元ホンダ技術者・浅木泰昭氏が語るシーズン後半の展望! "優勝請負人"ニューウェイの移籍先、その本命は!?

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2024年08月20日 06:10  週プレNEWS

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19年在籍したレッドブルを離れ、去就が大きな注目を集めるエイドリアン・ニューウェイ

今週末に開催される第15戦オランダGP(決勝8月25日)からF1の後半戦がスタートする。注目のチャンピオン争いはレッドブルとマックス・フェルスタッペンがトップで折り返したが、ライバルたちは王者の背中を確実にとらえている。

チャンピオン争いのカギとなるのか? 後半戦の注目ポイントは? ホンダのパワーユニット(PU)の生みの親、浅木泰昭(あさき・やすあき)氏が、技術者の視点でシーズン後半戦を展望する!

前編はこちらから

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【写真】なぜホンダはF1に復帰するのか? 舞台裏をつづった浅木氏の著書

■レッドブル時代の終わりの始まりか?

――今シーズンのF1は全24戦で争われますが、後半戦は第15戦のオランダGPからスタートします。見どころは?

浅木 F1は2026年シーズンから新しいマシンのレギュレーションが導入されます。そのため各チームは来シーズン、新レギュレーションに向けての開発にシフトすると思います。つまり24年シーズンの後半戦の勢力図がそのまま25年シーズンも続いていくと予想しているので、この後半戦の各チームのマシン開発は非常に重要になっていきます。

その中で注目しているのはやはりレッドブルですね。前編でも話したように、レッドブルはチーム創設者のデートリヒ・マテシッツが亡くなったあと、チーム内で権力闘争が始まりました。その後、マシン設計を手掛けてきた最高技術責任者のエイドリアン・ニューウェイを始め、さまざまな人材がチームを離れ、レッドブルの開発スピードが落ちてしまっている、というのが私の仮説です。

もはやレッドブルは"泥船"で、終わりの始まりを迎えているのか? それとも開発がたまたま失敗したことによって生じたつまずきなのか? どんなチームも、アップデートがうまくいかずに一時的に停滞することはあります。レッドブルには底力があり、クリスチャン・ホーナー代表がしっかりと立て直してくるのか。それがはっきりするのは、これから始まる後半戦だと思っています。

■マクラーレンの王座獲得のチャンスは今年と来年だけ

――コンスラクターズ選手権でみると、首位のレッドブルとランキング2位のマクラーレンとのポイント差は42点と、接戦になっています。

浅木 マクラーレンは開発が進んでマシンは速くなっていますが、まだ勝ち方を知らない。逆にレッドブルやメルセデスは最速のマシンを持っていませんが、戦略やコース状況に合わせた瞬時の判断などが巧みで、チームとしての勝ち方を熟知しています。そこをマクラーレンがどれぐらい伸ばせるのか。

でも、勝ち方というのは経験を積むと身に付いてくるので、コンストラクターズ・タイトルに関してはマクラーレンが本命という気がします。しかもレッドブルは、マックス・フェルスタッペンがなんとか優勝争いに加わっていますが、セルジオ・ペレスは不調が続いています。一方のマクラーレンは、ランド・ノリスとオスカー・ピアストリという速いドライバーがふたりそろっています。マクラーレンはレッドブルに対して2対1という有利な状況にあります。

それにマクラーレンがコンストラクターズのタイトルを獲るための大きなチャンスは今年と来年しかないと思うので、この後半戦に勝負をかけてくる可能性は高いでしょう。

――マクラーレンは2026年以降、タイトルを獲得するのは難しいということですか?

浅木 25年まではPUの開発が凍結されており、それがマクラーレンにとってアドバンテージになっていると話しましたが、新しいPUのレギュレーションが導入される26年以降は開発競争がスタートします。そうなると、メルセデスは設計変更の情報などをマクラーレンに渡すのを後回しにして、車体の開発を少しでも遅らせるようにするでしょう。私がメルセデスの人間であれば、そうします。いつまでもカスタマーに勝たれてはたまりませんから(笑)。

おそらくマクラーレンは26年以降、そういう流れになると見据えているはずなので、この後半戦と来シーズンは相当、力を入れてくると思います。もしマクラーレンがメルセデスを上回る成績を残してタイトルを獲得すると、大きな火種になるかもしれません。

ワークスがカスタマーに負けるというのは死活問題です。メルセデスの社内では「カスタマーのマクラーレンに勝たせるために数百億円という大金をかけてPUを開発しているのか」という議論が噴出するかもしれないので、ワークスのメルセデスとカスタマーのマクラーレンの対決には注目しています。

■マクラーレンに必要なのは"いやらしさ"

――ドライバーズ選手権は、首位のフェルスタッペンとランキング2位のノリスとのポイント差は78点差です。ここも逆転可能だと見ていますか?

