。


 民間企業は、政府が打ち出した長期的な政策を見ながら中長期の経営計画を立て、市場や外部環境の変化に柔軟に対応しながら経営を行っています。企業運営の前提には、「政治がブレずに国家運営を行っている」という信頼があります。それがあるからこそ、企業も将来を見据えた投資判断ができるのです。


 現在の日本を取り巻く地政学的リスクや、防衛装備品の必要性を考えれば、「追い詰められて、やっと利益が出るような仕組み」ではもはや通用しません。今求められているのは、一時的なブームや外圧による政策変更ではなく、「国家としての筋を通した防衛産業の育成」であると考えています。


 今後、防衛産業を真の「成長分野」として根付かせていくための核となるのは、国家が自らの責任を全うするという姿勢であるのではないでしょうか。


(カタリスト投資顧問株式会社 取締役共同社長、草刈 貴弘)



このニュースに関するつぶやき

  • 私の一番最初の会社は防衛庁も顧客でした。要求が高すぎて採算合ず事実上独占契約だったのが実情。なのに「随意契約は癒着の証拠だ!」とテレビが馬鹿騒ぎしてましたっけね。
    • イイネ!27
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