前田敦子「三島監督でなければ断っていた」 三島有紀子監督「プロポーズするような気持ちで前田さんにオファー」 相思相愛の初顔合わせが生んだ入魂作『一月の声に歓びを刻め』【インタビュー】

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2024年02月09日 12:50  エンタメOVO

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『一月の声に歓びを刻め』(左)前田敦子<ヘアメイク:高橋里帆(HappyStar)、スタイリング:有本祐輔(7回の裏)>、(右)三島有紀子監督

 『幼な子われらに生まれ』(17)、『Red』(20)などの映画で知られる三島有紀子監督が、自らの体験に基づいて作り上げた『一月の声に歓びを刻め』が2月9日から全国公開となる。三つの島を舞台にした物語のうち、大阪・堂島のれいこを演じるのが、前田敦子。大阪の街角で繰り広げられるれいこの物語からは、相思相愛の初顔合わせが実現した2人の並々ならぬ気迫が伝わってくる。その入魂作が誕生した経緯を、2人の対話から探る。




−本作は、三島監督が幼少期に経験した性被害をモチーフにした作品で、れいこには三島監督自身の思いが色濃く投影されているということで、前田さんが出演を決意するまで、1カ月ほど悩んだそうですね。

前田 三島監督でなければ断っていたと思います。監督ご自身のつらい体験に基づく作品ということで、自分がその思いを背負いきれるのか、だいぶ自問自答しましたから。

三島 自主映画なので、当初は製作費のめども立たず、配給も公開日も決まっていなかったんです。そんな状況でわれわれと同じ思いでこの作品に向かってくださる方は…と考えた時、真っ先に思い浮かんだのが前田さんで。

前田 そういう作品に対する三島監督の思いもお聞きして、ここでご一緒できることにも意味があるのかなと。三島監督とご一緒することは、以前から同じ女性としても大きな目標でしたから。というのも、女性の映画監督でこれほど力強く歩んでいらっしゃる方は少ないですし、ご一緒したことのある役者の皆さんから、すてきな監督だと伺っていたので。

三島 私も元々、前田さんとご一緒したいと思っていたんです。出演作を拝見し、インタビューなどを読む中で、前田さんは映画だけでなく、映画制作に携わる人まで愛している方だと感じて。一緒に悩みながら作るって映画では大事なことかと思います。

前田 さんざん悩んだ結果、その間、変わらずに待っていてくださった三島監督の広い懐に飛び込んでみようと、最終的にお引き受けしました。

三島 でも私も最初は、前田さんに引き受けてもらえる自信はなかったので、とにかく台本をお渡しして、お願いしてみよう、という感じでした。それこそ、プロポーズするような気持ちで(笑)。

前田 本当ですか!?

三島 実はそうだったんです(笑)。

−れいこが過去の性被害とその心情を告白するシーンは、胸が詰まる思いでした。撮影現場はどんな様子だったのでしょうか。

前田 現場で撮影前、監督が心をオープンにしていろんなことをお話ししてくださったんです。

三島 私が実際に被害に遭った現場で撮影したのですが、れいこは私自身とは異なるフィクションの存在なので、劇中のれいこがどんな体験をしたのか、1時間ほどかけてお話しさせていただきました。

前田 そのとき受け取ったものは、ただお芝居するのではなく、できるだけリアルに伝えないといけないなと思っていました。

三島 気が付いたら、前田さんが私の手を握ってくださって、2人で手をつないで歩きながら話をしていたらしいんです。ただ、私たちはそれを覚えていなくて。

前田 あとで「手をつないで歩いていましたよ」と言われ、「そうだっけ?」という感じで。

−おニ人の思いが重なった瞬間だったのでしょうか。

三島 つないだ手の中に、れいこが生まれたのかもしれませんね。それを見たスタッフや坂東(龍汰/トト役)くんが、「この映画にとって大事なものを、おニ人の姿から発見できました」と言ってくれたのは、うれしかったです。編集していた時もみんなが「れいこが心情を吐露するシーンは、2人の呼吸がそのまま映っているので、切れません」と。

