押井守「紅い眼鏡」4Kリマスター化クラファン、目標金額の3倍に到達 押井監督が技術的側面からリマスターの意義明かす

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2024年05月30日 16:43  ねとらぼ

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ねとらぼ

開始から1日で目標1000万円を達成した「紅い眼鏡」4Kリマスター化クラファン

 映画「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」などの作品で知られる押井守さんの実写作品「紅い眼鏡」を4Kデジタルリマスター版にするためのクラウドファンディングに、目標金額の3倍を超える支援が寄せられています。これを受け、リターンをアレンジする「早期達成大感謝祭」の開催が決定しました。


【動画】押井監督からのビデオメッセージ


●「ケルベロス・サーガ」の原点にして「犬の呪い」の始まり


 4月29日にスタートした同クラファンは、フリーの演出家である野田真外さんが起案者となり、今はなき東京現像所から引き上げた「紅い眼鏡」の35mmネガフィルムを4K画質でレストアしようとするもの。6月27日まで支援を募る予定ですが、開始1日で目標金額を達成し、現在は3100万円を超える応援が寄せられています。


 盛況を受けて開催が決まった「早期達成大感謝祭」では、1万円以上の支援者に送られる4Kデジタルリマスター版のBlu-ray Discに加え、4K UHD版も併せて送付。6月3日には新たなリターンとして川井憲次さん、押井監督サイン入りディスクコース(4万円)と、海外からの応募用コース(押井監督のサイン入りコース)を追加。また新たに3500万円のストレッチゴールを設け、通常ケースからスチールブック(スチール製ケース)にグレードアップすることが発表されました。


 「紅い眼鏡」は、凶悪犯罪の激増を受け、強化服「プロテクトギア」と重火器で武装した「対凶悪犯罪特殊武装機動特捜班」(特機隊)が警察に組織された20世紀末が舞台のモノクロ作品。もともとは声優・千葉繁さんのプロモーションフィルムを作るという自主映画企画だったものが、35mmフィルム撮影での本格的な映画となり、押井さん初の実写長編作品となったもの。後の「ケルベロス 地獄の番犬」「人狼 JIN-ROH」につながる「ケルベロス・サーガ」と呼ばれる作品群の起点にもなっています。


 スタッフも脚本の伊藤和典さんをはじめ、押井さんがチーフディレクターを務めた「うる星やつら」の関係者が参加している他、キャストには主演の千葉さん以外も鷲尾真知子さんや田中秀幸さん、玄田哲章さんらが参加。すでに故人となった声優の永井一郎さんや、アニメーターの大塚康生さんらの動く姿が見られるといった意味でも貴重な作品です。


●押井監督が技術的側面から説明する「紅い眼鏡」リマスターの意義


 「紅い眼鏡」は僕の初めての実写作品であり、その後の実写作品を「売れない」「当たらない」「難解」「退屈」「道楽」さらには「呪物」といった方向へ導いたいわゆる「犬の呪い」の始まりであり、その一方でいまだに続いている「ケルベロス・サーガ」の原点でもあります。


 すでにご覧になった方々には説明不要かとも思いますが、その評価は賛否両論とか毀誉褒貶(きよほうへん)とかいうより、ハッキリ言って9割までがボロクソだった不幸な作品ではありますが、なぜかごく一部の呪われた映画好きの人々と、あの「黒い動甲冑」の発する奇怪なフェロモンに惹かれたフェチな方々にとっては「酢豆腐のように後を引く」映画になったようで、現在に至るも原版は廃棄処分されずに生き残っております。ありがたいことです。監督としてこれに勝る喜びはありません。


 そこでさらに一歩踏み込んで今回のリマスター版のお話です。当時としても低予算でー粗大ゴミ置き場から回収した材料でセットを組むしかなかったような、しかもモノクロ作品である「紅い眼鏡」を、なぜいまリマスターするのか? 作品の評価は置くとして、その意義を技術的側面から説明したいと思います。


 「紅い眼鏡」をモノクロ作品として仕上げたいと考えた理由は、決して低予算だったからではありませんし、監督の趣味でそうなったという訳でもありません(それもありますが)。当時でもモノクロフィルムの入手はすでに困難であり、まして長編劇映画の撮影に必須でもあるフィルムのロットナンバーを揃えるという作業は困難を極めました。入手可能だったネガフィルムの絶対量には限界があり、撮影にあたってはカメラ内に残った十数秒分の端尺といえども無駄なく使用するために大切に保管され、撮影部の大きな負担にもなっていました。


 そこまでして、なぜモノクロフィルムにこだわったかといえば、それは一にも二にも「紅い眼鏡」という作品にとって何より重要な「紅」という色を演出的に際立たせるー色彩設計を極限まで重要な演出要素として確保したかったからに他なりません。


 全編モノクロームの無彩色の世界の中で、夢とも幻ともいえるような鮮やかさで浮かび上がる「紅」の色彩は、この作品がどうしても獲得しなければならない色であり、全ての演出方針はこの獲得目標に向けて決定されなければならなかったからなのです。紅一という主人公の名前も、幻影の紅い少女(赤頭巾)も、あの黒い動甲冑の暗闇に輝く電子眼の紅い色も、全てはその「紅」に向けて収斂すべき伏線だったのです。まあ撮影中の思いつきだったりもしますが。


 当時はデジタルなどという結構な手段は存在しませんから、ラストシーンでモノクロの世界から鮮やかに浮かび上がる「紅い少女」の色彩をワンカット内で実現するために、カメラマンの間宮さんと知恵を絞りました。その結論が「モノクロネガフィルムで撮影し、それをカラーポジに焼き付けることで、カラーフィルムの世界に擬似的にモノクロの世界を出現させる」という方法でした。この方法は副産物として、モノクロの柔和なトーンに微妙な粒状を加えて、伝統的な邦画の世界の情緒的な映像と一線を画す、という効果を上げることも可能としたのです。


 ご存じでしたか? 実はそうだったんです。この疑似モノクロ映画はネガフィルムを確保するために奔走し、ラボでのオプティカルテストを繰り返し、映像のキレを担保するためにズームレンズの多用による現場の効率化を退けて敢えてレンズ交換を繰り返し……オカネはなかったけど手間暇だけはふんだんにかけて制作した映画だったのです。いやあ、本当に大変だったなあ、といっても苦労したのはスタッフだけで、監督である僕自身は初めての実写映画の現場を堪能しただけなんですけど。


 この疑似モノクロ映画の微妙な色彩の体験は、本来はオリジナルプリントの上映によってしか実感できないのですが、もし現在の技術でリマスターできるのであれば、DVDやLDでしか鑑賞できなかった方々や、遠い記憶の彼方にあるスクリーン体験を蘇らせたいという物好きな方々に、新たな映像体験を提供できるのではないかー。それは呪われた映画を撮って、本人も呪われた監督になってしまったオシイ個人のささやかな願望でもあります。


 というわけで、すでにDVDをお持ちの方にもお願いです。「紅い眼鏡」の「紅」をーモノクロの世界から鮮やかに浮かび上がる「紅い少女」をこの眼で観たい、確認したいという殊勝な方々へ今回の企画への賛同をお願い致します。目標額に達しなくても恨んだりしませんから。


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