夏の甲子園の裏で開催されたもうひとつの高校野球 「リーガ・サマーキャンプ」って何だ⁉︎

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2024年08月29日 07:20  webスポルティーバ

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 夏の甲子園が開催されていた頃、北海道では地方大会で敗れた高校3年生たちが、別の舞台で腕を競い合っていた。「予選で負けたら引退というあり方でいいのか」と、一般社団法人『ジャパン・ベースボール・イノベーション』の阪長友仁代表が既存の高校野球の仕組みに疑問を抱き、今夏初開催した『リーガ・サマーキャンプ』だ。

【プロ注目のドラフト候補も参加】

 参加費26万9500円を払ってエントリーしたのは52人(3人は甲子園出場により辞退)。"ファーストペンギン"のひとりとなった左腕投手の横田心大(甲南)は参加動機をこう話した。

「次のステージへの架け橋になるので、めちゃくちゃいい機会だと思いました。自分と違う地域の選手もいっぱいいて、レベルも知れる。今回参加した田上航くん(八幡商業)、澁谷純希くん(帯広農業)はすごくいいピッチャーで、負けられないと刺激を受けました」

 ドラフト候補の田上や澁谷らの視察でNPBやMLBのスカウトも訪れたなか、試合は8月9日から栗山町民球場で4チームに分かれてそれぞれリーグ戦6試合とプレーオフが行なわれ、最終日の同17日にはエスコンフィールドでファイナルが開催された。

 横田のように大学で野球を続ける者が実戦機会を求めて参加した一方、強豪校で一度もベンチ入りできず不完全燃焼に終わった選手など、エントリーの動機は多岐にわたった。

「野球ってこんなに楽しかったんや!」

 参加者が球場から宿舎へのバスで思わず漏らしたという今回の取り組みには、既存の高校野球と異なる仕組みが多く見られた。

 最たる点が、リーグ戦で開催されたことだ。桐蔭学園に在籍し、強豪大学への進学が決まっている若井勇輝はこう話した。

「負けても"次"があるのが、高校野球との一番の違いです。プレッシャーがかかって小さいプレーになることは少ないですね。かつ、(リーグ戦の上位2チームだけが)エスコンでファイナルをできるという目標があるので、勝ちに向かって野球をするのが一番面白いところです」

 トーナメント戦では負けたら終わりのため、実力の高い者が優先的に起用される。対して、負けても次があるリーグ戦では、多くの選手にチャンスが与えられすい。

 先述した田上は、普段と異なる視点を持てたことがプラスになったと言う。

「トーナメント制の高校野球は勝利至上主義になりがちだと思います。自分はありがたいことに高校で投げさせてもらった立場ですが、リーガ・サマーキャンプはリーグ戦なので、ピンチの場面をベンチから応援することもありました。いつもなら自分が投げていたんだろうなと思いましたけど、そこをベンチから応援したのはすごくいい経験になりました」

 日大鶴ヶ丘では一度も公式戦でベンチ入りできず、「自分が主役になりたい」と参加したのが、右腕投手の牧野晴太朗だ。

「小学校から野球をやってきて、今回リーグ戦の最終戦で自分なりにいいピッチングができました。石田充冴くん(北星学園大付)、澁谷くん、田上くんなどからすごく刺激をもらいました。もととも、ここでひと区切りになればと思って来たけど、大学で目標を持って高いレベルでやりたい気持ちも芽生えてきました」

 実戦のなかでこそ、選手は最大限に成長する。その機会を設けやすいのがリーグ戦のメリットだ。

 反面、リーグ戦は「負けても次がある」からトーナメントより緊張感が薄れるとも言われるが、そう考えるのは未経験だからではないか。そう指摘するのが元ロッテのクローザーで、リーガ・サマーキャンプに指導者として参加した荻野忠寛氏だ。

「プロ野球は、全チームが全試合勝ちにいっています。結局『あと1勝していれば優勝できたのに......』となるので。『負けても次がある』と臨んでも、『待てよ。次に負けたらあとがなくなる』と緊張感が高まってくる。高校生たちは試合経験を積めただけでなく、リーグ戦の緊張感を知れたのはプラスだと思います」

【全選手が主体的にプレー】

 今回、エスコンでプレーできることを目的のひとつにエントリーした参加者は多くいたが、ファイナルに進めるのは上位2チームのみ(※残り2チームは打者一巡のミニゲームを実施)。勝たなければエスコンでの一戦に出場できないなか、実力者を優先的に起用するのか、なるべく均等に出場機会を設けるのか。そうしたチームの起用方針も高校生たちが決めた。

 リーガ・サマーキャンプの4チームには監督が置かれず、代わりに元高校球児の大学1年生がコーディネーター(チューターのようなイメージ)を務める。試合中にコーディネーターがサインを出すチームもあれば、ノーサインで戦うことを選択したチームもあった。

