なぜ、沖縄のプロバスケチームは"日本一"観客を集められるのか

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2024年05月15日 09:31  ITmedia ビジネスオンライン

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FIBAバスケットボールワールドカップでの日本代表の活躍は記憶に新しい(株式会社東京ニュース通信社プレスリリースより)

 創設から8シーズン目を迎え、スポーツビジネスの業界で年々存在感を増している男子プロバスケットボールリーグ「Bリーグ」。


【画像】バスケ観戦に特化した沖縄アリーナでプレーする琉球ゴールデンキングスの選手ら


 競技力や人気の向上とともに、全体の経営規模も拡大の一途を辿っている。1部、2部に当たるB1、B2の2022-23シーズンのクラブ営業収入は前シーズンの299億6200万円に比べて38.6%増の415億3600万円となり、初めて400億円台に達した。


 昨夏に沖縄県などを舞台に行われたFIBAワールドカップで日本代表が活躍し、48年ぶりに自力でオリンピックの出場権を獲得した快挙は記憶に新しい。強烈な追い風を受け、今季の2023-24シーズンは過去に類を見ない程の“バスケブーム”が到来しており、多くのクラブが平均入場者数を伸ばしている。


 リーグの伸びしろに対する期待感は大きく、DeNA(川崎ブレイブサンダース)やMIXI(千葉ジェッツ)、セガサミーホールディングス(サンロッカーズ渋谷)、NOVAホールディングス(広島ドラゴンフライズ)、バンダイナムコエンターテインメント(島根スサノオマジック)など、リーグが発足して以降、さまざまな業界の有力企業がクラブ経営に参画していることも成長を後押しする要因の一つだ。


 昨シーズンは営業収入のうち、「スポンサー収入」も前期比36.5%増の237億5800万円と大きく伸びており、企業からの関心の高さがうかがえる。


 そんな中、チケットの売り上げなど、チーム経営における“地力”の高さを示す「入場料収入」で際立った存在感を放つクラブがある。沖縄県を本拠地とし、国内初のバスケ観戦に特化した施設である「沖縄アリーナ」をホームコートとする琉球ゴールデンキングスである。


 昨シーズンの全体の営業収入は23億7597万円でリーグ3位だったが、そのうちの入場料収入は10億1466万円となり、リーグ史上初めて10億円を突破。B1の24クラブのうち、入場料収入がスポンサー収入を上回っているのは琉球ゴールデンキングスのみ。


 1993年に開幕し、Bリーグに比べて歴史が長いJリーグ1部(J1)の2022年シーズン決算において、入場料収入が10億円を超えたのは多い順に浦和レッズ、川崎フロンターレ、横浜F・マリノスの人気3クラブだけだったことからも、この数字がいかに大きいかが分かる。


 人口150万人にも満たない離島県が本拠地ということは、集客において明らかに不利性を抱えている。にもかかわらず、なぜこれほどの成果を挙げられるのか。背景にある独特な経営戦略について、沖縄バスケットボールの代表取締役社長、沖縄アリーナの代表取締役会長の白木享氏に取材した。


●人口が少ない離島県で「Bリーグ最多の集客数」記録 なぜ?


 「沖縄をもっと元気に!」という活動理念に掲げ、運営会社である沖縄バスケットボールが2006年に設立され、翌2007年に旧bjリーグ(2016年にNBLと統合してBリーグがスタート)に参入した琉球ゴールデンキングス。


 初年度こそ地区最下位に沈んだが、2年目の2008-09シーズンにいきなり頂点まで駆け上がった。以降、西の強豪としての地位を確立し、bjリーグが存在した2015-16シーズンまでの計8シーズンでリーグ最多4度の優勝を達成した。


 2016年にBリーグが発足し、全体のレベルが上がってからも存在感は健在だった。2021-22シーズンに準優勝、翌2022-23シーズンには悲願の初優勝を果たした。その強さや、地域密着で地道に積み上げてきた知名度が下支えとなり、沖縄県民に愛される球団としてbjリーグ時代からトップクラスの人気を誇る。


