大貫妙子、坂本龍一とのコラボ作『UTAU』を振り返る。ふたりの特別な関係性を感じさせる演奏の秘密

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2024年07月19日 18:10  CINRA.NET

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Text by 山元翔一

今では他人と
呼ばれるふたりに
決して譲れぬ
生き方があった - 大貫妙子“風の道”より(1982年発表のオリジナルアルバム『Cliché』収録曲)1970年代から作曲・編曲、アレンジ、プロデュースなどを通じた深い関わり、特別な関係性があった大貫妙子と坂本龍一。2010年、ふたりは『UTAU』というコラボレーションアルバムを発表。ここには“風の道”をはじめとする大貫妙子の過去の楽曲をはじめ、坂本龍一の過去の楽曲に大貫が新たに歌詞をつけたものなどが「ピアノと歌のみ」というシンプルな構成で収められている。

そんな本作が14年越しに初のアナログ化、そのライブツアー東京公演を収録した『UTAU LIVE IN TOKYO 2010』も初めてBlu-rayとしてリリースされた。さらに現在、坂本龍一が音響監修を手がけた109シネマズプレミアム新宿で限定上映されており、7月15日には大貫妙子が登壇するトークイベントも行なわれた。以下にて、同イベントの内容を可能な限り全文掲載する。

國崎:今回、14年前に『サウンド&レコーディング・マガジン』という雑誌で、札幌での『UTAU』のレコーディングの模様を取材させていただいた縁で司会を務めさせていただきます。今日は当時のレコーディングと『UTAU』のツアーを思い出していただきながらお話をうかがいます。

大貫:はい。ずいぶん忘れているかもしれないです。

國崎:つい先日、NHKのドキュメント『北海道道〜“教授”の愛したスタジオ〜』で『UTAU』のレコーディングが行なわれた芸森スタジオに行かれていましたね。そこで当時のことを思い出されましたか?

大貫:部分的には(笑)。芸森スタジオは札幌から車で40分ぐらいの郊外にあるんですね。私は札幌に部屋を何年間か借りていたことがあって、関東と行ったり来たりしていたんですけど、そのときに北海道のいろんな方と知り合いまして。

それで芸森スタジオを知って、「これは素晴らしいスタジオだな」と。坂本さんとレコーディングすることが決まる前かどうかは覚えていないのですが、坂本さんから「芸森が空いてる」ということを聞いて、「ぜひやりませんか」という話をいただいたんです。

『UTAU LIVE IN TOKYO 2010』限定特別上映トークイベントより。トークの合間には、発売されたばかりの『UTAU』のアナログレコードから“美貌の青空”“夏色の服”“鉄道員”の3曲が再生された / 撮影:佐藤早苗

國崎:そもそも坂本さんと大貫さんのスケジュールを合わせること自体が、当時も大変だったかと思います。

大貫:いえ、私なんかは全然。スケジュールは真っ白です。坂本さんのスケジュールまでは全然わからないんですけど、たまたま何のときだったか……そのときはもう坂本さんはニューヨークに住んでいらっしゃってて、日本に戻ってきて何かの打ち合わせのときにマネージャーの方から「教授、ここからここまで空いてますよ」というふうに突然言われて。

「ふーん」なんて私はそのスケジュールを見ていて。「せっかくだから大貫さんと何かしたらどうですか?」って、たしか言ってくださったと思うんですよね(※)。

國崎:そのとき大貫さんとしては、坂本さんとやりたいことの具体的なイメージがあったのでしょうか?

大貫:具体的なイメージはなかったんですけど、「ふたりでできること」というか。レコーディングのためにいろんな人を集めたりするのはとても大変だし、それで一番シンプルな歌とピアノという形でやろうかなっていう。

2010年8月、芸森スタジオにて撮影(写真:小浪次郎)

國崎:『UTAU』では坂本さんのインスト曲に対して、大貫さんが新たに歌詞をつけるということが3曲で試みられていますが、これはどなたのアイデアだったのでしょうか?

大貫:私のほうから「よければ、歌詞のっけてもいい?」ってお話をしました(※)。

國崎:それはどういうおつもりで?

