限定公開( 7 )
「鳥貴族」「串カツ田中」「新時代」といった大衆居酒屋チェーンで、“盛りすぎ串”が人気だ。鳥貴族では、5月1日から100万食限定でアイドルグループ「スーパーエイト」の大倉忠義氏が監修した「串ナゲットグリーン」(390円)を販売。通常、鳥貴族では串のメニューを2本セットで提供するが「串ナゲットグリーン」はスーパーエイトにちなんで8本盛り。1本当たりの価格は50円を下回り、コストパフォーマンスが高いことで知られる鳥貴族の中でもインパクトのあるメニューとなっている。
【画像】鳥貴族の串ナゲットグリーン、ニラ玉グリーン、串カツ田中の無限ニンニクホルモン串、伝串の盛りすぎ串、オープン時に行列ができる伝串の店舗など(全8枚)
串カツ田中では、4月24日から期間限定で1本55円の「無限ニンニクホルモン串」を新名物として販売。5本、10本と注文する人も多く、発売からわずか2週間で100万本を突破し、現在は300万本を超える大ヒット商品となった。
新時代の名物は、1本55円の鶏皮串「伝串」。来店した人のほぼ全員が注文する商品で、3段6本、4段10本といったピラミッドのメニューがあり、SNS映えもすると好評を博す。2010年に1号店をオープンして以降、現在までに累計2億7000万本以上を販売している。
本稿では、3社の“盛りすぎ串”戦略を見ていこう。
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●値上げでも絶好調の「鳥貴族」
鳥貴族の串ナゲットグリーンは、同チェーンの価格が370円均一から390円均一に値上げとなった5月1日に投入した。1皿・1杯の価格はほぼ400円となり「もう鳥貴族は大衆居酒屋でない。高くて行けない」という不満も聞こえる値上げだったが、5月の既存店売上高は前年同月比111.0%、既存店客数も同107.1%、既存店客単価が同103.6%と、好調に推移した。4月はいずれも前年同月比で、既存店売上高105.3%、既存店客数104.6%、既存店客単価100.6%だった。5月は値上げにもかかわらず、3つの指標ともに、値上げ前の4月を上回ったことになる。
串ナゲットグリーンは、同じタイミングで発売した「ニラ玉グリーン」とともに、スーパーエイト・忠義氏との初コラボメニュー。ちなみに、グリーンは忠義氏のメンバーカラーである。今回の好業績は同氏がもたらしたといった声も多く聞かれる。
忠義氏は鳥貴族を経営するエターナルホスピタリティグループ代表取締役社長CEOである大倉忠司氏の長男だ。アイドル活動の傍ら2024年7月にタレントプロデュースやコンテンツ開発の会社、J-pop Legacyを設立して社長に就任するなど、起業家の顔も持っている。タレントプロデュースでは、既にアイドルグループ「なにわ男子」などの実績がある。
●鳥貴族と「同い年」
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鳥貴族は2025年に創業40周年を迎え、忠義氏も今年で40歳。つまり、忠義氏は鳥貴族がまだ東大阪市にあった個人店のときに生まれ、鳥貴族とともに育ってきた一面がある。今や鳥貴族は7月1日時点で全国に660店超、米国や中国など海外にも進出している一大チェーンとなった。
芸能に進んだ忠義氏だが、父の背中を見て自身も起業し、経営者の立場になった。今回忠義氏がプロデュースした商品には、当然、経営者としての視点が入っていると見るべきだろう。4月に開いた鳥貴族40周年記者発表会で、大倉社長は「串ナゲットグリーンは売れば売るほど赤字が増える。せめて、スーパーエイトの本当の人数通りに5本にしてほしかった」と“盛りすぎ串”の企画に渋い表情だったが、忠義氏は「ここは8本で!」と譲らなかった。
忠義氏が8本390円にこだわったため、1本当たりの価格は他の格安居酒屋チェーンの“盛りすぎ串”をしのぐ価格となった。このインパクトは大きい。もし、5本390円だと、1本78円。それでも非常に安いが、後述する串カツ田中や新時代の商品よりも高くなってしまって、驚きも少なかったのではないだろうか。
国産鶏のささみを100%使用したチキンナゲットを、串にしており、1皿8本というビジュアルは迫力十分。1皿注文すれば、通常の2皿分に相当するボリューム感がある。値上げのデメリットを帳消しにする効果は絶大だろう。味はあっさりしているが、青海苔のジャンク感がきいていて、お酒も進む癖になる商品に仕上がっている。忠義氏の父譲りの商売のセンスを、第2弾でまた見たいものだ。
●安いだけでなくマーケティングがうまい「串カツ田中」
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串カツ田中の新名物である無限ニンニクホルモン串は、このメニューのためだけに開発したタレを使っている。ニンニクの味が癖になり、軽くて食べやすい。お酒に合う商品だ。安くて最高のおつまみを目指して開発したという。
