戦隊ヒーローを題材にした『ベイマックス』 ポリコレに縛られたディズニーの行方

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2024年09月06日 15:01  日刊サイゾー

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日刊サイゾー

(写真/Getty Imagesより)

 今週の『金ロー』こと、9月6日(金)放映の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)は3DCGアニメ『ベイマックス』(2014年)です。『アナと雪の女王』(2013年)を大ヒットさせたディズニーアニメが放ったSFアドベンチャーもので、ケア・ロボット「ベイマックス」の健気さにほろりとさせられる感動作です。日本だけで興収91億8000万円というメガヒットを記録しています。

 主人公は14歳の少年ヒロ・ハマダ。ロボット工学の天才で、兄のタダシから勧められ、タダシの通う工科大学へ飛び級入学しようと考えます。キャラハン教授に認めてもらうために、ヒロはマイクロボットという画期的な発明を完成させます。そんな矢先、大学内で火災が起き、キャラハン教授を救おうとしたタダシは炎にのみ込まれ、亡くなってしまいます。

 落ち込むヒロの前に現れたのが、ベイマックスです。タダシが開発したケア・ロボットで、ヒロが元気になるのをサポートするために起動したのです。ケア・ロボットなんて必要ないと思っていたヒロでしたが、ふわふわとした触り心地のベイマックスに、優しかった兄・タダシの面影を感じ、行動を共にするようになります。

 兄が亡くなった火災の真相を、ヒロは調べ始めます。兄の大学での研究仲間だった四人組、ゴー・ゴー、ワサビ、ハニー・レモン、フレッドも、これに協力します。やがて、ヒロたちは仮面姿の怪しい人物・ヨウカイと対峙するのですがその正体は……。

製作総指揮は『トイ・ストーリー』のジョン・ラセター

 本作の面白さは、何と言ってもベイマックスというキャラクターの魅力に尽きるでしょう。マシュマロのようにふんわりしたビジュアルで、CGアニメながら見ているだけで癒されるものがあります。ヒロならずとも、ベイマックスにハグされたいと思う人は少なくないはずです。悩みを打ち明ける相手のいない孤独な現代人にとって、静かに抱きしめてくれるベイマックスは最高のセラピストであり、理想の友達像でもあります。

 また、本作の原題は『Big Hero 6』となっており、日本の「戦隊ヒーロー」にインスパイアされています。1990年代には『パワーレンジャー』が大ブームになるなど、日本発の戦隊ヒーローは米国でも大人気です。戦闘用にバージョンアップされたベイマックスの放つロケットパンチが、クライマックスの鍵を握るなど、日本の特撮&アニメファンには堪らない内容となっています。

 ディズニーアニメは、この時期は絶好調でした。2006年にスティーブ・ジョブズが経営するアニメ工房「ピクサー・アニメーション・スタジオ」を、ディズニーは74億ドルで買収。以降、「ピクサー」で『トイ・ストーリー』(1995年)などの革新的なアニメを手掛けていたジョン・ラセターが、ピクサーとディズニーアニメのチーフ・クリエイティブ・オフィサー(CCO)を兼任します。CGアニメの開発にお金を使いすぎたことからディズニーをクビになった過去のあるジョン・ラセターが古巣にカムバックし、それまで低迷していたディズニーアニメは息を吹き返します。

 9月20日(金)の『金ロー』で放映される『トイ・ストーリー3』(2010年)も、ジョン・ラセターが製作総指揮を務めた彼の代表作です。ディズニーアニメ『アナと雪の女王』は、世界興収1280億円という記録的な大ヒット作となりました。『ベイマックス』は、そんな勢いに乗るディズニーアニメのパワーを感じさせる快作となっています。

