『イップス』第9話 トリックのために法律や常識をねじ曲げないでください

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2024年06月08日 14:01  日刊サイゾー

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 イップスで書けなくなった小説家・黒羽ミコ(篠原涼子)と、イップスで捜査ができなくなった刑事・森野(バカリズム)がバディを組んで殺人事件を解決していく“倒叙型”のミステリードラマ『イップス』(フジテレビ系)も第9話。

 ここまでの9話で3人の脚本家が参加し、メインとしてクレジットされていたオークラさんが4本、森ハヤシさんが3本、中園勇也さんが2本を担当。そのほか、話数によっては「トリック監修」の方が入っています。

 それぞれの特色としては、オークラさんはキャラクター重視で、謎解きは弱いけど、そのキャラが言わなそうなことは言わない、しなそうなことはしないというルールだけはちゃんと守ってる感じ。

 森さんはたぶんミステリーすごく好きなんだと思うんですけど、トリックに“ニン”が乗っていて謎解きに充足感がある。特に第8話の「行ってない、会ってない」のくだりは興奮しました。

 中園さんは溜めて溜めてセリフの破壊力一発で勝負するタイプのようです。第5話の渡部篤郎が発した「それ、私に関係あります?」はなかなかでした。でもなんか、トリックのために法律や常識をねじ曲げることがあるんだよなぁ。

 というわけで、今回は中園さん回。振り返りましょう。

■「怖い人が来ないうちに」

 今回の犯人は工事現場で働く不運な男。今日も朝からコーヒーはこぼしちゃうし、ティッシュは切れてるし、そこらへんにあった布で拭いたらそれが大切なプレミアTシャツだったりと不運続き。バイト先の現場でもコケてモルタルに手を突っ込んでしまったり、なんかケガしてしまったり、作業服のズボンの股が裂けちゃったりと、もうさんざんです。

 この男、かつては友人とベンチャーを立ち上げたこともあったようです。その友人は今や、TikTokで大バズりのイケイケ起業家。男はその友人のことを「運が良かっただけ」と負け惜しみを言いながら貧乏暮らしをしています。

 そんな男のもとにやってきたのは、闇金の借金取り。夜中にアパートのドアを叩いて「怖い人が来ないうちに金を返した方がいい」などと脅迫してきます。

 ここでさっそく、中園さん特有の「法律や常識をねじ曲げる」が発動。闇金が玄関口で脅迫してきたら録音&通報で一発アウトです。こういうところを、なんとなくのイメージで描写しちゃうところがあるみたいなんですよね。

 第5話で、裁判所の傍聴席でニット帽をかぶった法廷画家の替え玉を使ったトリックがありましたが、あんなのは裁判の傍聴に一度でも行ったことがあれば、もしくは行ったことがなくても傍聴経験のある人にちょっと確認すればトリックが成立しないことは明白なんです。傍聴席では帽子を取らなければいけない。そういうルールがある。

 それと同様で、闇金じゃなくても、一度でもちょっとそういう金融からつまんだ経験があれば、もしくはそういう経験者と話をしてみれば、こういう脅し方をされたら債務者にとっては「おいしい」「超ラッキー」以外の何物でもないことはわかるんです。今の警察は反社系の闇金なんかには、めっちゃ厳しいんだから。

 あとこれは演出の問題かもしれませんけど、借金取りを殴り殺したスパナ。あんな小型軽量のスパナの打撃一発で脳を挫傷させて即死させるなんてことは、人間の腕力では常識的にありえない。これだって、あのスパナを一回でも持ったことがあればわかることなんです。頭蓋骨なめんなって。

 今回はスパナで殴られた借金取りと、たまたま居合わせたマジシャンが死んだわけですが、このマジシャンの遺体を隠すくだりもなんだかなぁでした。

 男が8分間という限られた時間の中で部屋にあったロープ2本と梁とカラビナを使って滑車を作り、それで遺体を天井裏まで持ち上げるということをやってるわけですが、そんなことができたのは「工事現場で働いているから、重いものを持ち上げるのに慣れている」という理由なんです。

 1年バイトした程度の雑工が、現場で滑車を作って重量物の荷揚げを行うなんてことはありません。荷物や資材を吊り上げるというのは、工事現場でもっとも気を遣う作業なんです。そこらへんでガラ運んでコケてモルタルに突っ込むようなバイトがやる作業じゃない。こんなのも、一度でも工事現場でバイトしたことあればわかることなんだよなぁ。

 今回の事件、不運な男が不運にも人を殺してしまい、その不運は「自分が思い込んでるだけだろ」というメッセージを伝えるものでした。ミコさんが男をそう諭すシーンだけはキラッと光るんですが、中園さんという脚本家はおもしろい話を作るとかそういう以前に、素養とか一般教養とか呼ばれる部分がおろそかなんだよな。そんなことを感じさせる回でした。

■トリックのバラつきがしんどすぎる

 基本的には楽しいドラマだと思うんです。篠原涼子のキャアキャアも慣れてしまえば愛せるし、バカリズムとの掛け合いだって悪くない。今回でいえばうさんくさい借金取りにラランド・ニシダをツモってきたのも洒落っ気があっていいと思うんです。

 もうとにかく、回ごとのトリックのクオリティがバラつきすぎててしんどいんです。トータルとしてのディレクションが効いてない。コントロールできてない。設定と大筋だけ渡して、あとは適当に作っといて、という感じがありありと見えてきてしまう。

 ポップかつマニアックなパッケージは大いに期待をあおるものでしたが、本当にもったいない作品になっていると思います。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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