大貫:私は全部曲が先なんですよね。自分でも曲を書いたあとに歌詞をのせるんですけど。

國崎:いわゆる「曲先」で。

大貫:そうです。自分の歌詞を書くときも、自分で書いたメロディーではありながら「メロディーが詞を呼ぶ」ということがあって、もうずっとそういうふうにつくってきたんですね。

坂本さんの曲は当然のようにインストゥルメンタルが基本ですが、いい曲たくさんあるので聴いているうちに言葉が浮かんできたりするんです。それで、いつか許していただけるならば、1曲か2曲でも歌詞を書かせていただきたいなということを思っていました。

國崎:なるほど。

大貫:それを坂本さんに言ったら「いいよ」って。ちゃんと話を聞いてたのか、って思いますけど。

國崎:『UTAU』をやる前にも坂本さんの曲に詞をつけるということは、“Tango”(※)でやられていますよね。これも曲が先にあって、そこから浮かんできた言葉で歌詞をつくられた?

大貫:自分が出している曲は100%そうですね。

國崎:『UTAU』も同様に、曲の響きやメロディーから言葉を紡いでいかれたと。

大貫:とにかく歌詞をあとからのせるわけで、坂本さんの曲はもう全部できてるわけじゃないですか。それをもうひたすら聴くんですけど、ひたすら聴いてポコッと言葉が浮かんでくるのを待つんです。

その浮かんできた言葉がピタッとメロディーにはまれば、そこから波紋みたいに言葉を広げていく、というようなつくり方ですかね。それは自分の曲でもそうです。

國崎:『UTAU』のためには新たに3曲の歌詞を書かれたわけですが、数ある坂本さんの曲のなかで他にもつけたい曲はありましたか?

大貫:というよりも、一番言葉が浮かんでくるような曲からはじめたということですね(※)。

國崎:素晴らしい演奏でしたね。

大貫:坂本さんはね。

國崎:いやいや、聴き惚れてしまいました。この曲の歌詞は売野雅勇さんのものですね。

大貫:そうでしたか。自分で書いたとしたら、どこか違うなと思って聴いてました(笑)。自分では使わない言葉があるので。

國崎:この曲はもともと坂本さんが歌っているオリジナルアルバム『Smoochy』に収録されているものですけど、大貫さんが歌いたいとおっしゃったんですか?

大貫:だと思います。坂本さんから私に頼むことはないと思いますので。

國崎:「これを歌って」とはおっしゃらない人だった?

大貫:聞いたことはないです(※)。

國崎:他人の書いた歌詞を歌う、というのは大貫さんにとっては珍しいことですよね。

大貫:そうですね。

國崎:少し自分に合わせて書き換えたいとは思われませんでした?

大貫:いや、著名な作詞家の方の言葉を触るなんてことはできないです。

國崎:いつもの大貫さんの言葉遣いとは違って、それがかえって新鮮に響きます。

大貫:そうですね。

國崎:この空気感も独特といいますか。『UTAU』という作品には、大貫さんの声と坂本さんのピアノしか音は入っていないんですけど、空間、残響がアルバムを包むようにあります。これはやっぱり札幌の空気感なのでしょうか?

大貫:「スタジオの空気」もそうですし、もちろん芸森がある場所の自然の空気もあると思います。あとはやっぱりレコーディング期間中はプライベートな感じだったので、坂本さんは朝起きたら、連ドラ見ながらご飯食べてたり。

國崎:坂本さんは朝ドラお好きらしいですね(笑)。

大貫:そうですね。私も知らなかったので意外でしたけど。東京なんかの都会でレコーディングしている場合は、そういうリラックス感はまるでないので何か特別な空気感ではありましたね。

2010年8月、芸森スタジオにて撮影(写真:小浪次郎)

國崎:芸森スタジオのメインルームは天井高が7メートルぐらいある大きな空間で、そこには坂本さんしかいないわけですよね。大貫さんがすぐ横で歌っているわけではない。

大貫:はい、それぞれブースに入りますので。

國崎:別々のブースで、しかもお互いが見えないんですよね。いまこの曲を聴くと、いかにも隣で呼吸を合わせて演奏しているように聞こえたと思うんですけど、そうではない。

大貫:違いますね。でも、レコーディングは通常そうなので。

國崎:ガラス越しに演奏者同士が見えたりする設計のスタジオも多いですし、芸森スタジオもガラス越しで見えるんですが、ちょっと離れていましたよね。

大貫:そうですね。でも東京だったら音響ハウスも結構離れています。でももうそういうスタジオ自体がないので。

國崎:いくつもブースがあるスタジオがなくて、ひとつしかルームがないようなところも多いですよね。

大貫:そうなんですよ。音響ハウスの他にも東京にあるかもしれないんですけれども、やっぱり芸森スタジオは特別な環境でした。

國崎:『UTAU』の収録曲のように必ずしもテンポが一定じゃなく、少し伸び縮みするような曲の場合、アイコンタクトとかしにくいなか、どうやって合わせているんですか?