 ピクサー買収で世間を驚かせたディズニーは、その後も大型買収を重ね、巨大組織となっていきます。2009年には『アイアンマン』(2008年)などで人気のマーベルコミックの買収に成功。2012年には『スター・ウォーズ』(1977年)で知られる「ルーカスフィルム」を買収。さらに2018年には『エイリアン』(1979年)などのヒット作を持つ「20世紀スタジオ」も買収します。アニメーションづくりとテーマパークの運営をメインにした子ども向けの会社から、M&Aを繰り返す巨大企業へと変貌していきます。

 組織が巨大化していったことで、ディズニーはポリティカル・コレクトネス(政治的妥当性)を強く遵守するようになっていきます。スタッフとのスキンシップを図るために、ハグをすることで有名だったジョン・ラセターは、Me Too運動もあり、2018年末にディズニーを辞めさせられています。枕営業を強要していた元大物プロデューサーのハーベイ・ワインスタインと同列扱いすることに疑問の声もありましたが、ラセターが製作総指揮した『トイ・ストーリー4』(2019年)は、その完成を見届けることなく、彼の名前はクレジットから外されています。

 あらゆるスタッフが働きやすい職場であることはとても大切ですが、現在のディズニーは作品づくりにおいてもポリコレを意識した作品が多くなっています。9月27日(金)の「金ロー」で放映される『バズ・ライトイヤー』(2022年)では、メインキャラクターに同性愛者を登場させ、物語に大きく関わることになります。

 アンデルセン童話『人魚姫』を原作にした実写映画『リトル・マーメイド』(2023年)には、アフリカ系アメリカ人の歌手であるハリー・ベイリーを人魚のアリエルに起用し、賛否が起こりました。社会の多様性に配慮した作品づくりでしたが、『バズ・ライトイヤー』も『リトル・マーメイド』も、興収的には厳しい結果となっています。

 マーベル制作の『デッドプール&ウルヴァリン』やピクサー制作の『インサイド・ヘッド2』などが今年はヒットしているので陰に隠れがちですが、今後公開されるディズニーアニメは『モアナと伝説の海2』『ズートピア2』『アナと雪の女王3』など、過去のヒット作の続編ばかりなのも気になるところです。

ジョージ・ルーカスが味わった屈辱

 近年のディズニーを象徴するエピソードとして、「ルーカスフィルム」買収時のジョージ・ルーカスに対する対応が知られています。「スター・ウォーズ」シリーズの“生みの親”であるルーカスはその権利をディズニーに売り渡す際に、新シリーズのあらすじも渡したそうです。

 しかし、契約事項に「ルーカスのアイデアを必ずしも取り入れる必要はない」「ルーカスは新作を酷評してはならない」とあることを理由に、ルーカスのアイデアは却下され、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(2015年)以降の作品はルーカス抜きで制作されています。『フォースの覚醒』のプレミア上映に出席するのをルーカスは嫌がったそうですが、無理矢理に出席させられた上に、満席の会場からの拍手を浴びるという目に遭っています。そのときのルーカスはどんな心情だったのでしょうか。ま、ルーカスがお金で売ってしまったから、仕方ないんですが。

 ちなみにピクサー、マーベル、ルーカスフィルム、20世紀スタジオの買収劇を次々と成功させたのは、ロバート・アイガーCEO。2020年に一度引退したものの、コロナ禍によるテーマパーク収益の減少、ディズニープラスがなかなか黒字にならないことから、これまでの辣腕ぶりを買われて2022年からCEOに返り咲いています。米国の大統領選に出馬することも考えていたという、大変な野心家です。

 ポリコレを遵守するのは大変けっこうなことですが、テクノロジーと物語の斬新さでワクワクさせる新作をつくってほしいなぁと思う次第です。

 最後は「ケア・ロボットを今、いちばん必要としているのは2度もディズニーから追い出されたジョン・ラセターではないか」という一文で締めようと思ったのですが、wikipediaを見たところ、すでに別のアニメーションスタジオにジョン・ラセターは収まっているとのこと。いつか「ジョン・ラセター、2度目の逆襲」という新作アニメができようものなら、ぜひ観てみたいと思います。

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