東証プライム上場で、レストラン・居酒屋、カフェ、インターネットカフェなどを経営する「DDグループ」が好調だ。
2024年2月期決算では、売上高370億7900万円(前年比115.0%)。経常利益は31億3100万円(同373.4%)。利益率の向上が目覚ましく、売上高経常利益率は前年の2.6%から8.4%にまで高まった(外食の経常利益率が平均4〜5%とされている)。同社は上場来の過去最高益を更新した。
2025年2月期中間決算(2024年3〜8月)でも、売上高192億200万円(前年同期比105.4%)、経常利益18億200万円(同114.4%)と好調を持続している。売上高経常利益率は9.4%と2桁に迫っている。
しかし、会社の規模としては、過去最高売上高を記録した2020年2月期の573億6900万円にはまだまだ届きそうにない。
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同社は、新型コロナウイルスの感染が拡大し始めていたとき、主要ターミナル駅やオフィス街を中心にレストラン・居酒屋をメインに出店していた。そのため、緊急事態やまん延防止等重点措置による人流抑制で、深い痛手を負った。
突然のコロナ禍により、DDグループは店舗の営業自粛に追い込まれた。時短・休業を余儀なくされ、2021〜22年には2年連続の赤字に苦しむことに。2021年の経常損失は90億3400万円だった。また、2022年は時短協力金が入ったため、経常損失は9700万円にまで圧縮されたが、厳しい経営が続いていた。年間の売上高も、2022年には193億5300万円と、コロナ前の約3分の1にまで縮小。倒産の瀬戸際まで追い込まれ、今日のようなV字回復が起こるとは想像しにくかった。
●外食企業の内実を克明に記す
2024年7月発売の『熱狂宣言2 コロナ激闘編』(幻冬舎)は、DDグループのコロナ禍による赤字転落から回復までの4年間の過程を克明につづったノンフィクションである。著者はノンフィクション作家の小松成美氏。DDグループ代表取締役社長・松村厚久氏を中心に、同社幹部や関係者を取材した。
『熱狂宣言2』は、2015年に刊行した『熱狂宣言』(幻冬舎)の続編として企画された。
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『熱狂宣言』は、約10万部を売り上げたベストセラーだ。同書は、若年性パーキンソン病に罹患しつつも、外食産業の発展に一石を投じようと奮闘する松村氏の日々を取り上げている。冷静な態度を保ちつつも、温かみのある筆致でつづった小松氏の文章が多くの共感を呼んだ。
コロナ禍で、多くの外食企業は通常営業ができなかった。そして、月次の売り上げが前年同月比で9割減という状況が続いた。
こうした中、外食企業の経営者や幹部は、どのようなことを考え、どんな行動をしていたのか。そのことはあまり明らかにはなっていない。だから、プロフェッショナルのノンフィクション作家が、外食企業の内実を克明に記した書籍の刊行は、大変珍しいといえる。
そこで、著者の小松氏と、取材対象者である松村氏に、同書が書かれた背景や読みどころを聞いた。
●若年性パーキンソン病と闘う
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――前作の『熱狂宣言』では、パーキンソン病と闘いながらも、企業経営に真摯(しんし)に取り組む松村社長の人物像が大きなテーマになっていたように感じた。
小松: 「100店舗100業態」、東証一部上場を達成した松村さんには、本を書かないかというオファーがたくさん来ていた。しかし、経営者の成功本は残っていかない。文学として残したいという松村さんの思いがあって、私に書いてもらえないかと依頼があった。
松村: 私はサッカーファンで、高校の頃はサッカー部のキャプテンをしていた。また、小松さんが執筆された中田英寿さんのノンフィクションを読んでいた。
若年性パーキンソン病が進行し、患っていることをもう隠せなくなっていた。そこで、小松さんに私のことを包み隠さず書いてもらえないかとお願いして、公表した。
