新任マネジャーのAが、3年目の若手社員Bと面談をしていたときのこと。
「自分がこの会社でもっと成長するためには何が必要ですか?」と聞くBは、やる気と成長意欲にあふれていた。そんなBの熱意に触れ、Aは心からうれしく思うと同時に、あらためて上司としての責任を感じた。そして、「Bの成長を全力で支えたい」という一心で、自らの経験を交えながら惜しみないアドバイスを送った。「本当にありがとうございました。いただいたアドバイスを生かして頑張ります! 絶対に第1クオーターの売上目標を達成しましょうね!」と力強く宣言し、Bは自席へ戻っていった。
しかし、その面談からわずか2週間後、AはBの口から想像もしていなかった言葉を聞くことになる。
「次の会社が決まったので、来月末で退職します」
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「来月は有休を消化しますが、今月末まではちゃんと働きます」
突然の申し出に開いた口が塞(ふさ)がらない。つい2週間前、あれほど前向きだったBはどこへ……。
◇◇◇
Aのように、若手の「突然の退職劇」に絶句するマネジャーは少なくない。今どきの若手社員の離職を防ぎ、定着を図るにはどうすれば良いのだろうか。
本連載では、拙著『Z世代の社員マネジメント 深層心理を捉えて心離れを抑止するメソドロジー』から、若手の離職防止を図るうえで重要な考え方を解説するとともに、社歴別に若手が陥りがちな症例と対応策をお伝えする。
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●「個人人格」と「組織人格」のバランスを取ることが若手の定着につながる
アメリカの経営学者であるチェスター・バーナードは、組織に所属する人間には「個人人格」と「組織人格」の2つの人格があると唱えている。
個人人格とは、自由な意志・動機に基づいて、何にどのくらいの時間・労力を使うのかを決めて、行動している人格である。私たちには職業選択の自由があり、どこで、どのような仕事をするかを自由に選べるが、これは個人人格が決めていることだ。今の会社に入るのを決めたのは個人人格であり、今日、会社に行くことを決めたのも個人人格である。
一方、組織人格とは、組織の指示によってある役割を担うことを求められ、行動している人格である。どんな組織にも目的があり、所属する人はその目的実現に向けて役割を全うしなければいけない。会いたくないクライアントに会って頭を下げているのは組織人格であり、嫌いな上司の指示に従って行動しているのも組織人格である。
『個人人格と組織人格は同時に存在している』というのが、バーナードの主張である。そう考えると、冒頭のBの発言は、組織人格としての発言だったことが分かる。Bは「面談では、意欲的な姿勢を見せておくのが良いだろう」と考え、組織人格で振る舞っていたのだ。
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●ビジネススキルは、組織人格の「役割演技力」である
働く人の中にある2つの人格を演劇にたとえて説明すると、「会社=舞台」「社員=役者」となる。
舞台上では、役者たちが自分の役を演じることで観客を魅了している。一方で、舞台を降りれば、配役とは関係なく日々の生活を送っている。日常生活を送る一人の人間が個人人格であり、舞台上で役を演じているのが組織人格である。
あらためてビジネスに話を戻して、2つの人格を考えてみよう。営業アシスタントのCは、上司から「今日中にこの資料を作成しておいて」と指示され、「分かりました」と手際良く資料作成を進めている。だが、心の中では「この資料、別に来週でもいいでしょ……」「早く帰りたいのに……」などと考えている。
てきぱきと資料作成を進めるCと、指示に不満を抱き、早く帰りたいと考えているCは、どちらも本物のCであり、一人の人間の中に同時に存在している。これはまさに、個人人格のCが、舞台上で組織人格として役割を演じている状態である。そう考えると、ビジネススキルというのは、舞台上での「役割演技力」だということができる。
●個人人格と組織人格のバランスは取れているか?
自由な意志に基づいて判断する「個人人格」と、企業の論理に基づいて行動することを求められる「組織人格」。「どちらを重視するべきか」という話ではなく、2つの人格のバランスが大切である。
そもそも、組織と個人は対等な関係にある。組織は個人に対して、一定の地位や役割を提供する一方で、それ相応の責任やパフォーマンスの発揮を求める。同時に、個人は組織に所属することによって所属欲求や承認欲求を満たせるだけでなく、社会への参画感を得られる。
このように組織と個人は、頼り合いながらお互いの欲求を満たしている。例えるなら、「車の両輪」のようなものであり、どちらかを優先すると蛇行して、真っすぐに進めなくなってしまう。個人人格ばかりを優先していたら、やがて組織は破綻してしまうし、組織人格ばかりを優先していたら、やがて個人はつぶれてしまう。どちらかに偏っていたら健全な組織運営はできないし、個々の人生も充実したものにはならない。
若手社員にとって重要なのは、個人人格と組織人格のバランスを取ることであり、上司や人事にはそれを支援する働きが求められる。
●データから見える「Z世代」の特徴とは?
筆者が所属するリンクアンドモチベーションは、個人のビジネススキルやモチベーション特性を診断する「BRIDGE」というサーベイを開発し、約20年にわたって延べ45万人の若手社員に実施してきた。BRIDGEに蓄積されたデータを分析したところ、組織人格における「役割演技力」ともいえるビジネススキル(ポータブルスキル)は、この10年で一定の変化を遂げていることが分かった。Z世代の傾向を示すキーワードとして浮かび上がってきたのが、以下の3つだ。
また、個人人格の傾向ともいえるモチベーションタイプも、この10年で一定の変化を遂げていた。Z世代の傾向を示すキーワードとして浮かび上がってきたのが、以下の3つだ。
企業にとって重要なのは、このようなZ世代の価値観を把握したうえで、「どのようにマネジメントをするのが最適か?」を見極めていくことである。
●残念な早期離職にならないために
昨今の若手社員は、個人人格と組織人格のバランスが取れずに戸惑っている。一方で、マネジャーも、時代の変化によって大きく変わった若手社員の働くマインドやスタイルに対応できずに戸惑っている。その結果、うまくコミュニケーションが取れず、残念な早期離職に至っているのが現状だ。
若手社員とマネジャーが円滑なコミュニケーションを図るためには、双方が、個人人格と組織人格の存在を認識することが出発点になる。そのうえで、「働くスキルを鍛えることは役割演技力を高めることである」という共通の認識を持つことによって、健全な関係性を構築していただきたい。
(小栗隆志、リンクアンドモチベーション フェロー)
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