 現在レギュラーシーズンの最終盤に差し掛かっている2023-24シーズンにおいては、今年2月18日時点のリーグ公表数字で平均入場者数は7724人でB1、B2を通して最多。2番目のアルバルク東京が5902人だったことからも、いかにリーグの中で集客力が際立っているかが伝わるだろう。


 白木氏は、琉球ゴールデンキングスの集客力の高さとして3つの要因を挙げる。


1. チームが常に強い状態であること


2. 街づくりなど地域振興に対する高い意識


3. 競技を“観る”ための施設である沖縄アリーナの存在


 中でも沖縄アリーナの存在は極めて大きい。琉球ゴールデンキングスのホームタウンである沖縄市が、県経済の活性化を目的に内閣府の沖縄振興特定事業推進費や防衛省の再編推進事業補助金などを活用して建設し、2021年4月に完成した。総事業費は約162億円に上る。


 コザ運動公園内にある旧ホームコートの沖縄市体育館は収容人数が約3500人だったが、沖縄アリーナは約8500人。もともと毎試合満員になり、チケットの入手が困難な状況が恒常化していたため、キャパシティの拡大で潜在客が表面化した。


 開業した2021年4月時点はコロナ禍で入場制限があったが、解除されてからは堅調な数字を残し続けている。今年4月6日に行われた強豪・千葉ジェッツとのホーム戦ではクラブ主管試合としてはレギュラーシーズン最多の8557人を集めた。


●高いホスピタリティと多彩なイベントで「ライト層」を獲得


 沖縄アリーナの魅力は収容人数の多さだけではない。


 まずは構造だ。体育館のように「競技者のため」ではなく、「観る側のため」に設計されており、八角形ですり鉢状の形状はどの席からでもコートが見やすく、臨場感が高い。天井中央に吊るされた約510インチ(縦6×横11メートル)のメガビジョンも熱気と興奮を増大させる。国内においてバスケ観戦に特化したアリーナ建設はこれまで事例がなかったため、本場である米NBAのアリーナを視察するなどして設計された。


 ホスピタリティも高い。コンコースにあるフードエリア、子どもが自由に遊べる2カ所のキッズスペース、授乳室、オムツ替えスペースを完備し、トイレも多い。特に全体の来場者の中で割合が高く、トイレの使用時間が長い女性向けの個室トイレは150室に及ぶ。混雑状況をリアルタイムに確認できるモニターも館内に設置されているため、人の流れをスムーズにしている。


 白木氏は「試合では第1クオーター(Q)と第2Qの間、第3Qと第4Qの間は2分しかありません。ハーフタイムも15〜20分です。トイレに並ぶことに時間を費やしてしまうのではなく、食事も含め、アリーナで楽しんでいただくことに費やしていただきたいと考えています」と語り、来場者の消費を後押しする効果もある。


 ただ施設の強みだけでアリーナが満席になるほど集客は容易ではない。「勝っても負けてもアリーナを満員にすることが大事。ワクワクドキドキする、感動する、楽しいと思ってもらえるエンターテインメントをどうつくっていくかを常に考えています」と白木氏。そのための仕掛けの一つが、試合の節ごとで変わる多彩なイベントだ。


 最近の事例では、1月27〜28日のホーム戦は「レディースDay」と銘打ち、無料のネイルサービスや沖縄出身女性シンガーのライブなどを企画。2月10〜11の「レトロゲームス」ではアリーナBGMを昭和歌謡曲にしたり、アリーナの一角に懐かしい家電や生活雑貨、看板などを展示した昭和博物館を特設したりした。他にもハロウィンやファミリーデーなど趣向を凝らす。


 競技に限らず、エンターテインメントに厚みを持たせたことで、これまで琉球ゴールデンキングスというチームやバスケットボール自体に対してそこまで関心が高くなかった「ライト層」の獲得に成功。


 白木氏も「試合に来てくれるお客さまに対しては、毎回最高のエンターテインメントを提供することにこだわっています。だからこそ友人に誘われて初めて来場したり、ラフな気持ちで来てくれたりする方が増えているのだと思います」と手応えを語る。