「バモス! バモス!」

 チャンスでベンチの柵に登り、指笛を交えて盛り上げるチームもあった。日本の高校野球というより、ラテンアメリカのように闊達な雰囲気だ。試合に入り込み、自然にそうした雰囲気になったと若井は語る。

「高校野球のようにベンチでずっと叫んでいるのはなく、必要な声だけを出している感じです。高校野球ではベンチに座ってはいけないチームもあると思うけど、ここでは座って休憩したり、声を出したりできる。本当にやりたいことをできるのがリーグ戦のいいところだと思います」

 指導者に促されるのではなく、自分たちが必要と考えて声を出す。リーガ・サマーキャンプでは全選手が主体的にプレーし、「野球が楽しい」と自然に口をつくような環境がつくられた。

 高校野球との違いで言えば、木製バットの使用もひとつだ。前述の若井は桐蔭学園では1年時からOBの勧めにより練習では木製バットを使用し、大学を見据えて実戦で「慣れたい」というのが参加理由のひとつだった。結果、エスコンのファイナルを含め2本の本塁打を放っている。

「木製は金属より飛びにくいから、どうやって飛ばそうかと考えるから練習の質が上がります。自分に力がつけばつくほど、木製でもうまく打てば飛んでいく」

 対して、投手目線で木製バットのメリットを語るのが、最速144キロの田上だ。

「金属バットで真芯を食われたら長打があるけど、木製では芯が狭くなるのでストライクゾーンで勝負できる。コントロールも大事だけど、自分の球ならベース盤の上で勝負できると感じられました」

【2日目から7イニング制を実施】

 また、リーガ・サマーキャンプでは投手の人数が各チーム4〜5人(野手の兼任を除く)と限られたこともあり、初戦とファイナルを除いて7イニング制で実施された。高校野球でも議論が始まったが、当事者はどう感じたのか。福島成蹊の安齋凌空が選手目線で語る。

「9イニングやって1試合という感じが自分のなかであるので、やっぱり7イニングは短いですね」

 高校野球は酷暑対策で7イニング制が検討される一方、道央圏にある栗山町は筆者が取材に訪れた8月15、16日は日中でも気温25〜27度程度で、湿度も低くて快適な気候だった。2日目から7イニング制で実施された理由は、球数制限として120球が上限で、登板間隔の推奨ルールとして100球以上投げたら中3日、100球未満は中2日、80球未満は中1日、60球までは連投可能と設定されるなか、投手の人数が限られたからだ。

 上記のアイディアを出した阪長代表は、7イニング制をやってみてどう感じたのか。

「以前から思っていたことですが、7イニング制でいいと感じました。そのほうが競ったまま終盤を迎え、どっちが勝つかわからない試合も多くなります。でも......」

 阪長代表が7イニング制に賛成するのは、あくまで条件付きだと言う。

「トーナメント戦の7イニング制には反対です。7イニングに短くするなら、たとえば1大会で1チーム3試合できるようにする。そうすれば、いろんな選手が出られるようになります。暑さ対策は必要ですが、いろんな課題をクリアできるように大人が知恵を出し合っていくことが重要。イニングだけを考えるのではなく、本当にトーナメントがいいのかを含め、多くの選手が出場機会を積めるようにトータルで考えることが大事だと思います」

 ちなみに、リーガ・サマーキャンプでは3日目から独自ルールが導入された。捕手が塁に出た場合、未出場の選手か、すでに交代した選手が臨時代走に出られるというものだ。

 リーガ・サマーキャンプでは捕手の人数が各チーム1〜2人と限られるなか、初日に3時間半の試合をした翌日の一戦で、走塁中に足をつる捕手がいた。そこで負担を軽減するため、上記の特別ルールが設けられた。

 当事者の高橋倖冴(北越)はこのルールをどう感じたのか。

「疲労が抜けないまま2試合目に出て、結構きつかったです。代走が出てくれることによってバッティングに集中できるし、ベンチにすぐに帰って守備に切り替えられる。疲労度はそこまで変わらないけど、走塁を考えなくていいのはよかったです」

 では、高校野球でも導入するのはどうだろうか。

「自分は走塁もしたいので......。リーグ戦なら導入してもいいと思うけど、高校野球はトーナメント戦です。連戦の2日目は体力的にもきつくなるので、走るのが得意ではないキャッチャーに希望制で使うのはいいと思います」

 近年、高校野球は球数制限や低反発バットの導入など、さまざまに変わり始めている。未来に向けて、どんな形にしていくのがいいのか。公式戦でいきなり変えるのではなく、試験的に導入し、判断するのもアリではないだろうか。

 そうした意味でも、リーグ戦、補欠なし、監督不在、木製バット、7イニング制、そして捕手の臨時代走など独自のルールが多く見られたリーガ・サマーキャンプは、高校野球に一石を投じる取り組みになった。

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