あのキャラの声、AIで勝手に再現「無断AIカバー」氾濫 声優と弁護士に聞く「声の守り方」と未来

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2024年05月10日 18:11  ITmedia NEWS

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TikTokなどにはファンが作ったとみられる「無断AIカバー」が氾濫している

 人気声優や歌手の声を無断で使った「AIカバー」が急増している。


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 AIカバーとは、生成AIで作った声で、既存の楽曲を歌わせたり、有名なセリフを言わせるなどした作品のことだ。


 自分の声やフリーの声素材、著作権フリーの楽曲などで作るのならば問題はない。関係者を悩ませているのは、声優や歌手などの声を勝手に使った“無断AIカバー”だ。


 人気歌手や声優の声を無断でAIに学習させ、無関係な歌を歌わせたり、セリフを言わせたりする無断AIカバーは、アニメファンなどが好きなキャラの声で勝手に制作し、動画SNSなどで人気を集めている。


 声そのものが商品である声優にとって、無断AIカバーが作られるのは深刻な問題だ。「早急に何とかしたいと思っているのですが……」。声優の甲斐田裕子さん(アニメ業界の立て直し・発展を目指す有志団体「日本アニメフィルム文化連盟(NAFCA)」理事)は、対策の難しさに頭を抱える。


 声を守ることに特化した法律がないことや、作品の関係者が多岐にわたること、関係者の間でも意見が割れていることなどが、問題を複雑にしている。


 声優が自らの声でAI音声を作り、新たなビジネスを開拓しようという動きもあるが、“無断AIカバー”が足を引っ張りかねない状況だ。


●“本人そっくりな声”がAIで簡単に再現できる


 AIカバーを実現しているのは、“本人そっくりのAI音声を再現するAIボイスチェンジャー技術”だ。2023年ごろから急速に普及した。


 中国発とみられる「RVC」というツールが特に有名だ。数分程度の短い音声データがあれば、本人の声をリアルに再現できる。


 AIボイスチェンジャーは、使い方次第では、新たな可能性を開くツールだ。自分の声を学習させ、いろいろなテキストを読ませて動画に合わせて公開したり、権利フリーの音声素材を使い、VTuberの音声として利用したりする、といった使い方をしている人も多い。


 問題なのは、このツールに著名人や人気アニメキャラクターの音声を無断で学習させ、「あのキャラ(声優)の声を再現できるAIモデル」として販売する行為や、そういったモデルを使い、有名人やキャラクターに、無関係な歌を歌わせたり、セリフを言わせたりする行為がまん延しているという事実だ。


●声そのものを守るための法律がない


 自身の声を無断でAIに学習され、自分が言ってもいないことを“再現”される――一般人が想像しても、気分の良いものではない。わいせつな言葉をしゃべらせたり、「オレオレ詐欺」など犯罪に悪用される懸念もある。


 声そのものが商品である声優にとって、問題はさらに大きい。AIの不自然な演技や、言ったことがないセリフを再現されることで、自身のイメージがき損され、仕事に響く可能性もある。


 だが、声を法律で守ることは容易ではないとう。知的財産法に詳しい弁護士の田邉幸太郎さんは、「知財法の分野で、声そのものを守ることに特化した法律はない」と話す。


 現行法の枠組みの中で声を守れるとすれば、第一選択は「パブリシティ権」になるという。田邉弁護士によるとパブリシティ権は「著名人の氏名や肖像などが持つ“お客さんを引き付ける力”(顧客吸引力)の価値を、独占的に利用する権利」。法律には明記されておらず、判例により認められている権利だ。


 生成AI以前は、“声を守る”ニーズがそもそもなかったこともあり、声に着目してパブリシティ権が争われた国内の事例は「見当たらない」(田邉弁護士)。だが「声についてもパブリシティ権が認められるという考え方が主流」だそうだ。


 例えば、本人そっくりのAI音声を使って「○○さん(有名声優)の声で××の歌を歌ってみた」動画を商品として販売している場合は、有名声優の氏名や声の持つ顧客吸引力を使って収益を得ており、声優のパブリシティ権(と楽曲の著作権)を侵害している、と評価される可能性がある。


