だが、別姓のまま暮らす家族は増えている。政治や法律は、いつも「現実より遅い」のだ。
近所では「内縁らしい」という噂が
「うちは夫婦で話し合って、制度ができるまでは別姓のままでいようと決めたんです。公正証書も作ってあります。子どもたちにもきちんと説明してあるので、うちはパパとママの苗字が違うけどそれでいいんだよと子ども自らが言っています」ミズキさん(42歳)はそう言う。同い年の夫との間に、11歳の息子と9歳の娘がいるが、ふたりとも苗字の違いはなんとも思っていないようだ。
「夫とは、完全に対等な関係ですね。何を言っても夫が理不尽に怒ることもないし、話せば解決すると思っているのでケンカもしたことがないです。子どもには子どもの理屈があるから、息子と娘にも言いたいことは我慢しないでちゃんというようにと小さいころから言ってあります」
ご近所が噂する「あの家は夫が不倫」「妻の素性が……」
それでも周りは口さがないことを言ったりもする。近所の噂では、「あの家は夫が不倫相手と暮らしている」だの「内縁というのは妻の素性が怪しいから、正式な結婚ができないらしい」だのが広がり、誹謗中傷が吹き荒れたこともある。「くだらない噂には耳を貸さない。大人はそれができるけど、子どもたちはそうはいかない。友だちに何か言われたら、『うちはパパもママも自立しているから、それぞれの苗字で仕事をしている』と答えているようです。かっこいいととらえているのでよかった」
ママ友グループのLINEでも、「お宅は別姓なの?」と言われたことがある。仕事上、独身時代からのキャリアを姓が変わることで途絶えさせたくなかったこと、海外とのやりとりも多く、「本名」を求められる仕事もあるので姓を変えることはできなかったことなどを伝えた。
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「面倒がないから、それはそれでよかったんですが、一部に『かっこいいわね』と言ってくれる人が現れて、また友だちができました。よくわからないですけどね、誤解や嫉妬って。人はそれぞれ勝手に自由に生きればいいと思っているので、他人に嫉妬すること思考回路が私にはないんです。
子どもじゃないので、別姓だからかっこいいとは思わないけど、別姓だからといって現実の生活に不都合はない。それぞれ好きなように選べばいいだけの話ですよね」
みんなと同じが幸せとは限らない。子どもたちにはそれが伝わっているはずだとミズキさんは言う。
「別姓」に疲れた時期もあった
一方で、別姓を選択したことで一時期は疲れ果て、いっそ婚姻届を出そうかと迷ったこともあるというのはヨシミさん(40歳)だ。「今、8歳になるひとり娘がいますが、最初に迷ったのは妊娠がわかったとき。夫が父親学級に参加できないのではないか、子どもが将来いじめられるのではないかと、いろいろ考えてしまって。でも私は、やはり自分の姓を大事にしたかったし、夫もそれは同じ。できるところまでがんばってみようとふたりで話し合いました」
住んでいる自治体と話し、夫が父親学級に参加することはできた。産まれた子は夫が認知したが、確かに家族でひとつの戸籍があるわけではない。
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娘には小さいときから、きちんと説明してきた。別姓だからといって家族には違いがない。誰かに何か言われても、堂々としているようにと。幸い、娘のクラスにはもうひとり、夫婦別姓の家の子がいた。担任の先生も、そういう家もあると説明してくれたため、子ども同士では話題にもなっていないようだ。
夫婦同姓は今や「日本だけ」
だが、姓が違うことをいちいち説明しなければいけないことにも腹が立つとヨシミさんは言う。結婚したら姓を統一しなければいけないのは、世界を見渡しても今や日本だけとなっている。それぞれの姓を名乗る、複合でもいいなど、世界はもっと自由である。そして日本では97パーセント以上が、夫の姓を名乗っているのが現状だ。
「私は夫の姓を名乗るのが、夫の“家”に取り込まれるような気がして嫌でした。夫も『それは自分も同じ、僕たちは個人と個人なのだから、それぞれの苗字でいいはずだ』と。いつまで待てば実現するんですかね」
“伝統的家族制度”とやらに固執する国と、市民の生活の間にある溝はますます深く広くなっている。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。
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