福本豊は「ホームランを打ったら罰金」だった? 世界一の盗塁を可能にしたある能力も松永浩美が語った

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2024年05月23日 10:50  webスポルティーバ

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松永浩美が語る福本豊 中編

(前編:「世界の盗塁王」のバッグを見て驚愕「スパイク、こんなに持ってるんですか?」>>)

 かつて阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)などで活躍した松永浩美氏に聞く福本豊氏とのエピソード。その中編では、福本氏のバッティングや走塁のすごさ、福本氏から受けた数々のアドバイスについて聞いた。

【「ホームランを打ったら罰金」と言われていた理由】

――福本さんはプロ野球歴代1位の通算1065盗塁のほか、同5位の通算2543安打をマークするなど打撃でも素晴らしい成績を残しています。そのバッティングをどう見ていましたか?

松永浩美(以下:松永) まず選球眼がよかったですね。それでヒットも打って、足も速くて......これ以上ない理想的なトップバッターだと思います。

――169cmと小柄でしたが、通算本塁打は208本。パンチ力もあったんでしょうか。

松永 パンチ力もあるほうだと思いますが、1kg超の重たいバットを使っていた影響もあると思います。構えた時にヘッドがピッチャー寄りに入って、今で言うと阪神の近本光司みたいな感じ。スイングは(バットを地面と平行に出す)レベルスイングでした。ただ、上田利治監督からは「ホームランを打ったら罰金な!」とよく言われていましたよ。

――なぜ、そう言われていたのですか?

松永 ピッチャーにとって、ホームランを打たれるのは確かに痛いのですが、打たれた後に気持ちを切り替えやすい側面もあります。その点、福本さんには塁に出て盗塁してもらって、進塁打で三塁へ行き、犠牲フライなどでホームに還ってきてもらうのが相手に一番ダメージを与えられる。ヒットは打たれてないのに点を取られたら、ピッチャーは精神的にしんどい。だから上田監督は、ホームランではなく塁に出ることを福本さんに求めていたんでしょう。

――福本さんとバッティングの話をしたことはありますか?

松永 あまりないのですが、福本さんは「話を聞いてうまくなるんやったら、誰だってうまくなるわな」とよく言っていました。それと、「俺もプロに入った時は、野球がヘタやったからな。自分で一生懸命やるしかないんや」とも。

 ただ、ほかの選手のバッティングはよく観察していましたね。私がよく言われたのは、「マツよりもバッティングの技術が劣る選手でも、その選手が調子がいい週ってあるやんか。よく打っている時はいいタイミングで打っているから、タイミングの取り方をよく見るべきや」ということ。逆に、「たとえいいバッターでも、調子が悪い週のバッティングは参考にしたらあかん。参考にしようものなら、それが自分にも影響するから」とも言っていました。

――松永さんも、ほかの選手のバッティングを観察するようになりましたか?

松永 私が二軍にいた時に「まだまだ、これからの選手かな」と思っていた選手が、ある瞬間にすごくいい打球音を出すことがあるんです。気になって注目していると、カーブをものすごくうまく打っていたり......。それで「カーブを打つ時に、ああいう膝の使い方もあるのか」と思うこともありますし、二軍の選手でも参考になる時はあるんです。そうやって選手をじっくり見るようになったのは、福本さんのアドバイスのおかげですね。

【盗塁に重要な「空気を察する能力」】

――福本さんのプレーで印象に残っていることはありますか?

松永 バッティングの時も走る時も、頭が動かないんです。体の軸がしっかりしている証拠ですよね。走塁の時は、スーッとアイスバーンの上を滑っているような感じでした。野球選手だけでなく陸上選手も含めて、個人的には福本さんのランニングフォームが世界で一番きれいだと思いますよ。

 ただ、福本さんのマネはなかなかできません。私も意識して、頭を動かさないように走ってはいましたけどね。マネしたからといって、福本さんのように走れるわけではないです。

――松永さんも通算で239盗塁を記録しましたが、そんな松永さんから見た福本さんの走塁のすごさとは?

