街を行き交う人々。職場や組織内では管理職をめぐる悩みも多い(撮影/写真映像部・加藤夏子) 約6割が「管理職」に昇進したいと思わない──。目標であり、出世のための階段とされてきた管理職が揺らいでいる。責任の重さ、長時間労働、部下との関係。その憂鬱さ、つらさを訴える声が聞かれる。打つ手はないのか。AERA 2023年3月27日号の記事を紹介する。
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【管理職 官公庁・企業・学校などで、管理または監督の任にある職。また、その任にある人】
辞書に載っている管理職の定義だ。かつては、出世コース上にあるとされ、多くの人が同期や先輩を出し抜き、我先にと目指したポジションに異変が起きている。
厚生労働省の「労働経済白書」(2018年版)によると、役職に就いていない職員や係長・主任相当の職員で「管理職に昇進したいと思わない」のは61.1%。「管理職以上(役員含む)に昇進したい」の38.9%を大きく上回っているのだ。
厚労省の元労働局長で、事業創造大学院大学の浅野浩美教授(キャリア論)は、
「管理職は、責任が重くなり、長時間労働になるので避けたいと考える傾向が強まっています。また、強く言えば、ハラスメントだと訴えられる可能性だってある。マネジメント力に自信がない人は手を挙げなくなっている」
と説明する。
■「死にたい」と思った
その言葉を痛切に受け止めるのは、東京都内のメディア関連会社員の男性(59)だ。21年、勤務先の副社長を自ら降りた経験がある。
副社長になって4年目のことだ。海外にいることが多い社長に代わって実質的な経営の指揮を執っていたが、相次ぐ新興メディアの台頭で業績が急速に悪化。ギスギスしていく社内の雰囲気が全身に突き刺さるうちに、次第に心のバランスを失ったという。男性は、
「なんとか出社はしていましたが、毎日死にたいと思っていた。限界でした」
と話す。うつ病と診断され、心療内科に通った。他の役員が「しんどいでしょう」と声をかけてくれた時、素直に降格人事を受け入れたという。
同じ頃、信頼し、評価していた部下のひとりからパワハラで訴えられた。
育てようという一心で叱咤激励しながらも、家族のように親しく付き合っていたが、部下には受け入れてもらえず、会社からは懲戒処分を受けた。
「ショックでしたね。約15年前に初めて管理職になった当時は、違う景色が見えたような気がして、高揚感がありました。優秀な部下とともに日夜問わず夢中で働き、休日は自宅に招いて食事会もしていたのに。自分にはリーダーシップがあると思っていただけに、コミュニケーションの取り方に悩むことが増えました」(男性)
20年に実施された厚労省の「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、過去3年以内にパワハラを受けたことがあると回答した人は31.4%。声をあげやすい環境が整いつつあるということでもあるが、前出の浅野教授は、こう指摘する。
「管理職は、部下の指導によりきめ細やかさを求められるようになりました。その上で、自分の仕事をこなしながら、この変化の激しい時代に職場のパフォーマンスも上げなければならない。大変なことばかりに見えて、敬遠されてしまうのは仕方がない面があります」
■変化している意識
働き方の変化も「管理職離れ」を加速させている。
例えば、この5年ほどで急速に広がっている「ジョブ型雇用」。会社があらかじめ職務(ジョブ)と賃金を定め、それに見合う技能をもつ人を雇う制度だ。社員は原則その職務以外はせず、年齢が上がっても賃金は増えないとされている。働き方評論家で千葉商科大学准教授の常見陽平さんは、
「昇進はキャリアの断絶だと考えられるようになりました。管理職になることは、必ずしも好意的にとらえられていません。自分のやりたいこと、深めたいことを仕事にしたいと考える人が増えました。管理職になるということは、それまで夢中になってやっていたことができなくなるということです」
と話す。昇進や昇格は、仕事ぶりを評価されているからこそであり、会社からの期待の表れのはず。しかし、
「キャリア形成に対する人々の意識が変化しているということです。さらに、かつては部下といえば『男性新卒プロパー』しかいなかった企業で、非正規雇用、テレワーク、時短勤務など、雇用形態や勤務形態、給与も千差万別な部下をまとめる必要が出てきた。負担を感じる人は多いでしょう」(常見さん)
共働き家庭が増えたことも、管理職に対する意欲に影響を与えているようだ。
静岡県のメーカーで働く男性(60)は、かつて班長として部下を抱えていた時期があるが、課長への打診を断ったことがある。当時、45歳。とても忙しく、まだ保育園児だった2人の子どもの世話は、金融機関でフルタイム勤務をしている妻に任せがち。長期の海外出張に行った時に、妻が精神的にまいってしまったこともあったという。男性は、
「会社からはコストダウンを厳命されていたけれど、人を減らすことしか解決策がない状況だった。その分の仕事は、管理職がカバーしなければならないことは明らか。私がこれ以上忙しくなれば、妻が倒れてしまうと思いました」
と振り返る。妻が仕事を続けることを希望したことに加えて、右肩下がりの経済状況を考えると、共働きを続けられる「持続可能な働き方」を夫婦ともに選択する方が賢明だと判断したという。以来、イチ社員として定年までを過ごし、現在は再雇用の身だ。あの時の判断について男性は、こう話す。
「後悔は全くないです。管理職になっても、たいして給料は上がらない。休日もない状態で働き続けていたら、私自身の心身も家族もボロボロになっていたでしょう」
常見さんは、若い世代を中心に同様の価値観が広がっているとし、
「ストレスなく続けられるということは、働き方のひとつの答え。偉くなるより、一人前になりたいと考え、その選択ができるようになった」
と時代の変化を評価する。
けれど、管理職になりたくない人ばかりになると、組織が立ち行かなくなってしまうケースも出てくるだろう。打つ手はないのか。突破口になるかもしれない興味深いデータがある。
■意欲が高いのは
21世紀職業財団(東京都)が22年、従業員101人以上の企業に勤務している20〜59歳の正社員男女4500人を対象に行った調査によると、「管理職になりたい」割合は、総合職男性24.8%、総合職女性12.0%と、男性のほうが高かったが、「管理職に推薦されればなりたい」との回答は男性31.3%に対して女性は33.2%。わずかに、女性が上回っているのだ。
事業創造大学院大学の浅野教授は、
「上を目指したい気持ちのある女性は多いけれど、躊躇(ちゅうちょ)があることがわかる。自信が持てなかったり、子育てや夫との関係などを考えてしまったり。甘えているように見えるかもしれないけれど、その一方で、推薦されるなど後押ししてくれる理由があれば、管理職をやろうという女性はいるのです」
と話す。
また同財団の別の調査では、女性は男性に比べて、年齢が上がっても仕事への意欲が衰えないこともわかっている。内閣府によると、民間企業の女性管理職比率(課長相当職)は21年時点で12.4%だが、管理職のなり手不足に悩む企業は、この女性たちの意欲を見逃す手はないだろう。
「男女問わず、働く人は上司の言葉、態度、雰囲気で自分が評価されているか否かを感じ取り、それがやる気につながる。性別に基づくアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)を取り除き、今こそ企業は本気を見せる時です」(浅野教授)
(編集部・古田真梨子、小長光哲郎)
※AERA 2023年3月27日号より抜粋