陸前高田市とNTT東日本の二人三脚で開発した防災・減災対策システム - 「シン・オートコール」はいかに開発されたか

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2024年03月11日 17:01  マイナビニュース

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NTT東日本は、クラウド・AI技術と「電話」を組み合わせた自動音声一斉配信システム「シン・オートコール」を岩手県陸前高田市に提供。防災訓練などのトライアルを経て、陸前高田市では、11月5日の防災訓練での利用を皮切りに、本格運用をスタートした。


2011年3月11日に発生した東日本大震災の被災地である陸前高田市は、「奇跡の一本松」でも知られるなど、津波による甚大な被害を受けた土地。津波だけでなく、土砂災害や河川の氾濫などの危険性も高く、地域防災力の向上が喫緊の課題となっていた。



陸前高田市で運用開始となった「シン・オートコール」は、最新のクラウド・AI技術と、住民が使い慣れた「電話」を組み合わせた双方向通信サービス。自治体などが「シン・オートコール」の操作画面上で登録した情報について、登録されている連絡先に一斉に電話をかけたり、SMSを送付することができる。黒電話であっても音声で応答することが可能で、高齢化などによって起こるデジタル・デバイドにも対応できるシステムとして、全国の自治体から注目を集めている。



そこで今回は、「シン・オートコール」開発の鍵を握り、いち早く本格運用を開始した陸前高田市の防災局防災課にて課長兼防災対策監を務める、岩手大学地域防災研究センター客員准教授の中村????雄氏、そして「シン・オートコール」開発を手掛けた、NTT東日本 岩手支店 ビジネスイノベーション部 担当課長の西川晃太郎氏と同コンサルタントの松平宏司氏に「シン・オートコール」開発・運用までの道のりを伺った。


○■陸前高田市が抱えていた地域防災の課題



東日本大震災の際に津波によって大きな被害を受け、関連死の方も含めて約1,800人が亡くなったという陸前高田市。「当時の人口が約2万4,000人の陸前高田にとって、非常に大きな数字だった」と振り返る中村氏。「先だっての能登半島地震はもちろん、東日本大震災も、その前の阪神・淡路大震災も含めて、住民が危険なときは、いかにして住民の方に、できるだけ早く避難行動を取っていただくかが重要」と、被災時における課題を示す。


これまでの行政、特に地方では、「防災行政無線」での情報をもとに避難行動をとるのが大原則となっていた。しかし、最近の住宅事情から、気密性の高い住居が増えており、「なかなか防災行政無線の音が聞こえにくくなっている」という問題点から、「それに変わるものを、どこの自治体も手探りで模索している状態」であると指摘する。



新たな選択肢として、SNSや市のホームページ、あるいは登録制のメールなどデジタル技術を活用したものが増えている現状に対し、高齢化率が4割を超えるような陸前高田市においては、「高齢者の方にはなかなか使ってもらえないという状況があるのに対し、そういう方々が、土砂の災害警戒区域や津波による浸水などの恐れがあるところにお住まいの場合の対策が急務。デジタル技術を使えず、防災行政無線も聞こえづらいという方に対して、いかに情報を素早く、的確に伝えられるかが大きな課題になっていました」と続ける。



「適切に避難情報を伝えるためのツールとともに、住民の防災意識を高めることによる地域防災力の向上が大きな課題」という中村氏は、最近よく言われている「公助の限界」についても言及。「災害の規模によっては、もちろん“公助”で対応できるものもありますが、やはり“自助”や“共助”といった地域の皆さま一人ひとりの力がないと、災害を乗り越えていけないというのが、昨今の大規模災害が起こるたびに突きつけられている課題」であると話す。



陸前高田市では、地域の防災力を高める独自の施策として、平成30年より「陸前高田市防災マイスター養成講座」を実施。「簡単に言うと、防災士の陸前高田版」として、地域の防災を活性化するためのリーダー育成にも力を入れており、実際、防災マイスターに認定された方々が自主的に地域の防災活動に取り組むなど、「課題解決に向けてのひとつの出口が見えかけてきたところ」と今後のさらなる発展に期待を寄せる。