浅木 中盤戦に入ってからはマクラーレン2対レッドブル1という戦いの構図になっていると話しましたが、この有利な状況を生かした戦い方を本当にやってくるのかどうか。例えば、ピアストリのピットインのタイミングをずらして、フェルスタッペンの前に出して抑え役にさせて、ノリスを先行させるとか。そういう"いやらしい"戦い方に出てくると、レッドブルは苦しいですね。

でも今シーズンのマクラーレンは、ピアストリをサポート役にして勝ち切ったことが一度もありません。だから現在のポジションに収まっているともいえますが、マクラーレンとノリスが逆転でタイトルを獲得するためには、そうした戦い方も必要になってくると思います。

――それ以外で注目のチーム、ドライバーはいますか?

浅木 ドライバーは個人的に前半戦で2勝を挙げたハミルトンに注目しています。現在ドライバーズランキング5位のハミルトンはすでにタイトル獲得のチャンスはないと思いますが、勝てるというスイッチが入ったときのハミルトンはさすがだなと改めて感じています。来年フェラーリへ移籍が決まっている彼が後半戦、メルセデスで何度勝利をするのかも見どころだと思います。

26年からホンダとパートナーシップを組むアストンマーティンがちょっと元気ないのは心配です。レッドブルから空力担当のスタッフが移籍して、昨シーズンはそこそこ戦えるマシンを作り上げましたが、その後の開発がうまくいっていないように見えます。そのアストンマーティンにはニューウェイが移籍するとも噂されていますが、彼がどこに就職するのかも気になりますね。

■"優勝請負人"ニューウェイの移籍先は?

――ニューウェイはレッドブル、マクラーレン、ウイリアムズなどで数々の勝利とタイトルを獲得している"優勝請負人"です。アストンマーティンやフェラーリなど、多くのチームが獲得に動いていると噂されています。

浅木 フェラーリも巨額のオファーを出したという噂も出ていますが、ニューウェイはすでに栄誉もお金も手にしています。今さら金で動くことはあり得ないでしょう。それよりも思い通りの環境で仕事ができるのかどうかが決め手になると思います。

フェラーリは長い歴史がありますし、注目度も高いチームです。レッドブル時代のようにプレッシャーがかからず自由に仕事ができる環境かといえば、なかなか難しいと思います。それにニューウェイは現在65歳。私は同世代の人間として、今さら家族の住む母国イギリスを離れて、イタリアで生活するのかなあ......と感じます。

レッドブルに19年間在籍したニューウェイは、オーナー社長がいる組織の良さを知っていると思います。マテシッツやローレンス・ストロールのような絶対的な権力を持つリーダーがいる組織は、周囲の雑音を気にせず、勝利のために集中して仕事に取り組める環境があります。

たとえ結果が出なくてもリーダーが自分でお金を出していますし、周囲がF1で勝つという強い意志や情熱を感じとっていますので、まず揉め事が起きません。しかもアストンマーティンはイギリスに開発拠点を置いていますし、ニューウェイにとっては最適の環境のように見えます。

――2026年からアストンマーティンはホンダと組みます。ホンダの存在がアストンマーティンにとってはニューウェイ獲得の大きなカードになるのではないですか?

浅木 それは私にはわかりませんが、ニューウェイはホンダに対して信頼感はあると思います。レッドブルはルノーが自分たちでチームを所有して参戦する2016年シーズン以前はワークス待遇でしたが、2019年にホンダと組む直前まではカスタマー契約でした。ルノーとレッドブルはライバル関係でもあったので、レッドブルがこういう車体設計をしたいからPUを変更してほしいとリクエストを出してもなかなか対応してくれなかった部分があったと思います。

でも、レッドブルがルノーと別れ、ホンダとパートナーシップを組んだとき、ホンダのスタッフはニューウェイを始めとする車体屋のリクエストに対して一生懸命に対応してきました。ニューウェイの移籍先は、シーズンのどこかのタイミングで明らかになるでしょう。それも後半戦の大きな注目ポイントかもしれません。

●浅木泰昭(あさき・やすあき) 
1958年生まれ、広島県出身。1981年、本田技術研究所に入社。第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得する。2023年春、ホンダを定年退職。現在は動画配信サービス「DAZN」でF1解説を務める。著書に『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)がある。

インタビュー・文/川原田 剛 写真/樋口 涼(浅木氏) 桜井淳雄(F1)

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