●「パブリシティ権」の限界


 ただ、パブリシティ権が発動できる条件はかなり限られている、と田邉さんは解説する。


 まず、氏名や肖像、声などがそれぞれ「顧客吸引力」を持っているような著名人でなければならない。そのため、そもそも「人」ではないキャラクターが持つ顧客吸引力にはパブリシティ権が認めらない。


 つまり「声優の○○さんの声」を利用された場合なら守れても、「××というキャラの声」を利用された場合には守ることができない可能性があるということになる。


 ただ「そのキャラクターの声は同じ声優の○○さんが演じている以上、その声優の人格の象徴であると考え、パブリシティ権侵害を認める余地はあるのではないかという見解もある」とも田邉さんは話す。


 一方で、パブリシティ権が発生する対象は「著名である」ことが必要条件。無名の一般人の声には発生しない。


 加えて、パブリシティ権が発動するのは、著名人の声を、(1)独立して鑑賞の対象となる商品等として使用する場合、(2)商品等の差別化のために商品等に付す場合、(3)商品等の広告として使う場合など、専ら肖像等の持つ顧客吸引力の利用を目的とする場合――に限定されている。


 例えば、無断AIカバーした声優の声にオリジナル脚本を読ませ、収益化せずに公開する場合、(1)〜(3)を満たさないとして、パブリシティ権では守れない可能性が出てくる。無名の一般人の声ならそもそも、守ることができない。


 不正競争防止法の改正で声の権利も守ろうという議論もあるが、パブリシティ権同様、経済的価値が主眼になると考えられ、著名でない人の声も含めて守ることは難しい。


●「声の肖像権」目指す動きも


 AIカバーの氾濫を受け、声の権利を幅広く守る新たな法律の制定を目指そうという動きもある。日本俳優連合は、「声の肖像権」確立を目指している。


 肖像権は現状、人の容姿(顔など)について判例で認められている権利だ。「容姿を無断で写真を撮られたり、その写真をみだりに公表・利用されない権利」で、一般人にもある。


 これを拡張し、声についても「みだりに録音されたり、公開・利用されない」などの権利を認めるべきではないか、という議論が起き始めている。


●著作権法で守れるか


 著作権法で声を守る方法はあるだろうか。まず、声優やキャラの演技をAIに学習させる段階で、セリフを書いた脚本家(著作者)や、演技をした声優(著作隣接権者)に無断で行うと、著作権侵害に問われる可能性がある。


 日本の著作権法には、著作権者の承諾なしに著作物をAI学習に利用できる例外規定があるが、それは「思想や感情を享受することを目的としない」場合に限られており、「情報解析」が例示されている(30条の4)。


 例えば、特定のキャラや声優の声を再現した上で特定のアニメのセリフを再現するAIカバーを作るため、その特定のアニメのセリフなどを追加学習させるケースは「(アニメのセリフにおける具体的表現そのものを楽しむ)思想や感情の享受目的」が存在することとなり、現行法でも著作者の承諾が必要になる可能性がある。


 ただ、アニメキャラについては、著作者・著作隣接権者がとても多いことが、訴訟を起こすハードルになり得る。


 例えば「ドラゴンボールの悟空」なら、著作者は、漫画作者の鳥山明さんや「週刊少年ジャンプ」刊行元の集英社、アニメ制作の東映アニメーション、著作隣接権者は声優の野沢雅子さんなど。訴えるとして、誰が中心になるのかや、関係者の同意をどう取り付けるかが課題になる。


 「こうした問題を個人で争うのは、心理的・経済的な負担が高く難しいだろう。集団訴訟など手段は存在している。あとは、関係者が意識を高め、団結していく必要もあるのではないか」と、田邉弁護士は言う。


●声優間でも割れる意見


 既に多くの声優が、無断AIカバーの氾濫を認識している一方で、危機感が薄い人も多いという。AI音声の質が人間より明らかに劣っていることに加え、「AIに生身の人間が負けるはずがない」という思いが、声優の間にあるためだ。