 一時はシャッター街と化し、著しく衰退した沖縄市内の商店街や、ビーチリゾートが少なく「素通り観光」が課題とされる市内のホテルと連携したイベントも試合に合わせて開催しており、沖縄アリーナを核とした地域活性化の取り組みにも継続して注力している。地域の学校でのあいさつ運動や選手が参加することもある美化活動、バスケ教室など、地道な取り組みもファン層を拡大する要因の一つだ。


 ファンクラブ会員は今シーズンだけで5000人ほど増加し、早々と上限の約1万人に達して受付を締め切ったという。


●目指すは「ヤンキース」 グッズの“ブランド化”を目指す理由


 クラブ決算においては「入場料収入」の他にも、もう一つ目立った数字がある。オフィシャルグッズなどの売り上げを示す「物販収入」である。2022-23シーズンは3億3292万円となり、この項目でもB1、B2を通してトップ。億円台に乗せたチームは琉球ゴールデンキングスを含めて5クラブのみで、2億2776万円だった2位の川崎ブレイブサンダースと1億円以上の開きがあった。


 白木氏はビジョンを語る。「最終的に大事なことは、キングスがNBAのロサンゼルス・レイカーズや大リーグのニューヨーク・ヤンキースのような“ブランド”になっていくことです。だからこそ『応援のため』ということだけに捉われないグッズ作りにこだわっています」


 ヤンキースやレイカーズのロゴが入ったキャップ、上着などを身に付けている人を街中で見掛けたことはないだろうか。試合観戦時のみに限らず、「普段使い」もできるアイテムとして認知されることは、ブランド化ができている証左の一つといえる。


 ブランドとしての価値を上げるため、琉球ゴールデンキングスのグッズはアパレルブランドのように種類が豊富だ。Bリーグのオフィシャルオンラインショップでは同じグッズの色違いなどを合わせて300種類を超え、他クラブを圧倒している。スピード感もある。3人で構成する開発チームが日々アイデアを出し合い、沖縄アリーナ1階にあるショップには毎節のホーム戦ごとに何かしらの新アイテムが並ぶ。大体3カ月ごとに在庫が全て捌(は)けるイメージだという。


 当然チームカラーであるシャンパンゴールドとスチールブルーをあしらったアイテムは多いが、Tシャツやトレーナー、キャップなどの色彩はさまざま。ホッケーシャツやデニムジャケットといった斬新な商品もある。一見するとスポーツクラブではなく、アパレルブランドの商品かと見紛うような衣服もあるが、その背景にはブランド化とは別の理由もある。


 「私たちとしては、沖縄アリーナに来た人たちはみんなキングスファンであり、バスケットボールファンなので、差別化をしたくないんです。だから物販に関しては『クラブカラーをつくらない』という戦略があります。会場に来る時に『このユニホームじゃないといけない』『この色じゃないといけない』という文化をつくりたくない。例えば一つの色を決めた場合、別の色を身につけて行ったら相手チームのファンだと思われて、その人は席に居づらくなるかもしれません。好きなファッションでアリーナに来て、応援して、エンターテインメントを楽しんでほしいんです」(開発担当者)


 「クラブカラーをつくらいない」という思想は琉球ゴールデンキングスのマスコット「ゴーディー」にも表れている。米国出身、沖縄育ちという設定で、色はチームカラーとは異なり、米国国旗と同じ赤、青、白。リーグ内では珍しく、チームのユニホームも着ていない。


 独特な歴史を歩み、アジアや米国などからさまざまなものを取り入れ、いろいろな文化がごちゃ混ぜになった「チャンプルー文化」と呼ばれる沖縄の風土には、このような自由なカルチャーが合っているのかもしれない。


●BEAMSコラボで東京へ 背景にある課題感は


 ブランド化に話を戻そう。2023年に琉球ゴールデンキングスは、スポーツを通じてポジティブなエネルギーを社会に与えるという点で想いが一致し、メンズカジュアルブランド「BEAMS」が展開する「BEAMS SPORTS」とのコラボプロジェクト「KINGS with BEAMS SPORTS」を開始。両者が共同でシャツなバッグなどをデザインし、JR新宿駅の構内になる専門店舗「ビームスニューズ」に設置したポップアップショップやアリーナショップ、オンラインで販売した。


