連載・平成の名力士列伝30：日馬富士
平成とともに訪れた空前の大相撲ブーム。新たな時代を感じさせる個性あふれる力士たちの勇姿は、連綿と時代をつなぎ、今もなお多くの人々の記憶に残っている。
そんな平成を代表する力士を振り返る連載。今回は、相撲における正攻法と強さを探求し続け、横綱に上り詰めた日馬富士を紹介する。
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【「あの時はご飯が怖かった（苦笑）」】
16歳でモンゴルから来日し、平成13（2001）年１月場所で初土俵を踏んだ細身の少年は、無類の稽古熱心だったが、体重がなかなか増えないのが悩みの種だった。入門から１年半足らずで幕下上位に進出するも、２場所連続で負け越し。体力負けは明らかだった。
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ちゃんこは兄弟子が目を光らせる目の前で、"ノルマ"である山盛りのどんぶり飯５杯を平らげなくてはならず、夕食は６時から９時まで３時間たっぷりかけて何とか"クリア"するほどで、「あの時はご飯が怖かった（苦笑）。腹いっぱい食べること以外は、何でもできたんだけどね」とのちに述懐している。10代のホープにとって、ちゃんこの時間は稽古の何倍も"苦行"であった。
体重が"３ケタ"の大台に乗ると幕下上位でも力負けしなくなり、平成16（2004）年３月場所で関取に昇進。同年11月場所には二十歳で新入幕を果たした。110キロそこそこの体つきながら大きな相手にも決して逃げずに正攻法を貫き、鋭い立ち合いからのど輪で相手を突き起こし、左の前廻しを取っての一気の寄りや投げを得意とした。
一日100番は当たり前と言うほどの稽古量を誇り、相撲に対する探究心は人一倍であった。対戦相手の動画を繰り返し見るのはもちろん、新十両当時から昭和の名力士の相撲ぶりをビデオ映像で徹底研究していた。そして、こんなことも当時は語っていた。
「貴ノ花関ってカッコいいですね。土俵際の粘りもすごいし、俺もあの吊りを覚えて自分の得意技にしたい」
昭和の名大関（息子はのちの横綱・貴乃花と若乃花）が憧れの対象であるとともに、目標でもあった。同じ軽量力士ながら立ち合いは真っ向勝負を貫いた相撲ぶりに、自身との共通点を見出していたのかもしれない。「大関」という地位にも羨望の眼差しを向けていた。
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平成19（2007）年３月場所以降は三役に定着するとともに三賞の常連ともなっていく。記者たちからはよく三賞賞金の使い道を聞かれることがあるが、そんな時は「強くなるために使います」と答えは決まっていた。ただただ強くなりたいという純粋な気持ちが、細身な体を激しく突き動かしていた。角界随一の人気を誇っていた高見盛戦が翌日に組まれた際、若手記者から「明日は勝てば懸賞金がたくさんもらえますね」と話を向けられると「俺はお金のために相撲を取ったことはない」と息巻いたこともある。
大関３場所目に14勝１敗で初優勝を成し遂げたものの、申し分ない稽古量のわりに大関昇進後は物足りない成績が続いた。せっかく初賜盃を抱いたにもかかわらず、本人も「今は自分でも横綱としての実力やオーラがまだ身についてないと思うし、上がれる自信もない。優勝もたまたまできただけ」と胸の内を隠すことはなかった。
さらに「僕の夢は横綱じゃなくて大関になることだった。夢はもう叶ったし、あとは相撲に恩返しするだけ。自分は名大関を目指します」と綱取り大関による"名大関宣言"まで飛び出した。
【生きざまが凝縮されていた大逆転での最後の優勝】
不振の原因は、明らかだった。
「弱い大関と言われなくなかったので、頭をつけて取るのは格好悪いと思っていた」
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大関になったからには、その地位に見合った堂々と受けて立つ力強い相撲を取らなくてはならないと、人一倍責任感の強い男は、その体格に似合わず"大関らしい相撲"にこだわり過ぎていたのだった。
「名大関を目指す」と言いつつも大関昇進後は、憧れの対象が横綱・千代の富士に移っていた。巡業の移動中などの空き時間には"ウルフ"と呼ばれた大横綱の動画を繰り返し再生しては、取り口を研究していた。そして誰も真似のすることができない、あの突き刺さるような鋭い立ち合いからのスピード相撲を確立すると平成24（2012）年７、９月場所では２場所連続全勝優勝を果たし、第70代横綱に推挙された。
「全身全霊で相撲道に精進します」という伝達式での口上は、日馬富士の生きざまそのものだった。それが最も具現化されたのが、最後の優勝となった平成29（2017）年９月場所であろう。
上位番付こそ４横綱３大関と豪華だったが、白鵬、稀勢の里、鶴竜の３横綱が初日から休場。�皸臓⊂肇良抻里裡佳膣悗盻�盤で姿を消した。大関・豪栄道は黒星発進後、２日目から連勝街道をばく進したのに対し、一人横綱となった日馬富士は３日目から平幕に３連敗。自身も両肘、両足首に慢性的な負傷を抱え、満身創痍の身であることから、本音では休みたかったのかもしれない。
３日連続で金星を配給した打ち出し後は、報道陣が部屋に駆けつける事態となったが、窮地に立たされた横綱は「続けることが大事」と休場を完全否定。10日目には貴景勝に敗れ、この場所４個目の金星を与えたが、「下がる場所も逃げる場所もない。後ろを見たら終わり」と悲壮な決意を口にすると、前を向いた。
この時点で優勝戦線のトップを走る豪栄道とはすでに星の差３つも離されていたが、１敗の大関は終盤で手痛い連敗を喫し、ついに１差で千秋楽の直接対決を迎えた。辛抱強く白星を重ねてきた日馬富士は鬼気迫る相撲で本割、決定戦と豪栄道に連勝。大逆転で11勝４敗という15日制下では最低勝ち星タイでの優勝だったが、絶体絶命のピンチに陥っても一身に背負っていた重圧から逃げることなく、綱の責任を全うした価値ある賜盃となった。
優勝回数は２ケタにあと一つと迫ったが、翌場所中に発覚した暴行騒動の責任を取る形で場所後、引退を表明した。すでに日本国籍を取得していたが、親方として第２の日馬富士を育てる夢は霧散した。
【Profile】日馬富士公平（はるまふじ・こうへい）／昭和59（1984）年４月14日生まれ、モンゴル・ゴビアルタイ出身／本名：ダワーニャム・ビャンバドルジ／しこ名履歴：安馬→日馬富士／所属：伊勢ヶ濱部屋／初土俵：平成13（2001）年１月場所／引退場所：平成29（2017）年11月場所／最高位：横綱（第70代）
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