『ゾルゲ事件』ソ連の諜報団が日本で暗躍した大事件ーーあまりにも隔世の感がある現代スパイとの違いは?

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2024年08月15日 15:01  リアルサウンド

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photo:Towfiqu barbhuiya(unsplash)
■ゾルゲ事件、知らないのは問題か

  東大や一橋大のクラスで、「ゾルゲ事件を知っているか?」と聞いたところ、100人中3人しか知らなかった……というポストが、X(旧Twitter)で話題になっている。ゾルゲといえば、ロシア系ドイツ人という自らの出自を生かし、ジャーナリストとして駐日ドイツ大使館に入り込んで数々の重要情報を得た、ソ連のスパイである。1933年からの日本での活動においては、日本軍が対ソ戦に踏み切るか、それとも南進を選ぶかという重要情報や、ドイツがソ連と開戦する兆候についてもソ連本国に報告。ゾルゲとその諜報団の活動は、太平洋戦争開戦直前の日本を舞台にした一大スパイ事件として、強いインパクトを残した。


  Xで話題になっているのは、「日本の重要情報が抜かれまくったこの大事件が今の若者に知られていない以上、似たような状況になったらまた日本は敗北するだろう」という論旨の切り抜き動画なのだが、確かにそれはそうだと思う。防諜に関しては過去の教訓に学ぶ点も大きい。ゆえに昭和の超有名スパイ事件の知名度が下がりまくっているのは由々しき事態である……というのは、その通りだろう。


  しかし、特に専門的な勉強をしていない大学生くらいの若者がゾルゲ事件について知らないというのは、ちょっとしょうがない気もする。第一に、ゾルゲ事件はわかりにくい。ロシア系ドイツ人というゾルゲの生まれがまずややこしいし、第一次大戦とロシア革命についての歴史を一通り頭に入れていないと、「第一次大戦ではドイツ兵として戦ったゾルゲが、なぜ戦後ソ連のスパイになったのか」という根本的な動機の部分が理解できない。


  第一次大戦から戦間期、そして日本の対米開戦に至るまでの世界史的な動きがある程度理解できていないと「なぜロシア系ドイツ人がソ連のスパイとして駐日ドイツ大使館に潜り込み、日本のジャーナリストである尾崎秀実らを手先にして情報を得ていたのか」という点が飲み込めないのだ。無論世界史について詳しいに越したことはないものの、80年以上前の事件に関してそこまで勉強しろと言われても、特に興味もないならばけっこう難しい。


  ゾルゲ事件の知名度が下がっている原因として思いつくものをもうひとつ挙げれば、ソ連がすでに存在していないという点もある。巨大な共産主義国家にして、西側世界のオルタナティブであったソ連が間近にあったころと現在では、「ソ連のスパイ」に対する危機感は段違いだろう。現在の日本で普通に生活を送っている限り、「自らが信奉する思想のため、スパイとして体を張る得体のしれない敵が身近にいるかもしれない」という感覚を理解するのは難しいのではないか。


■戦後、ポップアイコン化したゾルゲ

  さらにいうと、「ゾルゲ事件」のポップアイコンとしての寿命が尽きたという点もあるかもしれない。昭和の昔、ゾルゲはちょっとしたポップアイコンだった。ゾルゲの顔をド正面から撮影した、あの酷薄な印象の恐ろしげな写真。そして「リヒャルト・ゾルゲ」という、いかにも怪人めいた響きの名前。「ソ連のスパイ」という立場の得体のしれなさと「ゾルゲ」という人名、そしてあの顔写真が一体となり、おどろおどろしくも想像力を刺激するアイコンとして機能したのである。実際、子供の頃に「なんだかよくわからないけど怖い人」という印象でもって、ゾルゲの顔を脳裏に刻まれたという人は多いのではないだろうか。


  しかし、冷戦が終わり「怖いソ連のスパイ」の存在感が減退したことで、オカルト・都市伝説めいたポップアイコンとしてのゾルゲの物語は急速に風化したのではないかと思う。今更語り継いだところで、ソ連が存在したころと違って前提条件を説明するのも大変だし、大体インターネットを使った情報戦・認知戦がバチバチに繰り広げられている現在では、スパイとしてのゾルゲのありようもあまりにオールドスクールである。こういった条件が重なっていることを考えれば、昨今の大学生がゾルゲを知らないというのは、それなりに仕方のないことだと思う。無論、知っているに越したことはないが、現代的なスパイの姿とゾルゲ諜報団はあまりにかけ離れすぎているのだ。


■小説からみる現代のロシアスパイ

  例えば、現代的なロシアのスパイが出てくる作品であれば、マーク・グリーニーによるグレイマンシリーズの最新作『暗殺者の屈辱』がある。この小説は「グレイマン(目立たない男)」の二つ名で呼ばれる凄腕の工作員コート・ジェントリーの活躍を描く人気シリーズ。最新作ではロシアによるウクライナ侵攻を物語のベースにしつつ、ロシアが工作のために西側へ送り込んでいた資金の証拠となるデータを巡って、工作員たちの激闘が繰り広げられる。



 この物語の中に登場するのは、現代的なロシアのスパイたちだ。特に「今回のゲスト悪役」として登場するルカ・ルデンコはロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の特殊部隊である「29155部隊」の一員。この29155部隊はアフガニスタンでは「アメリカ兵に賞金をかけてタリバンに殺害を依頼する」という作戦に従事していたとされ、イギリスに亡命していた二重スパイの元GRU工作員セルゲイ・スクリパリを神経剤ノビチョクで殺害しようとした事件などにも関与していたとされている。


  最新のテクノロジーを使いこなし、ターゲットを追ってヨーロッパやアメリカを駆け回る現代のロシアのスパイの姿を、マーク・グリーニーは説得力を持って描く。もちろん冒険小説なので、派手な銃撃戦や主人公ジェントリーの見せ場も満載、徹頭徹尾リアル一辺倒という作品ではない。が、西側の情報機関を翻弄しながら敵地に乗り込み、銃とナイフを手に駆け回るロシアの工作員たちの暴れぶりを見ると、「なるほど、これが現代的なスパイかも……」という気持ちになる。


  当たり前だがグレイマンシリーズはフィクションなので、実際の29155部隊の仕事ぶりと小説の内容とは、大きく異なる部分もあるだろう。しかし、ゾルゲたちが暗躍した時期のエピソードよりは、このシリーズの方が現代的なスパイたちのありようが皮膚感覚で理解できるのも確かだ。こういった小説を、今も昔も変わらない「ロシアのスパイ」の恐ろしさを知る入り口にするのも、悪くないのではないだろうか。


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  • 『同姓でイジメられる』的な事件とか言ってみる。
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