 BEAMSがバスケットボールクラブと共同企画を実施するのは初の事例で、これまでサッカーやダンス、ラグビーなどさまざまなスポーツとファッションを掛け合わせる取り組みを展開してきたBEAMS側からの提案だったという。これもアイテムのファッション性の高さを示す証の一つだろう。提案を受けた理由はこうだ。


 「沖縄では会場に来たことがない人はいても『クラブを知らない人はほとんどいないんじゃないか』と感じられるくらいの認知度を獲得し、それだけの努力をしてきた自負があります。ただ、沖縄を一歩出れば『琉球ゴールデンキングスって何?』という世界が広がっていて、それが自分たちにとっての一番の課題でした。だからこそ、全国、海外で人気のあるBEAMSさんとのコラボで自分たちをリフトしていただき、ブランドとしての価値を上げられるんじゃないかと考えました」(開発担当者)


 新宿駅での店舗展開は期間限定であり、もちろん一度の取り組みで認知度が劇的に向上するわけではない。それでも沖縄を飛び出し、海を越えて東京の中心地で「キングス」の名をアピールできたことは、ブランド化以外の効果も実感できたようだ。


 「もちろん県外の人たちにも琉球ゴールデンキングスのことを知ってもらいたいという思いはありますが、僕たちが『沖縄の人が誇らしいと思える球団になりたい』と考えた時、東京に進出することはすごく大きな挑戦でした。まだキングスやBEAMSのファン以外の方にはそこまで広まっていないとは思いますが、沖縄を元気にするためにも意義のある取り組みだと考えています」(開発担当者)


 昨年12月には、沖縄出身俳優の黒島結菜さんをイメージビジュアルに起用したコラボ企画の第2弾を実施。今後もBEAMSでの通常店舗での取り扱いや、海外展開などの可能性もあるかもしれない。


●地域貢献を掲げるからこその「沖縄を世界へ」


 沖縄アリーナへの集客促進やグッズ開発によるブランド化などの取り組みに触れてきたが、冒頭で記したように、その根幹には「沖縄をもっと元気に!」という活動理念がある。地域の発展に貢献することを意味しているため、終わりはない。


 また、Bリーグがさらなる成長を求めて「夢のアリーナ構想」を一丁目一番地に掲げ、昨年はオープンハウスアリーナ太田(群馬クレインサンダーズ)やSAGAアリーナ(佐賀バルーナーズ)が開業。今後も多くのチームが専用アリーナのオープンを予定しており、経営面における競争環境が一層激しさを増すことは確実だ。だからこそ、白木氏は危機感を込めてこう話す。


 「常に新たなことに挑戦していくことがキングスの文化なので、『現状維持は衰退』という言葉をよく使っています。Bリーグで優勝したり、入場料収入が10億円を超えたりしている中、次の大きな山を決めないといけないと考えていました」


 そこで今シーズンに掲げた新たなビジョンが「沖縄を世界へ」だ。アジアNo.1球団になることやNBAチームとの対戦などを構想する。今シーズンの開幕前にはバスケ人気が高い台湾のチームと沖縄アリーナでプレシーズンマッチを行ったり、日本、韓国、フィリピン、台湾のトップクラブが参戦した東アジアスーパーリーグ(EASL)でNBAの元スター選手が沖縄アリーナでプレーしたりするなど、着実に実績を積み上げている。


 ビジョンに込めた想いを白木氏はこう話す。


 「沖縄にはアジア、世界で挑戦している企業がたくさんいます。その方たちと一緒に海外に行き、沖縄のことをもっと知ってもらいたい。だから『沖縄から出て行こう』ではなく、『沖縄をもっと知ってほしい』という想いから“世界へ”を掲げました。県民に愛される、誇らしいと思ってもらえる球団として、僕たちの活動を通して沖縄を世界にアピールしていきます」


 独特な地域性を持つ沖縄の地に深く根を張り、足腰の強い経営を進めながら、県外、そして海外へと事業展開のスケールを広げている琉球ゴールデンキングス。その地域における課題の解決や経済活性化を図ることで経営の規模拡大、事業の継続性を高めるスポーツビジネスにおいて、バスケットボールに限らず、さまざまなクラブにとって学ぶ点は多いだろう。


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