大津地裁の裁判長は、男性ふたりに88万円の賠償を命じた。
この判決が報道されると、SNSでは「老害」の文字が躍った。ぶつかられた女性が悪い、というわけだ。
しかしこの事件は、女性が勝手に校庭に入ったわけではなく、子どもたちの下校後にグラウンドゴルフ愛好会の活動が許されており、女性はその一員として来ていた。
しかも男児ふたりは集団下校の指導時に、グラウンドゴルフの会員たちが集まっている場所を走り回っていたらしい。
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それにしても、子どもは悪くない、高齢者が悪いと脊髄反射するネットの反応には驚かされる。
「子ども叱るな行く道じゃ、老人笑うな行く道じゃ」という言葉がある。何かにつけて「老害」を口にする人は年をとったとき、自らの言葉をどう思うのだろう。
陰でこそこそ「老害だよね」と言われて
女性の多い職場で働くチハルさん(48歳)は、1年前、部長に昇進し、今は15人の部下をもつ。自分では体力と気力、知力のバランスが一番いい時期かもしれないと思っているが、就任してすぐ、若手の女性社員から不評を買っていることがわかった。
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ただやる気はあるので、このモチベーションを正しい方向に生かせば、すごい戦力になると思っている人でした。期待していただけにがっかりしたけど、彼女の言っている老害の意味を知りたかった」
30代前半、女性部下が考える「老害」とは
ひとりひとりとじっくり話をしたいと思っていたので、面談の時間を設けた。例の彼女と話してみると、部内の年上男性に対して「とにかく老害がひどい」と訴える。その男性は、会社の生き字引的な人で、わからないことは何でも教えてくれる。ノウハウもあるから、チハルさんが頼りにしている人だった。
「どこが老害なのかと聞くと、『音をたててコーヒーを飲む』『いまだに、お、髪切った? と言う』『決定が遅い』などなど。決定が遅いというのは彼のせいではないことも多々ある。
それ以外はセクハラともモラハラとも言いがたいものばかりで、言いがかりに近い。
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それは聞きたいから、どういうところがそうなのか、どう改善したらいいのかとツッコむと具体案がない。
そこで具体案を出してくれればいいんですが、『私はヒラですから』と逃げる。仕事から逃げないように、何でも協力するからあなたの目標を作ってみてと言うと、『そういうの昭和っぽくないですか』って。
何でもそうやって老害だ昭和だと言っていたら、何も進まないよと言ってみたら、ちょっとふてくされていましたね」
老害ならぬ「若害」というのもあるのかもしれない。彼女のそういう態度が職場の空気を濁らせる。だが今は怒れない時代。
チハルさんは彼女に向いていそうな仕事を割り振り、30代後半の先輩女性をつけて細かく見てもらっている。
「あの子は戦力になる。私の目が狂っていないことを証明したいんです」
上司の心を彼女がくみ取れる日が来るのだろうか。
確かに「老害」はあるけれど
もちろん職場内で「老害認定」される人もいる。エミカさん(38歳)の職場では、隣の部の部長が“認定”されている。エミカさんの部署とも仕事のつながりがあるだけに、とにかく面倒なのだ。「まずは根回し。彼は自分が真っ先に話を聞かなければ納得しない。時には企画自体がつぶされる。長年、そうやって仕事をしてきたんでしょうね。これぞ老害という感じ。
しかも彼は社長の腰巾着なので、何かあると針小棒大に社長に言いつける。ところが2年前、社長が引退して息子が引き継いだんですよ。そうしたら組織ががらりと変わりました」
新社長は、前社長のやり方を一掃し、効率重視を打ち出した。エミカさんの隣の部署の部長は閑職に追いやられた。リストラも進んだ。仕事がしやすくなった一方で、社内が妙に殺伐としていった。
「新社長は50代ですが、これはこれで新しいものにかぶれた“老害”だとみんな言っています。前社長とは180度変わったけど、うちの社風には合っていない。
合わないものは去れということなんでしょうけど、そのせいで優秀な人たちが一気にいなくなった。劇的な改革をしたかったのはわかる。でもやり方を間違えたみたいです。
私たちも前社長時代は、よく老害だよねと言っていたけど、そういう言葉を安易に使うわけにはいかないと思うようになりました」
年齢だけで「老害」とくくるのは差別的
前社長はコネだの自分への服従度などで人を測る人だった。そんな体制に今どきの社員はついていかない。だが新社長は効率を重視するあまり、人の心を読まなかった。それもまた人はついていけない。そしてどちらも「老害」とくくられることで、本質が見えなくなる。
年代ですべてを斬るのは「差別」に近い。小学生にぶつかられてケガをした80代女性が裁判に訴えた件の事件も、単純に「老害」と片づけていいのか、当時の事情を知った上で判断するべきだろう。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(フリーライター))