大貫:ヘッドフォン越しの気配ですね。普通のライブでピアノと歌だけのときも結局は同じ。やっぱり呼吸みたいなものがあるので、相手の呼吸を知ることで一緒にそのテンポに合わせていくってことだと思うんですけどね。

『UTAU LIVE IN TOKYO 2010』限定特別上映トークイベントより / 撮影:佐藤早苗

國崎:この頃から坂本さんのテンポ感は——

大貫:遅くなっていますよね。

國崎:1970年代とか80年代に一緒に活動されていたころと比べると、だいぶ遅いと感じたと思うのですが、やりにくくはなかったですか。

大貫:どれがやりやすい、っていうのはないんですよね、結局。テンポが多少速くなろうと遅くなろうと、ふたりの息が合うところがあるんです。『UTAU』のようにシンプルな構成だと、そこにきちんと両者が乗っかれれば気持ちいい、っていうことだと思うんですよね。

たとえば坂本さんが弾いてくださっている伴奏に対して、なんか歌いにくいなと思うことがあったときに、途中で急に止めるとか、何か言うとものすごく機嫌が悪くなるっていうか。向こうも集中してやってくださっているので、そのままで最後までいくしかない。そこはものすごくやっぱり気を遣うというか、レコーディングなので当然のことなんですけど。

國崎:なるべく途中で止めず、まずツルっと一度録る。

大貫:そうですね。基本は何度かリハーサルして、それから集中していわゆる「本ちゃん」という流れなんですが、それでもふたりともうまくかみ合わないなときはちょっとやめようか、っていうときもありますし、ケースバイケースです。

2010年8月、芸森スタジオにて撮影(写真:小浪次郎)

國崎:そのとき、今日はこの曲はやめて次の曲やろうか、みたいなことはありましたか?

大貫:どうでしたかね。たぶん、「この曲をやろう」と決めたら休みつつでも仕上げていくっていう感じだったと思います。結局、浮気していくとまたその曲に戻ってこなきゃならないので。

國崎:ちゃんとひとつずつ仕上げていくと。ボツにした曲とか、できなかった曲はあったんでしょうか。

大貫:あったかもしれないです。覚えてないんですけど。

國崎:これもまた素晴らしい演奏です。これは大貫さんの曲のリアレンジですよね。『UTAU』というアルバムだからだと思うんですけど、坂本さんの演奏もいわゆる「ピアノの伴奏」というようなものではなく、おふたりでかけ合っているというか歌い合っている、すごく特徴的なピアノです。

大貫:そうですね。いわゆる一般的な伴奏とは違います。意識してそういうふうに坂本さんも弾いているというより、ふたりで一緒につくっているのでそうなっている気もしますけど(※)。

國崎:いわゆる伴奏的なピアノのほうが、歌い手としては歌いやすいと思うんですけど。

大貫:そうではないんです。普通の伴奏って単純な構成だと逆にテンポ感が出てしまうんですよね。こういうシンプルな歌とピアノぐらいのときは、お互いに寄り添うように、ちょっと速くなったり遅くなったりしながらもひとつの世界がつくれたほうが美しいと私は思っているので。そういうふうにできる相手とやれることのほうが幸せかと私は思います。

國崎:そういう意味では、坂本さんとはそういうことができる間柄であった。

大貫:うーん、結果的には(笑)。

國崎:レコーディング後に札幌で一度、アルバム完成後にもう一度取材させていただいたんですけど、びっくりしたのが当時の取材によると結局歌は全部ほぼほぼ横浜で全部録り直されているんですよね。

大貫:そうでしたっけ? すっかり一緒に録ったものだと思ってました。何か気に入らなかったんですかね。

國崎:何かやはりその気になる部分がいくつかあったそうで。

大貫:全曲ですか? 本当に? 何しに札幌まで行ったのか。

國崎:その場でヘッドホンで気配を感じながら録ったテイクの歌を差し替えるためにもう一度歌う、というのはすごく大変じゃないですか。

大貫:いえ、通常のレコーディングでも、オケだけあって歌い直すということがありますから。ただそういう意味では……ピアノに対して歌が気に入らなくて、それで歌い直したと思うんですけど。全曲ですか。

國崎:というようなコメントをされていました。

大貫:そうするならば、場所が違うと声も違っちゃうので、もう一度さらっと歌い直しておこうかってことだったのかと思いますけど。忘れてた、ひゃー(笑)。

國崎:このコンサートのツアーのことって覚えてらっしゃいます? 結構本数もやられたと思うんですが。

大貫:『UTAU』ツアーですか。それは覚えていますよ。

國崎:今日は改めて東京国際フォーラムで収録された映像をご覧いただくわけですが、途中坂本さんソロパートもありつつ、ふたりだけでやっているとは思えない空間感があります。それにおそらく、ピアノのアレンジがすごく変わっているようにも聞こえます。