一方、「弊社は長年、それぞれの地域に根ざした“地域密着型企業”として、地域の活性化に繋がる活動に取り組んできた」と話す西川氏だ。「災害を他人事とせず、社員一人ひとりが“我が事化”していくという意識面での改革が重要」と捉え、同社では、防災関係の危機管理に対する社内資格や、災害発生時に各自治体と連携する「リエゾン」制度を設けている。


企業としての姿勢とあわせて、システム関連でも「SNSの発信や防災行政無線の連動など、様々なメディアを連携させる総合防災システムの構築など、防災に関するパッケージとしてこれまで展開してきた」という松平氏。陸前高田市での運用がスタートした「シン・オートコール」は、これまでの動きから「少し目先を変えたシステム」であるという。


○■「シン・オートコール」開発の経緯



「シン・オートコール」は、「最新型のクラウドと誰もが使い慣れている電話を組み合わせた新しいサービス」。あらかじめシステムに登録された電話番号に対して、災害時の避難指示や安否確認を発信し、それに対して“はい/いいえ”などの声で応答できる仕組みとなっている。「昔ながらの黒電話であっても、情報を双方向でやりとりできるシステムの構築を目指した」ものが「シン・オートコール」だ。

この「シン・オートコール」は、NTT東日本が陸前高田市と協力し、一緒に作り上げていった新しいサービス。“陸前高田発”とも言える本サービスの開発には約3年近くの月日が掛かっているという。



陸前高田市の防災会議に、NTT東日本が委員として出席していたことが縁で始まったという今回のプロジェクト。



避難訓練で「オートコール」を使ってみたところ、「本当に電話を取って情報を聞いてくれたのか、そしてちゃんと避難行動を取ってくれたのかが『オートコール』の機能では把握できないことがわかりました。それを把握できないようでは、いくら電話したと言っても“行政の責任逃れ”にしかならないのです」。そこで、アンケート調査などでも使用される“プッシュ操作”によるリアクションの活用を試みたところ、「らくらくホンなどを使っている方から、『どこをプッシュするのかわからない』という声が届いた。そこで考えたのが、AIを使った音声認識の活用だ。



「シン・オートコール」ではクラウドとしてAWSのシステムが活用されているが、開発当初は音声認識の精度が大きな問題になった。しかし、AWSの音声認識力が飛躍的に向上したこともあって、「何とか運用の目処がたった」と胸をなでおろす。



“はい/いいえ”のリアクションだけではなく、喫緊の困り事や怪我、救助要請などのリアクションはテキスト化され、わかりやすく色付けが行われるなど、さらにシステムをグレードアップしていったそう。



今回のプロジェクトにおいて、最初に検討されたのがコストの問題。初期投資費用はもちろん、ランニングコストも大きな問題になることから、「今すでにあるシステムを組み合わせることで新しいものを生み出すという発想になりました」と振り返る。だからこそほかの自治体でも導入がしやすいはずと話す。



「実際、パソコン1台、そしてIDとパスワードがあれば誰でも使えるのが『シン・オートコール』の強み。多くの場合、市の職員は2〜3年で異動してしまいます。操作方法が特殊で申し送りに手間が掛かるようでは本末転倒。誰でも使えて、使い勝手もよい。わがままなようですが、これが実現できないと、意味がないのです」。



さらに“汎用性”を求め「防災を念頭に開発を進めたのですが、防災にしか使えないようでは、なかなか導入には踏み切れません。平時でも、福祉の分野や高齢者の見守りなどにも活用できないかということで、テキストファイルを自由に編集できるようにしてもらいました。何か新しい用途で使うたびに、NTTさんにお願いして保守してもらうようでは、非常に使い勝手が悪くなりますから」と中村氏。松平氏も「キーパッドの件もそうですが、利用者の方の要望にお答えしながら、何度もブラッシュアップしていくことで、ようやく“本当に使えるシステム”が出来上がった」と自信を覗かせる。

