「今年ダメだったらクビだと思う」ソフトバンク仲田慶介が語る「育成と支配下のリアル格差」

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2024年03月13日 07:51  webスポルティーバ

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 福岡ソフトバンクホークスの春季キャンプは、宮崎市・生目の杜運動公園で実施される。週末になるとファンが大挙して押し寄せるため、球場から遠く離れた臨時駐車場までぎっしりと車列が伸びていく。

 当然のように、A組が練習するアイビースタジアムの内野スタンドはファンで埋まり、公式戦かと思うほどの盛況ぶりだ。

【育成は「本当のプロ野球選手ではない」】

 シートノック中、スタンドから「おぉ〜」と大きなどよめきが起きた。ファンが驚いたのは、ゴールデングラブ賞経験者の今宮健太でも柳田悠岐でもない。背番号155を着けた仲田慶介のスローイングである。

 柳田のひとり前、ライトの1番手としてノックを受けた仲田が助走をつけてバックサードする。ボールは低い軌道で伸びていき、三塁ベースへと正確に届く。主力級が調整するA組にあって、ノックで一番目立っていたのは育成選手の仲田だった。

 そんな感想を本人に伝えると、仲田は「そうですか?」と照れくさそうに笑った。てっきり謙遜かと思ったが、そうではなかった。

「ノックでは思いきり投げるというより、精度を重視しています。低い軌道で、ワンバウンドでも捕りやすく、タッチしやすいボールを意識しています」

 全力で腕を振れば、もっと力強いボールを投げられる----。言外にそんな本音が滲んでいるように感じられた。

 現時点でソフトバンクには57名もの育成選手が在籍している。そのなかで、仲田は川村友斗、緒方理貢とともに「支配下登録に限りなく近い野手」とみられている。

 大ベテランの和田毅が昨年末の契約更改の際、危機感の薄い育成選手に苦言を呈する一幕があった。その際に、和田が例外として名前を挙げたのが仲田だった。和田のコメントを引用してみよう。

「上(支配下)に上がる覚悟が甘いかなと感じることがある。そういう意味で、本当にはい上がりたい、一軍でプレーしたいと思うのは、仲田(慶介)選手くらいじゃないか。僕が見落としているかもしれないけど」(2023年12月25日/西スポWEB OTTO!より)

 仲田は福岡大大濠高、福岡大を経て2021年育成ドラフト14位指名を受けてソフトバンクに入団。同年のドラフト会議で最後に名前を呼ばれた「ドラフト最下位」である。

 ファンにサインを書く際、「何か一言書いてください」とリクエストされると、仲田はいつも「下剋上」としたためる。もし2021年ドラフトで128番目に指名されなければ、独立リーグでプレーすると決めていた。NPBとの境界線にギリギリ食い込んだ者だからこそ、成り上がりたい思いは人一倍強い。

「背番号3ケタの選手は、一軍の試合に出場する資格がないので。やっぱり、プロ野球選手は一軍の試合で活躍してこそだと思うんです。その資格を持っていない時点で、自分は本当のプロ野球選手ではないと思っています」

 一見すると同じソフトバンクのユニホームを着ているように見えるが、じつは支配下登録の選手と育成選手ではユニホームの生地が異なる。仲田は「育成選手のユニホームは汗を吸収する機能がちょっと違って、重く感じます」と証言する。

 道具を巡る待遇も異なる。仲田は大手スポーツメーカーから用具提供を受けているものの、その量は支配下選手の半分。仲田は「バットを1本折っただけで『ヤバイな......』と焦ります」と明かす。これが育成選手の現実なのだ。

【強豪校に一般入試で入学】

 筆者は大学3年生だった仲田の強肩に驚かされ、注目するようになった。そして実際にインタビューする機会に恵まれ、その進化の過程にもっと驚かされた。

 高校3年春まで、仲田は強豪校のごく平凡な控え選手だった。同期の三浦銀二(現・DeNA)や古賀悠斗(現・西武)らスポーツ推薦組がスカウト陣から注目されており、一般入試で入学した仲田は「まったくレベルが違う」と感じていたという。