商談で体がふらついてしまって、「ふざけているのか」とあらぬ誤解を受けるようになっていた。若年性パーキンソン病というあまりよく知られていない病気がどういうものか。脳の思考には影響がなく、経営の判断を誤るものではないと知ってもらいたかった。
――『熱狂宣言2』は、単なる『熱狂宣言』の続編ではない。コロナ禍という誰もが経験したことのない状況に直面した外食企業が、どう対応していったのかが描かれていた。2020年4月、第1回目の緊急事態宣言が出された頃は、感染拡大を招く3密(密閉・密集・密接)の元凶として飲食店(特に居酒屋といった夜に営業する業態)は悪者にされた。営業を自粛せざるを得なかった。
小松: 松村さんは、政府や東京都の政策の不公平さに納得できなくて、親友の近藤太香巳さん(NEXYZ.Group社長)に、都知事選に出馬するように要請していた。思い返せば2011年に私が松村さんと出会った頃から、近藤さんのことを「未来の東京都知事」と紹介していた。
松村: 「パッションリーダーズ」という経営者が交流する場を設立した近藤さんには、総理大臣になって日本を変えてほしいと思っている。まず自民党に入らないと難しいが(笑)。
元参議院議員の松田公太さん(タリーズコーヒージャパン創業者)は、「外食産業の声」という外食有志が立ち上げた団体をまとめるだけでなく、外食の窮状を訴えて、国や東京都と交渉してくれた。当時、個人店は救済されても、チェーン店には不利な措置が行われていた。
――その当時、何とか日本の外食を守ろうと動いていた複数の団体が集結して、「食団連(一般社団法人 日本飲食団体連合会)」という組織ができた。
松村: 専務理事の高橋英樹さんからは、理事になって一緒にやってほしいと要請されたが、会社があまりにも大変な状況になっていたので、申し訳ないが引き受けられなかった。
小松: コロナが終わって、今は何もなかったように平常に戻っている。外食にとってコロナ禍が“負の遺産”となってしまったため、もう誰も振り返ろうとしない。その振り返りを本当にやったのは、松村さんだけではないか。
●最悪の事態をどう回避したのか
――『熱狂宣言2』の結末が、倒産といった最悪の事態もあり得た。
小松: 最悪の事態を避けるため、社長も社員も、出口の見えない状況で企業が終わりなき闘いに挑んでいた。コロナ禍と同時並行で、緊張感のある局面を取材させていただいた。コロナ禍が終わって存続した場合、V字回復してから仕切り直すよりも、苦しい時こそ取材してほしいというのが松村さんの意志だった。
幻冬舎の社長である見城徹さんからは、「松村さんの闘う姿の記録は、必ずDDグループのためになる。全ての外食経営者にとっても良き救済の書になるから、書き通せ」とアドバイスされた。お2人には、経営者の覚悟を見た感がある。
――実際、グループ会社が離脱したり、グループ会社の社長が辞めたりした。DDグループは心を1つにして進んでいたように描かれていたが、難破寸前にも見えた。
小松: 私は何度か「苦しい」「書けない」と見城さんに訴えた。本当に松村さんが愛した会社が倒産する可能性があったからだ。しかし、見城さんからは「たとえ倒産しても、それを書くのがあなたの仕事だ」と言われた。その言葉に奮い立ち、取材を継続できた。
松村: 2020年は東京オリンピックが開催される予定だったので、インバウンドも含め多くのお客さまを受け入れられるように、ずっと準備してきた。2月の決算には成果も出ていた。弊社だけでなく、誰もがコロナのパンデミックを予期できなかった。
――DDグループの店舗は、東京の山手線の内側に集中しているから、ステイホームになったら厳しい。外食でも郊外ロードサイドで非接触性が高い、ドライブスルーができる「マクドナルド」や「KFC(ケンタッキーフライドチキン)」は影響を受けなかった。
小松: グローバルダイニングさんは独自の考えで、緊急事態宣言下でも営業を続けられ、超満員だった。同社の長谷川耕造社長の哲学で、パンデミックに翻弄されない姿勢を貫かれた。外食にもいろんな考えを持つ人がいた。
