サポート体制をどこまで強化すべきか。「カスタマーハラスメント(通称:カスハラ)」をどのように定義して対処すべきか。多くの企業にとって喫緊の課題となっています。
近年、接客業で深刻化するカスハラは、私たちの社会に新たな課題を突きつけています。
東京都は2024年10月、「カスタマー・ハラスメント防止条例」を可決しました。罰則規定は設けられていないものの、条例でカスハラは違法である旨が明記されたことによって、今後の被害減少が期待されています。また、三重県桑名市のように、カスハラ加害を認定した後に氏名公表の制裁措置まで盛り込む自治体も出てきました。
これらのルールづくりの背景として、ハラスメントに対する厳罰化の社会的情勢に加えて、SNSによる企業や個人に対する「晒(さら)し行為」の増加、カスハラを受けての離職増加の影響が挙げられます。本記事では、今こそ考えるべき「カスハラ対策」について深堀りしていきます。
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●カスハラの定義と実態
厚生労働省によるカスハラの定義は「顧客からの要求が社会通念上不相当な手段・態様によって行われ、労働者の就業環境を害するもの」とされています。
少し抽象度が高いので、同省が発表した事例を紹介します。サポートデスクの担当者に「頭悪い上に性格悪い」と人格を否定するような発言をする、「家に火をつけるぞ」といった脅迫を行うなど、「過度な要求」「セクハラまがいの発言」「正論のような詰問」が記されています。一般的なクレームとカスハラの決定的な違いは、その要求手段の「不当性」にあります。
このような定義付けにより、クレームとの違いが認識され、現場が極端な我慢をしなくてもいい方向に向かっているのは、試行錯誤しながらも総じて大きな進歩と考えられます。
●顧客側と企業側から分析
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「顧客」と「企業」の関係から見るカスハラ
この問題が日本で特に顕在化している背景には、独特の価値観が存在します。「お客さまは神様」という考え方の誤った解釈と拡大は、その代表例といえるでしょう。海外、とりわけ米国などでは、顧客と企業は対等です。カスタマーハラスメントという造語が和製英語である所以(ゆえん)だと思われます。
「従業員」と「企業」の関係から見るカスハラ
日本では、労働者が自分の権利を主張しにくい文化があります。その文化が、言い換えると「カスハラを受け入れてしまいやすい土壌」になったのではないでしょうか。また、企業が「顧客第一」を優先するあまり、従業員の安全やメンタルヘルスを後回しにする傾向がありました。
いまは人手不足の影響もあり、働く環境へ投資する企業が増えています。カスハラは従業員のメンタルヘルスにマイナスであり、対処しない企業は定着率や採用に悪影響を受けます。
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「社会」の態様から見るカスハラ
経済的不安や競争の激化などにより、社会全体でストレスが高まっていることも一因です。エス・ピー・ネットワーク社(東京都杉並区)の「カスハラ」に関する調査を見ると、加害者側の8割が男性、4割が50代という結果も出ています。不安や憤りを感じやすい傾向が、もしかしたら年代という区切りでも存在しているのかもしれません。
また、社会全体として、清廉潔白を求める風潮は年々強くなっています。つまり、ミスや間違いに対する不寛容な雰囲気と、それらを指摘して(ときには晒してもいい)という空気はカスハラを助長しているかもしれません。
●「予防策」と「対応策」が必要
このような状況に対する企業の対策について、まとめたいと思います。
カスハラを予防する
予防は「抑止力としての規定作成・公開」と「環境のコントール」に分けられます。
抑止力としての規定は、カスハラに厳格に対応する方針を経営レベルで策定し、社外に公開します。この規定はすべての基盤となるため、法務部や顧客相談室などの部署レベルではなく、経営マターとして扱うべきです。社外への公開はお客さまの目にとまる場所に掲示するのが望ましいでしょう。
環境のコントロールとは、カスハラが起きやすい場面を「人」に頼らずシステムや仕組みで対応することを指します。例えば、セルフレジや注文タッチパネル、チャットボットなどの自動化が考えられます。また、リモート対応やテキストコミュニケーション(電話ではなくメールやチャット)に変更するだけでもリスクは低減します。
注意すべき点は、代替手段のシステムを企業側が使いこなせないと、新たなリスクが生じることです。電話対応窓口を減らすことで、顧客が不便さや不安を感じれば、サービスの顧客離れやブランドの損失につながります。カスハラをする人は顧客のごく一部(数%未満)であるため、その対策が一般の顧客の負担にならないように心がけましょう。
カスハラの対応策
カスハラが起きた後の対応策も欠かせません。
規定はあくまでもルールなので、実際の現場で生きる仕組みへの翻訳が必要です。具体的な事例と対処のトレーニングを実施することが良いと思います。
企業ごとに、カスハラによる損害の程度は異なります。この損害の程度によって、企業の対応策は変わるでしょう。従業員を守るためにマニュアルの整備、メンタルヘルスケアや法務部門との連携強化など、組織的な支援体制を構築するための重要な要素となります。
カスハラ対策は、単なる従業員保護の枠を超えて、健全な顧客関係の構築と企業の成長に直結する課題となっています。各企業には、予防と対応の両面から対策を立てることが求められているのです。
しかし、この問題の解決は、企業の努力だけでは達成できません。なぜなら、カスハラの規制や対処自体を悪用するケースが想定されるからです。だからこそ顧客と企業の新しい関係性の構築に向けて、私たちは粘り強く取り組む必要があります。
カスハラがない、誰もが尊重され、安心して働ける社会の実現――。それは決して遠い理想ではなく、私たちの具体的な行動によって到達できる目標なのです。
(小田 志門、カラクリ株式会社 代表取締役CEO)
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