格安チェーンとして知られていたが、今や串カツ田中もボリュームゾーンの商品が1本200円に迫っている。定番8本盛り1507円は、定価だと200円を超えるエビやアスパラが入っており、お得にはなっているが、やはり高くなった感がある。
ところが、無限ニンニクホルモン串は1本55円。ここまでの“価格破壊”であれば、最近足が遠のいていた串カツ田中にもう一度行ってみよう、と思う人も多いのではないだろうか。10本、20本と注文して山のように盛っていくと、ビジュアル的にも迫力がある。SNSでの投稿も多く、人気になっている。
串カツ田中は、改正健康増進法で飲食店内が原則禁煙となる前の、2018年6月から全店禁煙(立ち飲み3店を除く)を打ち出し、注目を集めていた。大衆居酒屋でも徐々にタバコを吸えなくなっているが、当時「禁煙居酒屋」として有名になり、マスコミの露出も格段に増えて、今日のようなメジャーなチェーンに成長した。
その前にも、政府と経済界が提唱した「プレミアムフライデー」という、月末の金曜の終業時を午後3時に早めて需要を喚起するキャンペーンで、独自の割引などの企画を打ち出して人気を集めていた。もちろん商品としての串カツの力もあるが、大阪のソウルフードをあの手この手を尽くして全国区に訴求したのが、成功した一因だろう。
こうして見ると、串カツ田中はマーケティングに優れたセンスを持つチェーンといえる。運営する串カツ田中ホールディングスでは、“盛りすぎ串”の流行りが来ると察知して、水面下で開発を進めて無限ニンニクホルモン串の爆発的ヒットにつなげた。“マーケティングに強い串かつ田中”の健在を、世に示した形だ。
●「新時代」はブラジルでもプレイした元サッカー選手が創業
新時代は生ビール中を209円で提供しており、食品の価格が高騰している昨今でも、財布の中を気にせず日常使いできる、数少ない居酒屋チェーンの一つだ。伝串は、本稿で紹介している3社の“盛りすぎ串”のうち最も歴史が古く、同チェーンの躍進をけん引するエンジンとなった商品だ。つまり、“盛りすぎ串”の火付け役になったのは、新時代とも考えられる。
1人で5本以上を注文する人も多く、甘辛い味付けはお酒に合う。主食材の鶏皮は余分な脂を落としてコラーゲンのみを残し、独特の食感に仕上げた。また、タレには万病に効くとされる高麗人参を入れ、塩分ゼロを謳う。安価なだけでなく、健康面にも配慮したものづくりで、ビジネスパーソンを中心に広く支持されているわけだ。
見た目も楽しい「伝串ピラミッド」は、伝串を6本(3段)、10本(4段)、21本(6段)、36本(8段)で注文すると、きれいなピラミッド状に盛り付けてくれるというもの。8段ともなると迫力があり、連日のようにSNSに投稿されるほど人気となっている。
伝串は自社工場で生産しているが、2024年4月にはあまりにも売れすぎて在庫危機となり、1人3本に注文を制限する事態に陥った。その後、増産体制を整えて注文制限を解除している。ちなみに伝串は経営するファッズの商標登録となっており、新時代は「揚げ皮串発祥の店」をうたっている。
ファッズの創業者、佐野直史氏は『キャプテン翼』に憧れて小学生からサッカーを始めてブラジルに渡り、1部リーグでプレイした実績を持つ。ケガのため25歳で引退し、帰国後にセカンドキャリアとして飲食業界に入った、異色の経歴を持っている。そんな佐野氏自ら開発したという伝串は、完成までに8年を費やしたそうだ。
近年は名古屋を中心とした中京地区から他のエリアへの進出が目覚ましい。2017年に“サラリーマンの聖地”新橋に出店すると、連日行列のできる店となり、ビジネスパーソンに認知を高め、東京、さらには全国の繁華街へと次々に出店する足掛かりとなった。居酒屋の撤退が相次いだコロナ禍の間も逆にチャンスと見て、通常では空かない都心部の好立地に出店を重ねた。
その結果、コロナ前の7割ほどに縮小したと言われる居酒屋市場で、異例の店舗拡大を続けている。ここ1年のうちに20店舗も増やし、直近の年商は280億円。全国1000店を目指す。
このように、居酒屋のトレンドの一つとして、安価な串を大量に盛る“盛りすぎ串”が人気となり、映えるセンベロ(約1000円でベロベロになるまで酔えること)の代表格となっている。
“盛りすぎ串”自体は、福岡発祥である「博多とり皮」の店で、10本、20本と注文するスタイルが既にあった。
ところが、今回紹介した3社の商品は、1本50円前後にまで価格破壊されており、令和の時代に本気でセンベロを仕掛けた点が新しい。衰退していると言われる居酒屋業界に対する逆風をものともせず、集客好調に推移している。
(長浜淳之介)
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