DDグループは、コロナ禍の対応が遅かったとの批判的な報道もあった。その時々にいろんな立場で発言する人がいた。そういうことも記したかった。驚いたのは、政府や中心にいる政治家が、外食産業を全く理解していないことだった。支援金を出すにしても、100人を雇用する企業も自宅で1人でスナックをやっている女将さんも、一律に同じ金額を支給していた。
松村: 今まで飲食店を経営していなかったのに、突然看板を掲げ、法律の不備を突いて受給した人もいたと聞く。「から揚げ屋」でも何でも、実際は営業をしていなくても、休業をしていれば支援金をもらえたようだ。
――コロナの支援金・協力金で、車を買った人もたくさんいたと言われている。
小松: 支援金を3年間もらい続けてマンションを買ったり、家を建て替えたりといった話も聞いた。政府からの自粛要請を守っている誠意のある外食産業の人たちが、こんなにも傷だらけになって、本当にやるせなかった。誰も悪くない。瀕死の状況で、すごい時代だった。もがき苦しみながらも、どうすれば光が見えるのか、皆が懸命に探していた。
松村: (「丸亀製麺」などを運営する)トリドールホールディングスの粟田貴也社長は、2024年9月に『「感動体験」で外食を変える』(宣伝会議刊)という本を出された。その中には、コロナにどう対処したのかも書かれている。売り上げが下がった時に、テークアウトを伸ばすために「うどん弁当」を開発したり、よりおいしいうどんを出すために全店に麺職人を置くようにしたり、とても勉強になった。
弊社もオムライス専門店やステーキ専門店を出したり、ランチを始めたり、デリバリーを始めたりした。また、八百屋さんと組んで野菜を販売したり、店舗のスクラップ&ビルドをしたりするなど、やれることは全部やった。
●金融面の交渉過程についてなぜ克明に記したのか
小松: 今回の執筆で困ったのは、東京都が、コロナ禍で打ち出した政策の内容が分かるデータを消してしまっていることだ。例えば、午後8時以降に街灯以外を消して街を暗くした。また、感染拡大を知らせるため、「東京アラート」と称してレインボーブリッジを赤く点灯させたりしていた。こうしたさまざまな政策の詳細が公式Webサイトでもう追えなくなっている。そこで、厚生労働省の政策を全部ピックした。
――コロナからの回復の過程で、いかにして債務超過を解消したのか。ワラント債による資金調達など、金融面の交渉や技術についても書かれていたのには、驚いた。
小松: そこを曖昧にしては、企業がどうやって生き永らえてV字回復したのか、疑問を残す。コンサルや弁護士、全ての銀行にグリーティングを送って交渉していった。バンクミーティングが失敗したら本当に後がない、ヒリヒリするような最大の山場を、松村さんをはじめ幹部の人たちがどのように乗り切ったかを克明に追っていった。
また、DDグループは、2019年にホテルを運営する湘南レーベルをM&Aしている。そのため、コロナ後の事業計画において、食と観光の需要回復にすぐに応えられる環境にあった。そのポテンシャルが評価された。
松村: コロナ前からポートフォリオを組んでカフェ業態のM&Aを進めていた効果が出た。特に2017年にM&Aで取得した商業藝術がつくったお店が、よく貢献してくれている。新しく2024年5月には「カレッタ汐留」46階に「水色」という夜景がきれいな新感覚の和食の店、同年6月には精米仕立ての炊き立てご飯が味わえる「酒膳 穂のほまれ」を「新宿野村ビル」にオープンした。どちらも好調に推移している。
小松: 人は悪しき体験を忘れる。忘れることは悪いことではないが、東日本大震災の大津波と同じく、コロナ禍も、体験を通してしか学ぶことはできない。その貴重な記録を松村さんは残してくれた。そうした仕事に携われたことを誇りに思う。
――『熱狂宣言2』はめでたく増刷になった。これからも危機を乗り切るための指針として読み継がれていくことを願っている。
(長浜淳之介)
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