元アメフト選手が見せるALS患者のリアル

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2017年09月07日 11:32  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<わが子に宛てたビデオ日記から始まったドキュメンタリー映画『ギフト 僕がきみに残せるもの』>


「彼はピーター・パンみたいな人だった。若くて、自由奔放で、すごくハンサムで頭が良くて。精神的なものに興味があったり、トラックを植物油燃料で走らせたりと、普通のスポーツ選手とは全然違っていた」


アメリカンフットボールの元人気選手スティーブ・グリーソン(40)の妻ミシェル・バリスコは、恋に落ちた理由について、本誌の取材にそう語った。その後に彼が経験することになる過酷な変化を、2人は共に乗り越えてきた。


グリーソンは08年、NFLのニューオーリンズ・セインツを引退。3年後にALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断された。認知能力は残るが運動神経が少しずつ侵され、体を動かすことも会話も呼吸もできなくなる難病だ。人工呼吸器がなければ平均余命2〜5年と言われる。


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診断後間もなくミシェルの妊娠が判明。今の自分を記録しておきたい、父親として子供に伝えるべきことは伝えたい――そう考えたグリーソンは、わが子に宛てたビデオ日記を撮り始める。それに、友人2人が一家を撮影した映像を合わせてできたのがドキュメンタリー映画『ギフト 僕がきみに残せるもの』だ(日本公開中)。


それは病と闘う人間の強さだけでなく、葛藤や対立、病の進行も容赦なく見せつける。グリーソンの場合、腕などの筋肉がちくちくするのが症状の始まりだった。愛らしい息子リバースの成長と反比例するように、やがて自力で動けず、ろれつが回らず、便も出せなくなっていく。絶望のあまり何かを殴りたいのにできず、涙ながらに大声で叫ぶ姿には胸が締め付けられる。


ミシェルは持ち前の大らかさで彼を支えるが、体が利かなくなっていく姿を見るのは耐え難かったと話す。「今の彼は、失うべき機能は全て失った状態。視線入力と音声合成の機器でコミュニケーションしているが、肉声による会話はできない。肉体的な触れ合いがなくなってしまったことも私にはつらい」


それでも2人は前を向き、やるべきことをやっていく。ALS患者への支援活動を行う非営利団体チーム・グリーソンを設立し、音声合成機器に保険適用を認めるスティーブ・グリーソン法も実現させた。多くの患者や家族にとって彼はヒーローだ。


『ギフト』の公開は人々の心をさらにつかんだ。「介護をする人々が、『カタルシスを感じた』『ALSの現実を見せてくれてありがとう』と言ってくれたのが何よりうれしい」とミシェル。介護者だってもがき、ありのままの自分でいていいと映画は教えてくれる。彼らも患者と同じくらい大変なのだから。


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誰もが共感できる場面も


4年間に撮った1500時間もの映像から選んだだけあって、印象的な場面は数え切れない。息子の誕生時のたまらなくうれしそうな顔。信仰をめぐって父親に抗議し、泣き崩れる姿。スカイダイビングの場面に重なる「僕の未来は過去よりも実り豊かになるだろう」という言葉。どのグリーソンも忘れ難い。


ミシェルに対して、「君には僕への思いやりがない。全てが雑だ」となじる寝室の場面にはALS患者でなくても共感し、自らの経験と重ね合わせるだろう。「かなり個人的な場面で、映画に入れるべきか本人は迷っていた。でも私は『いいところだけ見せるのは現実と違う』と主張した」とミシェル。「あの場面のおかげで、映画が素晴らしいものになったと思う」


この言葉に、多くの人は強くうなずくはずだ。


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[2017.8.29号掲載]


大橋 希(本誌記者)


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