松永 福本さんは、一番最初に"キャッチャーを動かした選手"。今では当たり前のクイックモーションは、野村克也さんが福本さんの盗塁を阻止するために考案したものですし。それに伴ってキャッチャーの技術も向上していきましたが、福本さんがいなければ、盗塁を阻止するためのバッテリーの技術は今ほど高くなかったかもしれません。

 あと、仮の話になりますけど、メジャーだったらもっと福本さんは走っていたはず。リッキー・ヘンダーソン(MLB歴代1位の通算1406盗塁)に盗塁の世界記録を破られましたが、同じ条件で福本さんがプレーしていたら、もっと盗塁数は増えたと思います。あくまでも私の感覚ですけどね。メジャーの投手のクイックはそこまで技術が高くないですし、福本さんがメジャーでやっていたら「楽勝や」と言って走りまくっていたんじゃないかな。

――あれだけの盗塁をマークできたのは、走力だけではない別の能力も高かったからでしょうか。

松永 空気を察する能力に長けていましたね。「ここは牽制がくるな」「もう牽制はこないな」といった、状況を読む力がすごかった。足が速い選手は多いですが、それだけで盗塁ができるわけではありません。「足は速いけど、もったいないね」で終わってしまう選手も多い。それが福本さんは、足が速い上に技術もあって、空気を察する力もあった。そうでなければ、あれだけ盗塁は決められませんよ。

 それと、福本さんは「左ピッチャーのほうが走るのがラクや」とも言っていましたね。

―― 一般的には、一塁ランナーの状況を見やすい左ピッチャーのほうが、盗塁するのは難しいとされています。どんな理由があったんですか?

松永 「右ピッチャーはごまかしがきく牽制をするけど、左ピッチャーはごまかせない」と話していました。右ピッチャーの牽制は「ややこしいのがある」けど、左ピッチャーの牽制はシンプルで、「左ピッチャーが1球でも牽制をしてくると、(以降は牽制がくるかこないか)すぐわかる」と。

 あと、福本さんのアドバイスで思い出したのが、「電車に乗った時は座るな。座らずに窓側に立って外を見とけ」ということです。走っている電車からは、遠くにある看板の文字は見えますが、近くにある看板のものは見にくい。なので、近くにある看板が目の前を通り過ぎる時に、「目だけを左、右、左、右と動かして見ろ。動体視力を鍛えるんや」とのことでした。

 最初は「えっ?」と驚きましたけど、福本さんのアドバイス通りにやっていたら、最終的には新幹線の中から近くの看板の文字が見えるようになりました。日常生活でも野球の練習をする材料はいっぱいある、ということが言いたかったんでしょうね。

【「教えない」コーチの先駆け】

――バッティングに関するアドバイスをもらったこともありましたか?

松永 とにかくイメージを作るのが大事だ、ということですね。スイングのイメージを持って、そのイメージのまま振る。ピッチャーが投げてくるボールの軌道をイメージすることもそう。だから、自分がイメージしているスイングと実際の体の使い方が一致しているかどうかを確かめるため、鏡の前でよく素振りをしていましたよ。

――松永さんも、バッティングはイメージが大事だとよく言われていますね。

松永 そうですね。福本さんが引退後にオリックスの一軍打撃コーチを務めていた時期があるのですが、「マツには言うことがないから」と言ってもらいました。バッティングに対する考え方が同じ感じだったからでしょう。

 もともと福本さんは、どちらかというと選手にああだこうだと言うタイプではないので。今は選手の自主性に任せるコーチも多くなっていますが、当時は選手に教えることが少ないと、「あのコーチは仕事をしていない」と思われる傾向があったんです。でも、それは間違っています。コーチが選手に教えるのではなく、選手のほうからコーチに聞きにいくのが正しいと思っています。

――当時は、福本さんのようなスタンスのコーチは珍しかった?

松永 そうですね。少なかったですが、私がダイエーでプレーしていた時の一軍打撃コーチだった大田卓司さんも同じようなスタンスでした。選手から何かを聞かれたら答える、という感じ。今ではそういうスタンスのコーチが多いですが、福本さんはその先駆けと言ってもいいかもしれません。

(後編:「福本豊、引退騒動」の真相 上田利治監督の「去る山田、そして福本」に何を思ったのか>>)

【プロフィール】
松永浩美(まつなが・ひろみ)

1960年9月27日生まれ、福岡県出身。高校2年時に中退し、1978年に練習生として阪急に入団。1981年に1軍初出場を果たすと、俊足のスイッチヒッターとして活躍した。その後、FA制度の導入を提案し、阪神時代の1993年に自ら日本球界初のFA移籍第1号となってダイエーに移籍。1997年に退団するまで、現役生活で盗塁王1回、ベストナイン5回、ゴールデングラブ賞4回などさまざまなタイトルを手にした。メジャーリーグへの挑戦を経て1998年に現役引退。引退後は、小中学生を中心とした野球塾を設立し、BCリーグの群馬ダイヤモンドペガサスでもコーチを務めた。2019年にはYouTubeチャンネルも開設するなど活躍の場を広げている。

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