ダン・アリエリーが示す「信頼される企業」の5要素

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2016年04月14日 16:11  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

 20世紀の海運王であるギリシアのアリストテレス・オナシスは、「ビジネスを成功させる秘訣は、誰も知らないことを知ることだ」と言った。これは一つの真理には違いない。だが、今ではインターネットのおかげで、情報を手に入れることが当時と比べて格段にたやすくなった。情報が「ガラス張り」ともいえる現代のビジネス環境では、「誰も知らないことを知ること」は非常に難しい。


 そのような状況では「信頼」こそが重要だ。「信頼」は、現代の私たちの新しい「通貨」ともいえる。  


 人間は生まれながらに互いに「信頼」し合う生き物だ。誰もが、ちょっとトイレに行くときに荷物を見張ってもらったことや、家を留守にする際、ご近所に一声かけて出かけた経験があることだろう。他者への「信頼」が、人間の性質としてもとから備わっているからこそ、eBayやAirbnb、Uberのような新しいビジネスが成功しているともいえる。


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 人が互いに「信頼」し合う生き物であることを示す、興味深い実験がある。被験者は見知らぬ人とペアになり、10ドルを渡される。そしてその10ドルを自分で持っていてもいいし、一部をペアとなるパートナーに渡してもいい、と伝えられる。お金を渡されたパートナーは、渡された金額の3倍を受け取ることができる。そして、そこから好きな金額を渡された相手に返すことができる、というのが実験のルールだ。


 経済理論からいうと、渡す側は自己の利益を確保するため、いくら返してくれるかわからないパートナーには、お金を1ドルも渡さない選択もできる。しかし実験では、大半のケースで相手にお金を渡すことが判明した。それだけではない。パートナーは信頼に応えて、約半数が、渡された額より多い金額を返したというのだ。


 この結果は、不合理に見えて実は理にかなっている。信頼し合えるコミュニティーで生きることは、自身の生存にとって有利に働くからだ。


 個人同士であれば、このような信頼関係を成立させるのは、さほど難しくないかもしれない。しかし、相手が企業だとしたらどうだろう。信頼を築くのは、個人同士よりもずっと厄介なものとなる。なぜなら、企業は、"顔の見えない"存在だからだ。


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 逆に、企業側が顧客と信頼関係を築くにはどうすればいいだろうか。ここで重要となる要素が5つある。「長期的な関係」「透明性」「意図」「報復」「動機との合致」だ。


(1)長期的な関係


 経済学者・社会科学者のジェームズ・アンドレオニ教授とジョン・ミラー教授は、他者への信頼には「人間関係の長さ」が影響することを証明した。


 有名な心理学の実験「囚人のジレンマ」で、被験者は自分の利益だけ考えて自分だけ自白することも、パートナーと協力して黙秘することもできる。もし2人が協力してどちらも黙秘すると、2人の刑期はそれぞれ1年となる。もし一方が自白、もう片方が黙秘した場合、自白した人は釈放、黙秘した人は懲役20年となり、黙秘した側が損をする。


 2人の教授は、この「囚人のジレンマ」で、同じパートナーと組んでテストを繰り返した場合と、1回ごとにパートナーを替えた場合とを比較した。


 結果は、パートナーを替えずテストを繰り返した場合の協力率は63%、1回ごとにパートナーを替えた場合は35%だった。人は、人間関係が長く続くと思うほど、相手を信頼するようになるのだ。


(2)透明性


 心理学者ポール・エックマンの研究によれば、嘘発見器でさえ人間の嘘を見逃すことがある。嘘発見器は、人間の感情的な反応を検出して嘘かどうかを判断する。しかし、人間という生き物は、嘘をつく時に、全く感情を表に出さないこともできるのだ。さらに、他の研究によると、人の嘘は嘘発見器に頼らずとも、簡単に見抜けるという。相手が口ごもる頻度を追っていけばいいのだ。


 いずれにせよ、嘘を頻繁につくことで、人の信頼はたやすく崩れることになる。したがって、企業は顧客に対して嘘をつかず、いかに「透明性」のある存在であるかを知らしめることが重要になる。舞台裏までさらけ出すことで顧客は安心するのだ。


 バークシャー・ハサウェイ社(ウォーレン・バフェット率いる投資持株会社)の株主向け年次報告書が好例だ。同社は株主に、前年度の"失敗"を説明することから始める。失敗を包み隠さず、嘘やごまかしをしないことで、株主は他の情報を含め会社全体を信頼するようになるのだ。


 


(3)意図


 コンサルタントであり、多くの著作もあるサイモン・シネックの「TEDプレゼン」は大人気であり、とてつもない再生回数を誇っている。彼はプレゼンにおいて、「何をするか」の前に、「なぜするのか」を説明する。それがシネックの、聴衆にインパクトを与えるテクニックなのだ。何かを伝えるときには、「意図」を明らかにすることが、きわめて重要だということだ。


 受け取る私たちが、伝える側の「意図」に注目するのは、「共通するもの」を見つけたいからだ。人は、自分に似たことを考えている人と一緒にいると、快適さを感じる。相手が何かをするときの「意図」を明らかにすれば、その「意図」と自分が考えていることを照らし合わせて、「共通点があるか」を判断できる。


「意図」を顧客にうまく伝えることに成功している企業の事例を紹介しよう。『ニューヨーク・タイムズ』紙は、2003年から「パブリックエディター」という。読者とのパイプ役に専念するポストを設置している。パブリックエディターは、同紙のお目付け役となり、読者からのメールなどに目を通したうえで、そこに書いてある意見を編集部に伝える。パブリックエディターなる存在が同紙の活動の「意図」を監視し、第三者の視点から意見を述べることで、読者との信頼構築につなげているのだ。


(4)報復


 意外かもしれないが、「報復」という行為は信頼構築に大きな役割を果たす。たとえば、顧客がクレームをコメントできるオンラインツールを用意する、というのはどうだろう。それがあれば、企業側に何かミスがあった時に、顧客は気軽に「報復」することができる。企業はその「報復」に対し、何らかのお詫びの無料サービスなどを用意する。その対応が、クレーム客にとって十分に納得できるものであったならば、彼の企業への信頼感はかえって強まることだろう。


(5)動機との合致


 レストランのウェイターが「本日のチキンは少々ぱさついております」と告げて、値段の安い別のメニューを勧めたらどう感じるだろう? 自分たちの利益より、顧客に利益をもたらすことを優先するような対応は、信頼を得るのに十分な効果がある。そんな対応をされたら、いつもより多くチップを渡すしかないではないか。


 米国にある保険会社プログレッシブ社は、自社の保険に加えて他社の保険も表示するリコメンデーション機能を用いることで顧客の信頼を得ている。顧客にとって保険商品を選ぶ動機は「できるだけ安く、安心を買える」ことだろう。そうした顧客の動機に、企業側の行動を合致させる。そうすると、ときには自社の利益にならないかもしれない。それでも顧客の動機に合わせることで、顧客はその企業への信頼を強めることになるのだ。


[執筆者]


ダン・アリエリー Dan Ariely


米デューク大学教授で、行動経済学研究の第一人者。著書に日本でもベストセラーとなった『予想どおりに不合理』(早川書房)などがある。




ダン・アリエリー ※編集・企画:情報工場


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