大貫:ふたりだけですから、それは坂本さんがいい意味で勝手に変えてらっしゃるんじゃないですか。

國崎:坂本さんは急に変えちゃうんですか。

大貫:突然インプロビゼーションみたいになっちゃうこともあります。曲によっては「え?」って思ったこともありますけども、どんなに彼が自由になっていても、めげずにとにかく淡々と歌うっていう。そういうことは何回かありました。

國崎:坂本さんとしては決まったことを繰り返すというのは——

大貫:やっぱり飽きちゃうんじゃないですかね。彼自身、アーティストであって、いわゆるバッキングをするミュージシャンじゃないので、そこは私も対等に、「私の伴奏だけをしてくれていればいい」って感じにはまったく思ってないので。それはもう自由にやっていただいて。

『UTAU LIVE IN TOKYO 2010』限定特別上映トークイベントより / 撮影:佐藤早苗

國崎:改めて映像を拝見してびっくりしたんですが、いきなり歌はじまりの曲もありますよね。

大貫:「たらららら〜♪(“美貌の青空”の歌い出しを歌う)」って感じですね。

國崎:ピアノと同時にはじまって、「これ、ピッチどうやって合わせていたんだろう?」って思いました。当時の取材記事を見たら、大貫さんのイヤモニに最初のコードを出してくれる担当の人がいたそうですね。

大貫:全曲じゃないんですけどね。

國崎:なかなか不思議なやり方ですよね。ちょっと鑑賞のポイントとして「これか」みたいに見ていただけるといいなと思います。もう1曲だけアナログから聴いていただきたいのですが、Disc2 A面1曲目“鉄道員”。これは奥田民生さんの詞です。ちょっと聴いてみましょう。

大貫:いい曲ですね。

國崎:そして、いい音です……アナログ盤でこれだけ大貫さんのハイトーンが綺麗に収められているのは、すごいことだなって思いました。アナログはカッティングがよくないと高音が歪みがちになるんですが、これは素晴らしい仕上がりですね。

大貫:そうですね。ありがたいです。

國崎:これから本編上映になるんですけれども、この劇場は坂本さんが音響監修されたということで特別なシステムがございまして。Blu-rayは通常2チャンネルの音声信号なんですが、「SAION Super Real Effects」というものを使って原音を残したまま立体的に、つまりちょっとサラウンド的に残響が再現されるといいますか。この年の国際フォーラムにタイムスリップしたような感覚を味わえると思います。

大貫:そういったところも坂本さんが全部監修されたんですか?

國崎:闘病中だったので直接いろいろってわけではないけど、トータルの監修はされたということのようです。この劇場は私も何度か映画鑑賞していますが、めちゃくちゃ音がいいです。

『UTAU LIVE IN TOKYO 2010』限定特別上映トークイベントより / 撮影:佐藤早苗

大貫:坂本さんは本当にね、「犬の耳」と私が呼んでるぐらい本当に耳のいい人で。レコーディング中、どれだけ彼が涙を流していたか。

いろんな方がインタビューで答えているんですけど、もう若い頃は特に、私なんかに聞こえないようなすごい高音も坂本さんはずっと聞こえてて、悲しいわけじゃなくてもうその音に反応しても涙が止まらないっていうことがよくあったんです。

聞こえないんだけど、耳は反応しているわけでしょ。それで涙が出ちゃうっていう。「なんか私、悪いこと言ったのかな?」「泣いてる?」とか言って、坂本さんが「いやいや、もうこの音に耳が反応しちゃって勝手に涙が止まらないんだけど」ってことは本当によくありましたよね。

國崎:よく泣かれる人らしいですね。

大貫:優しい人なので。それはそうですね。

國崎:私、こないだ『Ryuichi Sakamoto | Opus』の空音央監督のインタビューに立ち会ったんですけど、音央さんも言っていました。「よくピアノ弾きながら泣いてるんだよね、あの人。自分の曲を弾きながら泣いてて、どうかと思うけど」といったことをおっしゃっていました。

大貫:いやいや、素晴らしいことです。

國崎:素晴らしいですね、その感性というのは。

大貫:そう思います。

大貫妙子と坂本龍一 / 2010年8月、芸森スタジオにて撮影(写真:小浪次郎)
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