 声優の福宮あやのさん(NAFCA事務局長)は、「生身の声優の芝居がAIに負けることはないと、私も思う」と同意しつつも、放置は危険だと考えている。


 「AIカバーを聞いて育つ新しい世代は、AI音声で満足してしまい、演技の良さを判断する耳を育てられなくなるかもしれない。野放しにするほど、AI音声が受け入れられる土壌を広げていくことになる。焦った方がいい」


 ただ、声優同士の意思統一も難しい状況だ。AIカバーは明らかな問題だと感じている声優がいる一方で、「ファンによる二次創作のようなもの。グレーゾーンだから触れたくない」という空気もあり、一枚岩になるのは難しいようだ。


 「声優仲間が重い腰を上げてくれない」と、声優の甲斐田裕子さんも言う。無断AIカバーを嫌がっている声優も、「訴訟を起こすような声優だというマイナスイメージがつくのを嫌がる」ためだ。「私には無理だけど、有名声優の○○さんが訴えればいいのに」などと言う人もいるそうだ。


●自らAIツールを出す声優も


 無断AIカバーは論外としても、公式のAIツールや音声合成ソフト開発には前向きな声優もいる。目的は、ビジネスや医療・福祉など、人それぞれだ。


 “正規の”声優AIでは、森川智之さんが「声優の新たな収益を生み出せる環境の実現を目指す」とし、自らの音声を再現するAIボイスチェンジャー「CoeFont」に声を提供。梶裕貴さんは、本人の歌声データを使った歌声合成ソフト「梵そよぎ」の製品化を目指したプロジェクトを進めている。


 「ニャンちゅう」役で知られ、ALS(筋萎縮性側索硬化症)罹患を公表している津久井教生さんは、病気の進行に伴う気管切開で声を失ったが、過去に収録していた自らの声のAI音声を使って発信を続けている。


●ゲームキャラのセリフ、AIがリアルタイムで話す時代に?


 他にも、声優事務所などが主導して、正規の声優AIを開発しようという動きがあるという。


 ツールの主な使い道として考えられるのは「人間の範囲を超えた部分」(福宮さん)だ。例えば、ゲームのキャラクターのセリフが、生成AIでリアルタイムに自動生成できる時代が来ている。


 事前にシナリオがある場合は声優が生の声を当てられるが、AI生成のセリフはそうはいかない。そんな時、生成されたセリフに声優AIの声を自動で当てる、といった用途に声優AIが活用できる可能性がある。


 声優の若い頃の声のボイスチェンジャーを作り、年齢を重ねても若い頃と同じ声で演技できるようにする、という用途も考えられる。


 数十年続く長寿アニメでは、キャラクターは歳を取らない一方で、声優は歳を取り声が変わっていく。だが、初期と同じ声で演技し続けなくてはならず、声のメンテナンスが難しい。そうした課題を、声優AIが解決してくれる可能性がある。


●“正規の声優AI”普及のためにも


 福宮さんも甲斐田さんも、業界で使用ルールを定めた上で、声優本人が合意・協力して作った正規のAIツールは、あっていいと考えている。


 「いろいろな声優さんと話をしていると、早く自分のAIを作って、自分ではなくAIに働いてもらいたいと言う人もいる」(甲斐田さん)ほどだ。


 ただ、無断AIカバーにより、AIボイスチェンジャー全体のイメージが悪くなると、正規のAIツールの開発・流通を阻害しかねない。甲斐田さんの所属する日本俳優連合には、声優たち以上に、開発元の企業やエンジニアから心配の声が寄せられているという。


 正規のAIツールを普及させていくためにも、現行法での声の守り方を検討するとともに、立法を進めていくことや、正規ツール開発時に、声の持ち主とどういう契約を結び、対価をどう戻していくか、またその使用方法や使用範囲に関する業界ガイドラインを策定するのか――議論すべきことは多い。


 対価の面では、正規の声優AIで作られた様々な作品やサービスを認定、管理して、利益を還元しやすくする仕組みの検討も始まっているという。


 急速に普及し始めた声のAIを、誰もが気持ちよく使いながら、声の主にメリットがある仕組みをどう構築していくか。環境整備を急ピッチで進めるべき時が来ている。


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  • 人間がAIに敗北してるな〜 対策が進化に追いついてない
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