○■現在の「シン・オートコール」は好評だが改善点も



実際に避難訓練で「シン・オートコール」を運用したところ、「住民の方からは好評いただいています」と中村氏。導入前の実験段階から「ぜひ導入してほしい」という声が非常に大きかったことが、本格運用に繋がったという。


もちろん、「シン・オートコール」は出来上がったばかりのサービスなので課題もあるそう。「現在のところ、1秒2コールという制限があります。つまり、1分に120コール、1時間だと7,200コールになるのですが、対象人数が多くなると、一番最初に電話した人と最後に電話した人の間に1時間も差ができることがありえるわけです。しかし、我々が避難の呼びかけに使う場合、10〜15分程度の差に収まらないと意味がありません。そして微々たるものではありますが、1回のコールに約20円くらい掛かってしまうというコストの問題も見逃せません。それを考えると、どうしても対象者を絞らざるをえないのが現状です」。



また、台風や大雨など、事前に予兆がある災害に対しては大きな効果が期待できる「シン・オートコール」だが、突発的に起こる地震や津波災害に対しては、停電や電話の発信制限によって、システムそのものが利用できなくなるという弱点を抱えている。そのため、現時点では、台風・大雨に関しては災害発生前の“避難情報”、地震・津波に関しては、通信が安定したタイミングでの“安否確認”として活用が予定されている。



「私のイメージでは、すべての完成形が100点とするとまだ60点くらい。まだまだ改善の余地がある」と厳し目の評価を下す中村氏だが、それは「シン・オートコール」にさらなる発展の可能性があるとの期待感から。そもそも、本サービスが「シン・オートコール」と名付けられたのは、「あくまでも完成形ではなく、常に“シン化”していくという思いからの命名」と松平氏も補足する。「すべてを網羅しているわけではありませんが、60点でも十分に使えるシステムなのは間違いありません。メリットとデメリットを上手く把握しながら、できるだけ効果的に使っていきたい」と話す中村氏。

○■さらなる防災対策に伴走を続ける



「シン・オートコール」の開発過程において、「NTT東日本の技術者の方々とは、ぶつかり合うことも少なくなかった」というが、「結果的にすばらしいシステムが出来上がったからいろいろと話していますが、途中で挫折する可能性も十分にありながら、3年近くの期間、我々と伴走していただけたことにあらためて感謝を伝えたいと思っています」と感謝の言葉を口にする。



「日本全体で人口が減り、財政規模も縮小していくのに対して、災害の激甚化が進んでいる中、いかに少ない人員、予算で、大きな災害に立ち向かっていくかが今後の課題」と指摘する中村氏。「シン・オートコール」以外でも、NTT東日本と減災・防災というフィールドでの共同研究を進めているという。



個人的にも防災士の研修を受講し、「自治体の職員の方の大変な状況、特に避難所の運営の試行錯誤などのお話を聞いて、ちょうど能登半島地震もあり、大きなインパクトを受けました」という西川氏。



「今回の『シン・オートコール』の開発は、仕組みや技術の積み重ねですので、そういったひとつひとつを積み重ねていくことで、平時も万が一の災害発生時も、自治体様や地域をお支えして、何らかの形で貢献していきたい」と今後のさらなるサポートを約束した。



昨年9月に横浜国立大学で開催された「ぼうさいこくたい2023」において、陸前高田市がNTT東日本と共同出展したところ、多くの自治体が「シン・オートコール」に興味を示したという。「『シン・オートコール』は“陸前高田発”なんて言わせていただいておりますが、もっと多くの、様々な自治体で使っていただき、様々なご意見をフィードバックしていただきたいと思っています。我々では気づかなかった視点はもちろん、都市の規模や人口の規模など、状況によって変わってくることがたくさんあるはずです。なので、できるだけ多くの方に使ってもらって、もっともっとカスタマイズされていくことを期待しています」と、今後のさらなる“シン化”に想いを馳せた。(糸井一臣)

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