適切だったJR西日本の「早期運休判断」 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

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2014年10月16日 14:41  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

 台風19号の上陸に備えて、JR西日本が早急に運休を決定したことに対して賛否両論があるようです。具体的には13日の午後から順次運転本数を減らし、午後4時以降は京阪神の全線で運休をしたのですが、この方針を「13日のお出かけは控えてください」と「前日の12日に予告」して呼びかけた、確かにこれは日本ではあまり前例のない対応でした。


 この問題を評価するには、具体的な過去の経緯を考えておいたほうが良いと思います。5点掲げておきます。


 1つ目は、国鉄民営化直前の1986年12月に、山陰本線にある有名な余部鉄橋(兵庫県美方郡香美町)で発生した事故の問題です。この事故ですが、鉄橋を通過中の客車が最大風速33メートル(m/s)の突風にあおられ、機関車以外の客車の全車両が台車の一部を残して転落するという惨事となりました。


 転落した客車は橋梁の下にあった工場と民家を直撃し、亡くなった車掌を含めて6名の死者を出すという大惨事になりました。原因は風速計の故障と判断ミスであり、結果的に橋梁は架替えとなりました。この事故に関しては、今でもJR西日本は当事者意識を忘れていないと思います。


 2つ目は、2005年4月に兵庫県尼崎市で発生した福知山線の事故です。遅れを回復しようと焦った運転士のミスにより高速での脱線事故となり、死者107人、重軽傷562人の大惨事となりました。JR西日本という企業はこの事故の責任を今でも背負っているので、人身事故を起こしてはならないという「厳し目の判断」をするのは当然だと思います。


 3つ目は、今年の豪雨による広島市の土砂災害です。この土砂災害でJR西日本の可部(かべ)線が被害を受けました。実際の土砂崩れの発生は午前3時台で乗客への直接の被害はありませんでしたが、記憶に新しい鉄道被災の例です。こうした土砂災害への警戒を高めることには、JR西日本は強い当事者意識を持っていて当然だと思います。


 4つ目は、これはJR西日本の管轄内ではありませんが、一週間前の台風18号では、JR東海管内の東海道本線の由比=興津間で土砂崩れがあり、貨物の大幹線が上下線不通になるという災害がありました。突貫工事で今週には復旧にはいたったものの、これも記憶には新しいところです。


 5つ目は、これはJR東日本の問題ですが、今年2月の大雪で山梨県内の中央本線で特急などが立ち往生し、計1000人以上の乗客が数夜にわたって車内に閉じ込められた事件がありました。鉄道史上重大な事件であり、JR各社は類似の「乗客の車内閉じ込め」が起きないよう強い問題意識を持っていると思います。


 今回のJR西日本の決定の背景としては、特にこの「万が一の事態の際に車内閉じ込めを防ぐ」ということが発表されていますが、それはこの山梨の事件も意識しての判断だと考えられます。山梨のケースでは、幸い生命に関わるような問題は起きませんでしたが、この「閉じ込め」というのは、場合によっては深刻な結果をもたらす危険性が十分にあるからです。


 ところで「予告の上、風雨が強まる前に全面運休する」というのは、アメリカの公共交通機関では定着している対応です。例えばニューヨーク市の地下鉄の場合は、2011年のハリケーン「アイリーン」の際は、事前に全面運休や強制避難を行ったにも関わらず被害が軽微であったために、当時のブルームバーグ市長は批判を受けました。ですが、12年の「サンディ」の際には批判覚悟で同様に「事前運休」を徹底した結果、地下鉄への浸水という大被害にも関わらず公的交通機関における死傷者はゼロに抑えられ、車内閉じ込めなどの事例も回避されています。


 ちなみに、飛行機は頑張っているのに、鉄道が運休するのはおかしいという議論もあるようですが、航空機の場合は巡航高度においては「台風のような地表に近い天候の異常」の影響は軽微です(積乱雲発生の場合は除く)。また、離陸時にはエンジンの出力で強い揚力を発生させていますから、多少の強風でも上がることはできます。


 問題は着陸時で、着陸の際に強風がありますとランディングは大変に困難になります。横風に煽られては大変に危険ですし、機材の大小、種類によって着陸可能な風速・風向というのは厳格に決められています。


 いずれにしても、航空機の場合の欠航は企業の判断というよりも、機種ごとのレギューレーションと気象条件、管制の判断などで自動的に、そして個別に決定されるのです。反対に鉄道の場合は、線路という閉じていながら複雑に繋がったシステムですから、総合的に広域圏での判断も必要になるのです。


 ところで、今回のように毎度毎度「早めの運休」を行うようでは、マイナスの経済効果が無視できないという議論もあるようです。もちろん日本に多くの「中付加価値の製造業」が残っているのであれば、気象条件のために交通機関がマヒして、操業時間が短縮になれば、それはそのまま経済へのマイナス効果となるでしょう。ですが、現在の日本経済はそうした段階は過ぎています。


 生産拠点の多くは海外に移転されており、国内では開発と管理・調整の機能など抽象的な頭脳労働が主となっているわけです。そうした社会であれば、数日前から予測の可能な台風という種類の天災への備えは可能なはずです。むしろ、他の天災や人災的な問題と比較して、台風というのは計算しやすいものではないかと思います。もっと言えば、予定外の事象が発生した際の応用力、柔軟で現実的な対応力というのは、ポスト産業化の時代には重要なビジネススキルであると思います。


 強風と豪雨による被災を回避するという行動は、具体的に人命が危険に晒されるリスクの回避であり、心理的な「安心確保」で済むレベルの問題ではありません。今回の判断は鉄道事業者として正当であり、むしろ、今後はこのような対応が標準となるべきでしょう。




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