北京から最大のライバルが登場【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】

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2025年01月11日 09:00  週プレNEWS

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ユンロンとのツーショット。ただのおっさんふたりのツーショットのポストに、たくさんの「いいね」がついた

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第86話

新型コロナ研究者の間で知らない人はいない中国のビッグネームが、突然、日本にやって来ることになった。そんな、G2P-Japanとはライバル関係にある研究者と、過去のコラムにも何度が登場したイギリスの研究者の来日エピソードを紹介する。

* * *

【写真】2022年のNature’s 10(今年の10人)に選出されたユンロン

■北京からの突然の便り

今からちょうど一年前の2024年1月11日。年始のメール対応などをしていると、中国の北京から、一通のメールが届いた。

メールの送り主は、北京大学のユンロン・ツァオ(Yunlong Cao。漢字で「曹雲龍」。ちなみに、曹=ツァオ=Caoが苗字で、雲龍=ユンロン=Yunlongが名前)。別の用件でいろいろとやりとりをしている中、「By the way,(ところで、)」から始まるこのメールは、まだ正月ボケが抜けずにうまく仕事始めのギアを踏めていなかった頭を醒ますには充分なものだった。

――ところで、今度の土曜にシンポジウムに参加するために千葉に行くわ。千葉と東京は近いみたいだし、会える?

新型コロナの研究をしている人で、ユンロンの名前を知らない人はおそらくいないのではだろうか。さらに、新型コロナの変異株の動向に注視している人であれば、もしかしたら研究者でなくとも、彼の名前は知っているかもしれない。

ユンロンは、次々と出現する新型コロナ変異株について、特に免疫逃避(ウイルスが免疫から逃れる力)の側面から、次々に新発見をした人物である。その功績から、2022年には、最高峰の科学雑誌のひとつである『ネイチャー』で、"COVID predictor"として「Nature's 10(『ネイチャー』が選ぶ今年の10人)」に選ばれている。

■「ライバル」との付き合い方

「新型コロナ変異株の研究」と聞いて、あれ? と思う読者もいるかもしれない。そう、ユンロン率いる北京大学のチームが進める研究内容は、われわれG2P-Japanが進めるそれと非常に似ている。ユンロンは変異株の「免疫逃避」に特化した研究をしているのに対し、われわれG2P-Japanは、変異株の「免疫逃避」だけではなく、「伝播力」や「病原性」なども含めた、さまざまな特性を包括的に解明することを目的としている。

目的がちょっと違うという意味では、「やってることが丸かぶり」というわけではない。しかし、「新しい変異株が出てきたら、それを研究対象にトップギアで研究を進めて、すぐに論文にまとめる」という基本スタンスは同じである。

この連載コラムでも触れたことがあるが(31話)、「アカデミア(大学業界)」の研究活動は、基本的に競争原理で成り立っている。研究成果がパクられてしまうこともあったりするので、似ている研究をしている研究者同士の人間関係がギスギスすることは、「よくあること」とまでは言わないまでも、珍しい話ではない。

そういう意味で、ユンロンと私は、同じような研究テーマを掲げる、言わば「ライバル」のような関係にある。通常の研究活動であれば、ギスギスまではいかないにしても、多少なりとも身構えることもないといえば嘘になるくらいの距離感である。しかし、ユンロンからのメールを受け取ったときの私の心情は、「ついに(会える)!」という、童心に帰ったような、素直なワクワク感に満ちたものだった。

これはひとえに、2022年秋の南アフリカ出張(15話)で感じたものと同じ文脈なのだろうと思う。新型コロナ研究の場合、「ほかの連中を出し抜いて一番になってやる」というようなギスギスした感じはなく、「とにかくみんなで力を合わせてパンデミックに立ち向かおう」という、言わば「共闘」している「同志」のような感覚の方が強かった(少なくとも私は)。

このメールを見たときの感覚はまさに、2022年、南アフリカ・セントルシアで、それまでずっとオンラインで共同研究を進めていたラヴィ(Ravindra Gupta、イギリス・ケンブリッジ大学)(17話)や、そのワークショップを主催したアレックス・シガル(Alex Sigal、南アフリカ・アフリカ健康研究所、15話)と、ついに対面で会うことができたときに覚えたものと似たものだった。

ユンロンとはいつしか、それぞれの研究成果が出るたびに、メールやXのダイレクトメッセージでやりとりをする仲になっていた。そんな彼と、ついに対面で会うことができる。それをラボメンバーたちに伝えると、やはり彼らも同じようなリアクションで、「うおーめっちゃ楽しみ!」と一気にテンションが上がった。それから彼らはすぐに中国人の留学生を捕まえて、「ようこそツァオ先生」と中国語で言う練習を始めたのであった。

■パーティー!

1月15日の夕方。ついにユンロンは私の研究室にやってきた。

彼も私と同じような印象を持っていたのか、とてもフレンドリーで物腰柔らかく、初対面という感じがしなかった。

ユンロンはこれが初来日ということだった。もっと早く連絡してくれていたらいろいろと準備ができたのに、という話をすると、「千葉と東京がこんなに近いとは知らなかった」という。「ていうか成田、北京から4時間半で来れちゃうし、めっちゃ近い。広州なんかより全然近い」

よもやま話に盛り上がりながら、外国からお客さんが来たときには恒例の、ラボでのパーティーが始まった。いつも通りのスーパーの惣菜に加えて、チェコにいるG2P-Japanの盟友イリが来日したときのように(70話)、このときは「銀のさら」で寿司をとって歓待した。新型コロナの話だけではなく、中国の研究環境の話や、ラボ運営の話など、いろいろな話をした。

そして、日本のアニメが好きだというユンロンは、国際色豊かになったラボメンバーたち(33話)と、私の知らないアニメの話に花を咲かせていた。彼は当然のようにYOASOBIの「アイドル(84話)」も知っていたし、『推しの子』も知っていた。

初対面だけど、なぜか懐かしい旧友のような感じ。「またねー」という感じで、ユンロンはタクシーで千葉へと戻っていった。

27話で紹介したように、ふたつの大型研究費による長期支援が始まる2024年。世界を舞台にした「外向きのチャレンジ」の重要性を改めて突きつけられた感じがして、根が単純な私は、ふつふつとやる気をたぎらせるのであった。

■突然の便り2

――と、そんなユンロンの突然の訪問から数日後。

この連載コラムにも何度か登場したことがある、イギリス・ケンブリッジ大学のラヴィ(15話、 17話、56話などに登場)が、なにかの用事で来日していたらしく、「ケイ、今日か明日、ちょっと一緒にメシ行こーぜ」という軽いメールが届いた。そもそも来日していることも知らなかったし、大学生じゃあるまいし、「今夜か明日の夜」ってなんだよ......と半ば呆れたが、悪運の強いことに、ちょうど翌日夜の私のスケジュールは空いていた。

ちなみに、ユンロンが2022年の「Nature's 10」であるのに対し、ラヴィは2020年の「TIME 100」(アメリカの雑誌TIMEが選ぶ「今年の100人(The 100 Most Influential People)」に選ばれたことがある(56話)。

ラヴィは、どうやら前回来日したときに一緒に行った寿司屋をいたく気に入っていたようで、そこにまた連れて行ってほしい、というおねだりが本音だったらしい。「人気店なんだから、予約もなしに昨日今日で行けるわけねーだろ」、とその目論見は程よくあしらい、白金台にある鰻屋で、ビールや日本酒をたしなみながら、一緒に白焼きや鰻重をつついたりしたのであった。

文・写真/佐藤 佳

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