コンピューターが消費している電力は大きい。スマートフォンも同様だ。その消費量を低く抑えることができれば、消費電力の大幅な削減が可能になり、温室効果ガスの排出削減にも効果が大きいのではないだろうか?
これまでコンピューターの大幅な省エネ化が可能になったという話はあまり聞かなかった。しかし、それが可能になるかもしれない新しいアイディアをアメリカ・スタンフォード大学の研究者が開発している。
コンピューター内でも光回線
スタンフォード大学のJelena Vuckovic氏は、コンピューターのチップ間でやりとりされるデータの送信方法を変えることで、コンピューターをさらに速く、より効率のいいものに改良しようと考えている。
現在、コンピューターの中では、電気の流れによってデータがやりとりされている。その方法はエネルギー消費が大きい。無駄なエネルギーが熱に変わって空気中に放出されていることからも想像できるだろう。ノートパソコンを使っていると、だんだん温かくなっていくのは、それが理由だ。
数年前、同僚のDavid Miller氏が、コンピューターにおけるエネルギー消費を詳細に分析したのですが、その結果は驚くべきものでした。マイクロプロセッサーが消費するエネルギーのうち最大で80%が、インターコネクトとよばれる配線上でデータを送る際に消費されていたのです
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と、Vuckovic氏はいう。
そこで、Vuckovic氏らの研究チームは、電気に代えて光でデータをやりとりする新しい手法を『Nature Photonics』に発表した。
現在、インターネットは光ケーブルでつながっていることが多い。それをコンピュターの中にも構築しようというのだ。
光学的な伝達は、電気による伝達よりもずっと消費エネルギーを抑えることができます。しかも、コンピューターチップのスケールでは、約20倍もの量のデータを伝えることができるのです
と、研究チームのAlexander Piggott氏はいう。
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可視光線に対してガラスが透明であるように、赤外線に対してシリコンは透明なので、理論的にはシリコンのインターコネクトで、電気配線を置き換えることができるようになるはずだ。
シリコン・プリズムで光を分ける
従来、光学的インターコネクトは、一度にひとつしか形成できなかった。しかし、ひとつの電子システムにおいては、何千もの接続が必要になる。それだと光学伝達は実用化できない。そこで、スタンフォードの研究チームは、その問題を乗り越えるアイディアを考え出した。それが、『逆デザイン・アルゴリズム』というものだ。
その名のとおり、このシステムにおいては、設計者はまず光学回路でなにをしたいのかを先に決定する。そうすると、そのために必要なシリコン構造物の作りかたを、ソフトウェアが考え出してくれるというものだ。
そのシリコン構造体とはどういうものか。これは、プリズムが可視光線を虹色に分解するように、シリコンが赤外線を屈折させることができることを利用したものだ。
上の画像を見てほしい、左から入った赤外線の光は、アルゴリズムが決定したデザインでカットをほどこされたシリコンによって屈折し、ふたつの波長の光に分けられて右から出てくる。つまり分波器だ。実際には、これは“ちり”ほどのサイズで実現できるという。
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スタンフォードのアルゴリズムで作られたシリコン構造体は、20本並べても人間の髪の毛の直径のなかに収まるという細いものだ。それらのシリコン構造体は、特定の波長の赤外線を特定の位置に送ることができる。つまり、電気の配線と置き換えて使うことができる。
『逆デザイン・アルゴリズム』で作られたパターンを実際のシリコン片に施すのは、ごく普通の工業技術でできるという。
研究チームは、このアルゴリズムを使って光学回路を実際にいくつか製作した。それはまだ完全な状態ではなかったにもかかわらず、問題なく動作したという。
「私たちの製作工程は、商業的な製造工場ほど精密ではありません。それでもこれだけのものができたということは、最新の設備を使った工場なら、より簡単に大量生産ができることでしょう」と、Piggott氏はいう。
幅広い帯域の光学伝達技術を含むこの『逆デザイン・アルゴリズム』は、コンパクトな顕微鏡システムや量子通信など、さまざまなものへの応用が期待されるという。
これはまだ基礎研究の段階という感じだが、これが実際にコンピューターに採用されるようになり、期待どおりの性能を発揮してくれたとしたら、コンピューターはさらに計算速度が速くなり、それでいてエネルギー消費量は少なくなる。
スマートフォンの電池切れ問題を解決してくれるのは、バッテリーの技術革新ではなく、こういった伝達回路の技術革新かもしれない。