 だが、仲田は猛烈な努力で急速なレベルアップを遂げる。練習後に近所のバッティングセンターに通いつめ、限界まで打ち込んだ。そのバッティングセンターが「ストラックアウト」でパーフェクトを達成するとバッティング用のメダルがもらえる仕組みだったため、ストラックアウトでメダルを荒稼ぎしてまで打撃練習にあてていた。

 高校3年夏にはレギュラーポジションを獲得し、大学では平凡だった運動能力面にもメスを入れた。肉体改造と技術習得に励んだ結果、80メートルだった遠投距離は120メートルにジャンプアップ。50メートル走のタイムは6秒6から6秒1に縮まった。すべては「絶対にエリートたちを追い抜いてやる」という執念が支えていた。

 外野手として強肩の一芸を評価されてドラフト指名された仲田だが、プロ入り後は意外にも外野を守る機会がほとんどなかった。二塁手が手薄だったチーム事情から、内野手に転向したためだ。昨季は二軍で二塁手としてチーム最多の65試合に出場している。仲田は苦笑しながら、「肩が唯一の売りでプロに入ったのに、2年間で1回も肩を見せる機会がありませんでした」と振り返る。

 とはいえ、内野手がプロで外野手にコンバートされる例は数多くあっても、仲田のような「逆パターン」はごくわずかだ。キャンプ中に今宮、栗原陵矢と内野ノックを受ける仲田のプレーを見て、思わず息をのんだ。足さばき、グラブさばきが「生来の内野手だったのでは?」と思わせるほどに見事だったのだ。

【今年ダメだったらクビを覚悟】

 プロでの2年間で、よほど守備練習したのではないか。そう尋ねると、仲田の口からは首脳陣への感謝があふれた。

「今日は本多さん(雄一/一軍守備走塁コーチ)にノックを打ってもらいましたけど、守備コーチの方々にはすごくお世話になってきました。たぶん一軍から四軍まで、すべての方につきっきりで教えてもらったことがあります。その積み重ねで上達してきたと思うので、すごく感謝しています」

 技術的なポイントを聞くと、仲田は「右足の間(ま)」を挙げた。

「ゴロを捕る時に、ボールに対して衝突してしまうことが結構あったんです。捕る直前に右足で間をとって、そこからボールを吸収するように、柔らかく捕る。その意識で練習してきて、ようやく形になってきました」

 小久保裕紀監督からは、「どこに行けと言われても、守れるようにしてほしい」とリクエストされている。昨季は二軍監督として仲田を重用してきた指揮官だけに、その高い期待はひしひしと感じている。

「まずは守備。あと野手はやっぱり打てないといけないので、少ないチャンスでも結果を残せるように。とくに出塁率は自分に求められていると思うので、こだわっていきたいです。あとはバントや作戦系をしっかりと確実に決める。そういった部分で信頼してもらえれば、支配下に近づいていくんじゃないかと思います」

 プロ3年目にして初めて、春季キャンプをA組で過ごした。A組は宿泊するホテルが豪華という噂を聞いたため確認してみると、仲田は「B組もいい宿舎だったんですけど」と前置きしてこう答えた。

「食事がすごく豪華で、めちゃくちゃおいしいです。外食したいとも思わないですね。バイキング形式でおかずの種類が多くて、寿司や刺身なんか毎回ありますし。チームに届いた差し入れも出してくださっていて、とにかくすごいです」

 B組にいた昨年より、ファンから受ける声援も熱を帯びている。仲田は「ワンプレーへの反応が全然違うので、しっかりといいプレーをして声援をもらえるようにしたい」と気を引き締める。

 その一方で、「あくまでも自分はまだ育成選手だ」と危機感を持ち続けている。

「今年ダメだったらクビと思っています。野球人生をかける覚悟でやっています」

 インタビューを終えた翌日以降、仲田は紅白戦で2日連続マルチ安打を放つなど順調にアピールを続けた。オープン戦では6試合で5打数0安打と苦しんでいるものの、首脳陣から求められている守備面ではしっかりと貢献している。

 背番号155の数字が軽くなる日もそう遠くはないだろう。だが、仲田の下剋上はここがゴールではない。

 努力に努力を重ねた不屈の男が輝くのは、最高峰の舞台こそふさわしいはずだ。

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