前田 「お芝居していることを忘れたい」と思って挑んだシーンでしたが、そんなことを考える必要もないくらいで。

三島 あの時間を作ってもらえて、本当にありがたかったです。普通は、現場で説明に1時間もかけることは許されませんから。

前田 大切な時間をいただくことができました。

−劇中、れいことトトの会話に『息子の部屋』(01/カンヌ国際映画祭最高賞受賞作)という映画が登場しますが、これも意味のあるモチーフですね。

三島 『息子の部屋』は、息子を亡くしたカウンセラーが主人公です。この映画も「大切なものを失った人たちの物語」なので、その象徴として『息子の部屋』を引用しました。また、れいこと出会うレンタル彼氏のトトも、れいこにとってある種のカウンセラー的な役割を果たすので、その点も意識しています。

前田 監督に教えていただき、撮影前に『息子の部屋』を見ましたが、とてもセンスのいいすてきな映画でした。しかもそれが、亡くなったれいこの元恋人が好きだった映画ということで、そんな男性と付き合っていたれいこを理解するヒントにもなりましたし。







−『息子の部屋』と同様に、本作の根底に存在する「子どもに対する親の目線」は、これまでの三島作品にも共通するモチーフですね。

三島 私自身、特に意識しているわけではないんです。ただ、社会の最小単位である家族の中にある“血縁ゆえの違い”に以前から関心があって。

前田 一口に家族と言っても、みんなそれぞれ違いますからね。血はつながっているけど、違う人間だし…という葛藤は一生続くんだろうなと、私もよく考えます。

三島 日本では血縁の家族関係が重視されますが、今は“血のつながらない家族”というスタイルも見つけていくべき時代ではないのかなと。だから余計に、血のつながった人と、つながらない人を描きながら、そういう「家族みたいな関係」を見つめていきたいと思っているんです。それがひいては、日本人が長い間放置してきた「男性・女性含む性の問題」にもつながるのではないかと。

−本作を経験して、前田さんはどんな手応えを感じていますか。

前田 今回は、今までにない作品を皆さんと一緒に作ることができた感覚がすごくあります。私はこの世界に入ってもうすぐ20年ですが、自分がお芝居に求めているものが、とても難しいものなんだと、最近気付いたんです。慣れてくると、形にはまったお芝居をする方が、より多くの人に伝わりやすいと考えがちです。でも、それは私がやりたいことではなくて。それよりも、この作品のように、みんなと一緒にものごとを深く追求していく方が、性に合っている。そういう意味で今回は、私にとってとても意味のある経験ができました。

−ここで改めて伺いますが、三島監督は前田さんのどこに、れいこを見いだしたのでしょうか。

三島 劇中、れいこは元恋人のお葬式にやってくる形で登場し、日常生活は描かれていません。それでも、ただ悲しんでいるだけでなく、普段は営業の仕事をしながら、笑顔でたくましく生きているれいこの日常を感じさせてほしかったんです。また、れいこが自分のつらい過去と心情を吐露するまでの過程では、きちんと計算されたお芝居が必要なのと同時に、彼女が歩く街に吹く風や音、花の匂いといったその場の空気を全身で伝えてほしかった。そういう難しい条件をすべてクリアしてくれたのが、前田さんでした。

−今のお話を伺い、前田さんがれいこ役にぴったりだったことがよくわかりました。では、映画が完成した今のお気持ちは?

前田 あの時、お断りしなくて本当によかったです。改めて、これからも困難に飛び込んでいきたいと思いました。簡単なことだけやっていると、枯れていくだけですから。しかも、映画は1人で孤独に作業するのではなく、監督やスタッフの皆さんと一緒に形にしていくもの。だからこそ、「絶対に無理」というものに挑戦していきたいです。

三島 そう言って頂けて良かった。前田さんのそういった渇望しているところも大きな魅力です。私も今回、自分の過去の生傷を見つめ直すことになりましたが、そうやってのたうち回っている私の姿を見た前田さんや他のキャスト、スタッフのみんなが映画にしてくれました。そういう意味では、それこそが私に刻まれた「歓び」だったんだな、と今は思っています。

(取材・文・写真/井上健一)




『一月の声に歓びを刻め』

2月9日(金)テアトル新宿ほか全国公開

出演:前田敦子、カルーセル麻紀、哀川翔

   坂東龍汰、片岡礼子、宇野祥平

   原田龍二、松本妃代、とよた真帆

脚本・監督:三島有紀子

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