「狂う」「原罪」「孤独」……BUCK-TICK櫻井敦司が多用した言葉 三島由紀夫、京極夏彦、小説家からの影響

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2023年10月31日 07:01  リアルサウンド

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 10月19日のライブ中の体調不良で救急搬送され、脳幹出血により57歳で急死した櫻井敦司。BUCK-TICKのボーカルであり多くの曲を作詞した彼は、独自の世界を持つアーティストだった。ここでは故人をしのび、その詞世界をふり返ってみたい。


  今年4月にリリースされ、結果的に櫻井が歌ったBUCK-TICKの最後のアルバムとなった『異空-IZORA-』を聴き直してみる。「狂う」、「原罪」、「孤独」、「ダンス」、「殺し」、「眠る」「楽園」、「夢」、「幻」、「太陽」……。収録曲には、これまで櫻井が作詞する際に繰り返し使ってきた言葉の数々があった。


  1987年にメジャーデビューしたBUCK-TICKは、ギターの今井寿がすべての曲と大部分の詞を書く体制でスタートし、初期の櫻井は一部を作詞するにとどまっていた。詞に対し櫻井が本腰を入れ、多くを書くようになったのは3作目『SEVENTH HEAVEN』(1988年)以降である。デビューから5年後、成長した彼らが既存曲をリメイクした『殺シノ調ベ This is NOT Greatest Hits』(1992年)は、自分たちの持ち味を確認する機会となり、その後の活動の基盤となる音楽性を築いたといえるだろう。この頃には、原稿の冒頭で掲げた櫻井好みの言葉たちが、ほぼ歌のなかに出揃い、彼の詞世界も最初の確立をみせていた。


  メンバーがメイクをし、髪を立て、派手な見た目でデビューしたBUCK-TICKは、X JAPANと並べてビジュアル系の草分けと紹介されることが多かった。実際には両者のサウンドはかなり異なるが、非日常の世界を夢想する点は共通していた。櫻井の詞を短く表現するなら、ダークで背徳的な世界観となる。メンバーが黒っぽい衣裳を着ていたため、BUCK-TICKはゴスのイメージも強かった。ジャン・リュック・ゴダール監督の映画『気狂いピエロ』を見て作詞し、シャルル・ボードレールの同名詩集からタイトルをつけた「悪の華」(1992年)などが、当時の代表的な曲だろう。


  櫻井自身が『狂った太陽』(1991年)全体の詞を村上龍の小説『コインロッカー・ベイビーズ』のようだと語り、「青の世界」(『darker than darkness -style 93-』1993年)は大友克洋のマンガ『AKIRA』からだと着想の源を明かしたケースもある。「GUSTAVE」(『No.0』2018年)はヒグチユウコのマンガ『ギュスターヴくん』、「ダンス天国」(『ABRACADABRA』2020年)は三島由紀夫『仮面の告白』からモチーフを得ていた。


  また、「SOLARIS」(『RAZZLE DAZZLE』2010年)に関してはスタニスワフ・ラムに同名のSF小説があり(映画化されている)、「サロメ-femme fatale」(『No.0』)はオスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』、「Ophelia」(同)はウィリアム・シェイクスピア『ハムレット』のヒロイン、オフィーリアとの関連を想像させる。「鏡よ鏡」と唱える「愛のハレム」(『異空-IZORA-』、「太陽とイカロス」(同)のように童話や神話を素材にした曲もあった。作詞に関しては、先行する様々な作品からヒントを得てきたようだ。


  櫻井は、よく読むものとして前述の三島由紀夫以外に京極夏彦、綾辻行人、沼田まほかるなどホラー、ミステリー系の作家をあげており、ゴシックな世界を軸にしたボーカリスト、作詞家らしい好みを示していた。


  また、『破局』で芥川賞を受賞した遠野遥が、櫻井の子であるのは知られている。「文藝」2020年冬季号で父子が対談した際、櫻井は遠野のデビュー作『改良』の感想として「ショッキングでした。でもそれは決して嫌いなものではなくて、むしろ僕が好んで触れる芸術に近いものだったので、刺激的でした」と語っていた。『改良』は、男子大学生が女性の格好をして美しくなるために努力する内容であり、BUCK-TICKファンならば櫻井が歌の主人公「僕」にドレスをまとわせた「ドレス」(『darker than darkness -style 93-』)を連想するかもしれない。


  櫻井は、父子対談で「『破局』を読んだ後、主人公の虚無感みたいなものが残りました。それは僕のなかの虚無感と響き合って、何かを熱烈に抱きしめたいほどなのだけど、抱きしめてみると虚無しかない」とも話していた。それに対し、遠野は櫻井のなかに虚無があるのは意外だと反応していたが、発表されてきた歌詞の数々を読むと、確かに一貫して虚無が流れているように感じる。現実を空しく思い、非日常や夢想、我を忘れる熱狂を求める傾向があるように受けとれるのだ。


  櫻井の歌詞について、先にダークで背徳的な世界観と書いた。彼はそうしたトーンの詞を主流としながら、甘いラブ・ソングや、もっとざっくばらんにその時々の思いをぶちまけるような曲、悪戯めいた言葉遊びも歌ってきた。「デタラメ野郎」(『Six/Nine』1995年)や「見えない物を見ようとする誤解 全て誤解だ」(同)の破調ともいえるタイトルに現れている通り、あえて形を整えようとしなかった詞もある。そのようにボーカリストとして作詞家として様々な変化をみせながら、バンド・デビュー35周年を迎える音楽生活を送ってきた。


  ただ、これだけ長いキャリアがあるボーカリストにしては、バンド外での活動は少なかった。ソロおよびソロ・プロジェクトでは、わずかな作品しか残していない。35年間、解散せず、メンバー交代がなかったBUCK-TICKの一員として、音楽人生の大部分を過ごしたのだ。それは、ギターの今井寿が音楽作りの中心になってスタートしたバンドにおいて、やがて櫻井が詞の大部分を書くようになり、もう1人のギタリストである星野英彦も曲を作り出すという変化を経たうえでの歩みだった。


  今井はBUCK-TICKの中心として、歌謡曲的でキャッチ―なメロディを書く一方、インダストリアルやテクノの手法を導入してノイズを発し、近未来的な世界観のサウンドを打ち出したりする。今井はサイバーパンクSF的な詞を書くかと思えば、「相変わらずの「アレ」のカタマリがのさばる反吐の底の吹き溜まり」(『Six/Nine』)なんてタイトルの曲を作り自身で歌うなど、かなり思い切ったこともするアーティストだ。彼が実験に走れば、星野がポップで親しみやすい曲を作ったりする。


  彼ら独自の世界観がありつつ、内容に振幅があったのがBUCK-TICKの強みであり、長年続けられた理由でもあった。サウンドの多様さに反応して、櫻井はシリアスな言葉も、冗談のようなフレーズも発してきた。ファンは、バンドの一体的な音楽を楽しんできたのだ。だが、櫻井の死によって、彼らの相互作用の歩みは、突然止まってしまった。残念でならない。


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